隆惺の企みごと(二)
「つまらないわね」
至極不満げな言葉に、倖斗の眉がくしゃくしゃと縮む。理恵子は死なないが、それでも命を軽々に投げ出すような態度は実にいただけない。苦しげな隆惺の様子に対してあまりにむごい。
「お嬢様、さすがに」
「違うわユキ」
反駁しようとした倖斗を見透かしたような、ぴしゃりとした声だった。
「わたくしがつまらないというのは、この期に及んでまだ隆惺のお馬鹿さんが言葉を濁すなんてことをしているからよ」
ねえ、兄上? と理恵子が信之助に微笑めば、「そうだな」と一つ長兄が頷いた。
「隆惺、お前が『それ』を利用することが嫌なことは私も知っているが、身を張る本人が察しているからといって誤魔化すのは道理に反する。そもそも、そうして苦しむのはお前だろう」
平坦だと言うのに腹の底に響く深い声で諭され、隆惺が呻く。
「兄上と理恵に組まれるとこれだから厄介なんだ」
「坊ちゃん、まだ何か隠しておられるんですか?」
倖斗の瞳孔が驚きとともに丸みを帯びてじっと少年主人の顔を見つめた。流石に三方からの呆れ、嗜め、驚きの視線には耐えかねたのか、見るからに渋々といった面持ちで口を開いた。
「仮に下手人が明らかにならずとも、理恵を囮にするのはひと月だ。その間は何度理恵の息が止まっても構わないという前提で対処していく。……もちろん、無闇に奪わせる気はないが」
不満のにおいがする。理恵子と信之助が問い詰めなければ、仮に理恵子の命が幾度も奪われる事態になっても責任を一人で負うつもりだったのだろう。自分の見通しが甘かったと、蘇るとはいえ理恵子を死なせたのは自分だと、この計画を立てて通したのは自分なのだからーー悪いのは、自分だけだと。
そうしして一人悪辣を買って出ていたのだろう。
それで潰れるほど隆惺は弱くない。
(だとしても、そうならなくてよかったと思うのは信じていないことになるだろうか)
主人の意思に背いているのではないか。そんな一抹の不安を抱きながらも安堵して、ようやく落ち着きを取り戻した脳が一つの情報に目を止めろと指令を出した。
「期間がひと月……と言うのは、お二人の誕生日のことでしょうか?」
「そうだ。その日さえ迎えてしまえば、あとはどうとでもなる」
そう言われて得心がいく。
双子主人の誕生日。それが意味するところは単なる年齢の蓄積ではない。
「その日になれば、理恵子は本当の意味での不死身になる。それを踏まえての方策、か」
信之助が是非が読めないほど静かな調子で呟いた。
「……お願いします。兄上。ご助力願えませんか」
常のやる気のない猫のような顔はどこへやら。凛と背を伸ばした隆惺が改めて頭を下げる。家臣めいたその振る舞いに長兄は苦笑した。
「嫌だと言ったら勝手にやるんだろう? 殿下への言い訳は私がしておく。護衛たちへの周知はお前直々にな」
「承知いたしました」
緊張感に満ちた兄二人のやりとりを尻目に、理恵子はいつもと変わらない様子でほけほけと笑う。
「バレたらわたくし大変よね。お仕置きされてしまうかも。……ああ、それでもしばらくお顔が見られないのは、寂しいわね」
表情がわずかに翳り寂しげなにおいがする。本当のことなのだろうが、その視線は信之助を意味深に見つめていた。
視線に気づいた信之助がはあ、と大きく息をついた。妹の要求を的確に汲み取ったが故のため息だった。
「もう少し良い通信機を用意させよう。それで我慢しておくれ」
「はぁい」
良い子の返事をしてぐっと伸びをした理恵子が元の姿勢に戻り、そしてにんまりと笑った。
「それで? この際だから聞かせて頂戴な、探偵さん。わたくしの首が落ちた本当の形を」
「わかっている。流石にそれを怠ける気はない」
紫水晶の瞳が知性の炎熱を宿して色味を増す。――そして、真の謎解きが始まった。
今宵はここまで
また次回、明日9時頃お会いしましょう




