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怪談と推理と隠し事

「わたくしの首が落ちた原因がわかったらしいじゃない」


 理恵子が談話室に入るなり愉快さを隠さない顔で言った。すでに暖炉の前を陣取ってソファに身を沈めていた隆惺がいつも通りのやる気のない猫のような顔を向ける。


「一応な。面白くはないんだが」

「人の生死を気軽に面白さで判断するの?」


 言葉とは裏腹に理恵子の口元には笑みが浮かび、声は実に楽しげだ。


「誰より気軽に扱っている奴が何をいうんだ」

「自分だからいいのよ」

「自分を大切にできない奴を大切にしたい奴の身にもなれ」


 ぐっと理恵子が言葉に詰まる。昨日、皇子を宥めるために設けられた電話機越しに散々心配され、挙句ほんの少しではあるが泣かせてしまったのが尾を引いているらしい。

 呆れた顔をした隆惺が気を取り直して、と前置きをしながらゆったりとした仕草で足を組み替え、頬杖をついた。


「結論から言えば、理恵の首が落ちたのは怪談でも事件でもない。ただの過失致死だよ」

「過失ですか? あれが?」


 思わず、足が一歩前に出た。

 納得がいかない。道理が通らない。何より、隆惺自身がまるで本気でないことを今ここで告げる意味が倖斗にはわからなかった。

 そんな従者に乗っかるように理恵子が口を開く。だが言葉に乗る温度は倖斗のものとはまるで違った。


「随分派手だこと」


 その口元には再び笑みがある。心底楽しそうだ。首を切り落とされた張本人がその調子であるから、倖斗はなんだか気が抜けてしまった。

 沸騰しかけた頭がすんと冷めた倖斗とは逆に、隆惺は理恵子の態度が気に食わないとでも言いたげにふんと短く鼻を鳴らした。


「小さな綻びが大惨事の元なんてそう珍しい話でもないだろう。順を追って話すならば……そうだな。まず気になった、あの防火扉が奇妙なほどに裏庭側だけ磨かれていたことから話すとしようか」


 言われて、倖斗はあの日の景色を思い浮かべてみた。確かに言われてみれば防火扉には鮮明に景色が映っていた。最初に理恵子を見つけた時に一瞬状況がわからなかったのも、頭と体の間に防火扉があると認識できなかったことが大きかったからだ。本来あるはずの閉塞感が薄く、妙に広い空間に見えていた。

 おそらく倖斗の目線とほぼ同じ高さ、接地点からおよそ四尺ほどの高さまでが鏡のように磨かれ、相対している景色をそのまま映し取っていたはずだ。


「華族は見栄が命といえど、裏庭、それも普段は非常時用のものを鏡仕立てに見えるほど磨く意図が俺にはわからなかった」


 倖斗が記憶を掘り当てたことを表情の変化から見てとったらしい隆惺が、再び言う。


「防火扉に必要なのは当然、炎を通さず延焼を食い止める堅牢性だ。火災の時に花壇が映って『ああ綺麗』なんてやっている暇はないし、観音開きならともかくあれは上に格納される方式だ。磨いたところで普段は見ることすらできない。見えない場所まで気を配るといえば聞こえはいいが、無駄だろう。そもそもそんなことをせずとも校舎の建築様式に見合うようフチには彫り物があったしな。わざわざ鏡仕立てにする必要はない。だいたい、それを考えるなら両面に施すだろう」


 思えば隆惺のいた男子部から女子部に来るならば、まず女子部の校舎を突っ切る形で裏庭へ向かうのが最短経路だ。倖斗が先行していた以上守衛も藤宮である隆惺を阻む理由はない。となれば、隆惺はまず校舎内側から体が重苦しい扉で押しつぶされている様を見たのだ。そこから別ルートを回って裏庭に現れた。

 そうして表と裏の比較ができたからこそ、違和感は顕著になったのだろう。


「念の為確認したが、同じような加工は他の防火扉にはされていなかった。そして、鏡仕立てになっていた場所の彫り物の端だけが雑に削れているのを倖斗が見つけた。建築時の記録から見ても、そんな仕立てにした形跡はない。と、なれば外部犯の仕業だろうと俺はあたりをつけた」


 けほ、と隆惺が空咳をした。長々と喋りすぎたのだろうと用意していた紅茶をサッと渡せば、すぐさまティーカップが長い指に摘まれて口元で傾く。一口、二口と嚥下して喉を小さくさすった隆惺が気を取り直して口を開いた。


「外部犯となれば、理恵子の酔狂を利用された可能性が出てくる。罠にしては随分雑だがそういうこともあるやも知れない、と思ったので念の為調べさせた。ま、事実は断然つまらんことだったがな」


 ため息交じりの隆惺が一枚の紙を取り出してテーブルに置いた。そこには一人の男の人相書きとタイプライターで打たれた簡潔な来歴らしい文字が並んでいる。コンコン。と隆惺の人差し指が人相書きをを叩く。


「鏡仕立ての犯人は清掃業者の男だった。なんでも近頃賭け事にハマったが負けが混んでいたらしくてな、辻占に『姿見を磨くと運勢が上がる』と言われたらしい」


 理恵子がその言葉に先の展開が見えた観客のごとく深々とソファに身を沈めた。さっさと終わらせて頂戴と言わんばかりのその様子に隆惺が唇をひんまげる。


「顔に出すな。語っている俺もくだらんと思っている」

「えっと、どういうことですか?」


 追いつけないままの倖斗の問いに、隆惺がよかろうと話を軌道修正する。


「この清掃業者の家には姿見なんぞなかったんだよ。だから、間違いなく身だしなみを整えるための鏡がある豊葦院女子部の清掃中にやってしまおうと思った。だが運の悪いことに鏡は他の業者の担当で、この男は年に数度しかないあの防火扉の担当になった。他の場所ならともかく、ここの扉は学長お気に入りの東屋を守るためにとびきり重く作られているから、どう足掻いても作業時間目一杯かかってしまう」


 カップの底に残った紅茶を見つめる紫の目に温度はない。まるで出来の悪い劇の脚本を読んでいるかのように淡々としている。謎解きを気だるそうに語ることはあってもここまで平坦な調子は珍しい。


「だがまあ、悪知恵というのは働くものだな。男は防火扉が鋼でできているのを見てピンと来たらしい。最近では鏡といえばガラスを使ったものだが、かつては金属を磨きに磨いて作るのが主流だった。それを奇しくも知っていた男は、丁寧に仕事をするふりをして防火扉の平面部を目一杯に磨き上げた。清掃中に誰かが通っても気づかないように、裏庭側だけな」


「あ、だから、片面だけ……?」


 倖斗の口から思わず漏れた言葉に、隆惺がその通りと頷く。小さくよぎった違和感は、満足げな隆惺の姿に霧散した。


「そうして防火扉は見事に磨き上げられたわけだが、ここで一つ手落ちがあった。鏡になるほど磨くといっても、男は鏡職人などではなかったから、力加減がわからずとにかく力任せにゴシゴシと磨いたらしい。鏡面仕立てになったのが奇跡と言ったぐらいにな。その振動でこの防火扉の格納機能が緩み、結果として運悪く理恵の頭の上に降ってきた……と言ったところだろう」


 どうだ? と言う隆惺に、理恵子はひどく怪訝な顔をした。


「そんなことあるのかしら」


「お前がお探しの怪談が補強しているんだよ。さっきも言った通り、防火扉はフチに彫り物が施されている。それで、ちょうどフチの彫り物が始まるのが主として見ることになる学生の目線の高さなんだ」


 そこまで聞いて、ハッとしたように倖斗が目を見開いた。


「つまり、鏡仕立てにできたのは目線より下、ということですか?」


「正解。より正確にいえば顎下かな。ついでに理恵の言っていた首を毱にする怪異の目撃例はちょうど防火扉の稼働試験日とかぶっている。灯もろくにない裏庭に人が立っていたとして、それを鏡面越しに見た場合はまあ、首が切れて見えただろうよ」


 その言葉に倖斗が納得の頷きを何度も返す中、理恵子がぐんと身を乗り出して問う。


「着物は? 赤い着物は珍しくはないけれど、禿と思うたならばそれ相応の派手さがあったのじゃなくて?」


「味付けだろ。そもそも赤ってのがわざとらしい。青でも黄でも橙でも桃でもなく赤。一等不気味な色を選ぶってのは怪談の常套句だ」


 流れるような口調であるが、妙に芯のない軽さがある。もう詳しく考えるのも疲れたと言わんばかりだ。


「無理矢理ね」

「そもそもが突飛なんだよ」


 大きくため息をついた隆惺は眼差しをゆるりと窓に移した。そこには滔々とした夜闇が広がっていてる。まるで自分の顔をその夜の鏡で眺めるようにぴたりと、隆惺の動きが止まる。


「坊ちゃん? 何かございましたか」


「……いいや。今回のことはこれでいいとしよう。この件の処理を任されたのは俺だからな、兄上に伝えてくる」


 常のように呼び方を訂正することもなく隆惺は立ち上がり、ひとり廊下に出ていく。


 確かに双子主人の両親と祖父母は海外に居るため、国内の藤宮については長兄の信之助(しんのすけ)に一任されている。実質的な家長であるから、報告に行くのは何も間違っていない。


 だが、足早に去るその横顔の険しさは事故であると結論づけたにしては何かおかしいように見えて、倖斗は理恵子の方を振り返った。


「お嬢様……坊ちゃん、なにか隠しておられますよね?」

「思い切り隠しているわね。本当、仕方のない片割れだこと」


 どうしてやろうかしら、とでも言いたげに紫色の目が細められた。

おはようございます

次回は15時頃の更新です

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