真実(二)
「話を戻してもいいか」
場の空気が理恵子に持っていかれそうになっていたのを察したのだろう、枯れ始めていた喉を再び紅茶で潤した隆惺が問う。三者三様の頷きが返り、真実を語る言葉が再開する。
「さて、理恵の首を落とした下手人の次の行動はすでに語った通りだ。そう見えるように慎重すぎるほど慎重に細工を行う過程だな。補足するならば、確実に犯行は朝。ホームルームまでのわずかな時間となる」
倖斗や隆惺と共に登校したのだから当然ではあるが、警鐘が倖斗の耳に届くまでの時間を改めて考えると凄まじい早業だ。多少の事前準備はあったのかもしれないが、人一人の首を落とすだけでも重労働なのだ。余程手慣れているとしか思えない。
「誰も不審な水音を聞いていない以上、犯人は受け皿に溜め込んだ血を防火扉の真下から音が出ないようこぼしたんだろうな。そうして人口の血溜まりを作りその上に首と胴体を置いた。突然の災厄に押しつぶされ首を刎ねられて死んだように見せるためにうつ伏せにして、できる限り自然に見えるように防火扉の分の幅を開けてな。そうした細工の末に防火扉を下せば、俺たちが見た理恵子の首切り死体が完成する。ここまで来れば、犯人が現場を離れたところで理恵子はすぐには蘇生できない」
こうして手順を追っていくといよいよ悍ましい。これが舞台演劇や奇術の類であるならば拍手が送られるだろうが、使われているのは正真正銘の少女の遺体なのだから。
隆惺も嫌悪を感じているのだろう。美しい柳眉が激しく歪み、眉間の皺など深々と刻まれすぎてもはや消えないのではないか、と危惧するほどに険しい顔をしている。
それでも隆惺は推理を止めない。貴人としての矜持に突き動かされているように努めて淡々と維持される口ぶりの下で燃える怒りはきっと、倖斗の比ではない。
「だが、血を枕に敷くのは決定的なミスだったのだろう。あくまで俺の推測ではあるが……血も含めて理恵の肉体だと認識され、ギリギリではあるが首と胴が繋がっているという誤った反応が起こったのだろう。そうなることで仮死状態が一瞬解かれて意識が戻る。一説では首を落とされた後しばらくは意識を保てるとも言うからな。不可能な話ではないだろう」
その仮説に理恵子が記憶を手繰るようにしながら頷いた。
「ああ、確かに二人が来る前に一度、ぼんやり目が覚めた気がするわ? 夢かとも思ったのだけれど、血の匂いがひどいし起きられないしでひとまず燃えてみたのよね」
「現実だったんだろうな。故に、俺と倖斗の元に先祖返りを保護するための警鐘が届いたのだろう。結局は防火扉に阻まれて全身を回復することはできず、いかに不死身といえど余力がないため再度意識が落ちることになったのだろうがな」
「そこに、僕がたどり着いた、というわけですね」
理恵子の窮地を知らせた警鐘は、希少さ故に何かと狙われやすい先祖返りたちを保護するために作られたものだ。彼らが一族や登録された従者から一定距離離れた状態で自分の中の祖の力……理恵子で言えば不死身の復活力が使われた場合、すぐに知らせの音が届くようになっている。このような手順で行われたならば、倖斗たちに鈴の音が聞こえたタイミングと実際の死の瞬間のズレが発生しても不思議ではない。
「即座に意識を刈り取られたから理恵の復活が遅れ、継承が鳴るのが遅れた。これは仕組み上仕方のない話だが、不死身の特性が今の状態であるが故のことだ。これが何を意味するか、わかるな」
「はい、もちろんです」
倖斗は間を置かず頷いた。引き取られてから何度も言われた言葉だ。
(お嬢様は死なないからこそ、始末が悪い)
理恵子は死なない肉体を有するが、それは無敵という意味ではない。
人は、突き詰めれば死を恐れるが故に反射で体が反応する生き物だ。しかし、それを生来持たない理恵子は、死を速やかに受け入れてしまう。本来ならば回避できる死をも彼女は避けようとしない。
重ねて最悪なことに、理恵子は大切なものを守るためなら屈辱も苦痛も飲み干して地獄の底で笑える人間でもある。常に倖斗が畏怖する彼女自身の性質と合わさってのことなのだろうが、これもまた結局は蘇ることができるからなのだろう。
不死身ゆえに無防備で、選択肢がズレている。
賊にとってはやりやすいことこの上ない。
守る側としてはやりにくいことこの上ない。
(だからこそ、本人同意の上で囮にするのだろう)
隆惺が口にしなかった真意は、きっとこれだろうと倖斗は思う。
捕縛への歯車であると認識することで、彼女の選択肢から無抵抗が消える。自分以外に望まれることによって、抵抗という遅延行為が手札に加わる。
それさえあれば、警鐘が鳴る前に倖斗たち護衛が間に合う確率が跳ね上がる。
「次の誕生日を目安にするのって、やっぱり不死身の成長度合いの問題よね?」
倖斗の緊張も兄二人の警戒も気にせず、被害者となるはずの少女が明日の天気を確認するように問うた。それに信之助が頷く。
「そうだ。わかっているな、理恵子。お前の不死はまだ未完成だ。一定期間に幾度も生き返り過ぎることは避けろ。帰って来れなくなるぞ」
「もう、何度も言わなくてもわかってるわ。体感は、あまりないけれど」
獣の血を引いていても、本当の意味で祖たる獣ではない。
あくまで理恵子は人間だ。不死身でも人間だ。本来の不死鳥とは比べるべくもなく、その肉体には限界がある。短期間に何度も適切でない形で痛めつけられれば脆くなり変形するように、幼年期における度重なる死は不死身の肉体に瑕疵を残すというのが藤宮の試算だ。
同時に、幼年期は成長期でもある。
故にこそ、隆惺が打ち出した囮には期限がある。
藤宮理恵子が本当の不死身として羽ばたく日。双子が生まれ落ちたその日こそが幼年期の終わりだ。
自分と同じ顔をしながら死なぬ体を持つ片割れを、澄みながら燃える隆惺の紫眼が見つめる。それはどこか遠く、旅立ちを見送るような眼差しだった。
「次の誕生日が来れば、お前の不死身は純度を増して人体で可能な不死性における限界に達する。そうなれば、まず今の人類が持つ手段でお前の素性限度に達することはできない。実質、お前は寿命以外の死を持たないものとなる」
どこか懺悔のようにも聞こえる隆惺の言葉に、そっと理恵子がその手を握った。
「だから誕生日までなのよね。そこさえ過ぎてしまえば、殺傷など無視できるようになるから。……大丈夫よ隆惺、わたくしは死なない。だって、お前が頑張るのだから。ね、名探偵さん」
その声には普段の能天気はなく、ただ片割れへの信頼がある。極北の星にも似た強い輝きを宿した言葉が、隆惺の胸から鬱屈を拭う。
片割れを死に臨ませる覚悟を羽織り、少年は凛と背筋を伸ばした。
「ああ、そうだな。俺たちの平穏を取り戻すため、お前に万が一の終わりなど迎えさせるものか」
犯人を前にしない推理劇。明晰な頭脳を持ちながら虚弱と気質の都合で常にやる気のない隆惺ならではの悪癖とも言える、ともすれば無意味とも思える思考の巡り。
だが、確かに意味はここにある。少なくとも、藤宮に属するものにとっては掛け替えのないこの世でたった一つの宝石の才能。
先祖代々受け継いだ至宝こそが理恵子の不死身ならば、偶然生まれ落ちた秘宝こそが隆惺の頭脳だ。
眼前に座る妹と兄、そして従者をしかと見据えて彼は宣言する。
「俺が目をつけたんだ。どんな下郎も逃しはせん」
平穏を愛するが故に外敵を発見し身内の不穏を取り除くことに関して、彼の右に出るものはいない。
藤宮隆惺は家族の為だけにその頭脳を駆使する、超個人的な名探偵である。
「倖斗。お前も巻き込ませてもらうぞ」
「怖い目に遭うかもしれないけれど、いいかしら?」
二対の紫が、それぞれの輝きを持って倖斗を見つめる。
あの日真っ暗な世界から連れ出してくれた双子星。その時のまま濁りない光に、男装の従者は折目正しいいつも通りの礼を、いつも以上の心を込めて捧げた。
「御心のままに、我があるじ」
二人の誕生日は、次の満月。
ちょうどひと月後だ。
次回は早めに18時頃の更新です。
その後第二の事件前半戦を間隔短めに投稿していく予定です。よろしくお願いします!




