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彼女、脱いだらスゴかった

作者: 赤ぱん金魚

 暖かくなってきた五月中旬。

 朝の通学路を歩いていると、前方の交差点で信号待ちをしているクラスメイトを見つけた。


 ウェーブがかった長い黒髪、クールな眼差しが特徴的な女子。

 隣の席の天利愛あまりあいだった。

 スタイルが良く同じ高二とは思えないほど色気がある。

 男子人気も高くて今も周りの男たちがチラチラと見ていた。

 しかし、見ているだけで誰も話しかけはしない。

 それには理由がある。


「お、おはよ、天利」


 俺は、天利の横に並ぶと緊張に上ずった声で挨拶した。


「……」


 何の反応も返さない天利。

 こっちを見もしない。


「今日って、昼から曇るんだってさ」

「……」

「雨降るかな?」

「……」

「傘持ってきたか?」

「……ハァ」


 ため息を吐かれた。


「うるさいよ、あんた」


 キツい一言。


「あ、あんたって。俺のことわかるよな? 隣の席の新星にいぼし

「……」


 冷たい視線で横目に見てくる。

 蛇に睨まれた蛙のような気分。


「私に話しかけるな」


 低い声で言うと、青に変わった横断歩道を天利は歩いて行った。

 俺は、一人ぽつんと残された。

 周りで俺たちのことを見ていたやつらから、「ククク」と嘲笑う声が聞こえてくる。


 天利は、超がつくほどキツい性格だった。

 天利に声をかけた男たちは、みんな俺のような目にあう。

 それを知ってるので誰も話しかけないのだった。


 じゃあ、なんで俺は話しかけるかって?

 それはまぁ、せっかく隣の席になったし、天利って美人だし……ようするに下心からだった。



 ◆◆◆



 夜。

 アイスでも食うかと散歩がてらコンビニへ行くと、店の前に見知った人影があった。


 クールな眼差しが印象的な整った容姿の女子。

 天利だ。

 今は長い髪をポニーテールでまとめており、腕を組んで静かに佇んでいる。

 スマホを見れば『21:07』の文字。

 こんな夜中に何してんだ?


「天利」


 手を上げて呼ぶ。

 天利は、すぐに気づいてこちらを見た。


「ハァ……」


 またため息。

 顔に「鬱陶しい」って書いてある。

 傷つくんだよな。


「何してんだ? 塾の帰りで迎え待ちとか?」

「……」

「俺はアイスが食べたくなってさ」

「……」

「天利も食べる?」

「……」


 はい、いつも通りのノーリアクション。

 うまくいかないな。


 夜に会うというせっかくの珍しいシチュエーションなので、そのまま天利を観察。

 上は白のブラウスに薄手のジャケットを羽織っていて、下は七分丈の黒いパンツを合わせている。


 スタイルがいいから何を着ても似合う。

 同じ年とは思えないほど大人っぽい。

 もしかして、今から彼氏と会うのだろうか。

 天利が彼女とか羨ましい。

 などと考えていると、


 ブォンブォンッ


 突然、アクセルを噴かせて数台のバイクが駐車場に入ってきた。

 運転席や荷台に乗っている男たちは、俺と同じ年くらいの柄の悪そうな連中で人数はちょうど十人。


 その中の一人がこっちに気づくと、バイクを降りて近づいてきた。

 短い茶髪の大柄な男。

 元同級生で最近退学になった不良、木島源大きじまげんだいだった。

 退学理由は、注意されてもケンカを繰り返して相手に大怪我を負わせたからって聞いてる。


「新星と天利じゃねぇか」


 木島が俺たちを見下ろす。

 相変わらずデカい。


「うおっ、めっちゃいい女!」


 他の不良たちが天利の容姿に食いついた。

 天利は、いつも通り冷めた顔で無視してる。


「何、お前ら? 夜に待ち合わせって、付き合ってんの?」

「い、いや、違う」

「だよな。お前、全っ然モテそうにないし」


 木島が言うと周りの不良たちが爆笑した。

 天利は、知らん顔してる。


「相変わらずだな、天利」


 木島が不愉快そうに鼻を鳴らした。


「話しかけても無視、誘ってもなびかねぇ、いつもゴミでも見るような目で人のこと見やがる」


 天利って木島に対しても同じ反応なんだな。

 肝が据わってる。


「ちょうどいいところで会った。借りを返すぜ」


 木島が指をポキポキ鳴らした。

 不穏な空気。


「ち、ちょっと待った木島。相手にされなかったからって、仕返しとかダサいぞ」


 勇気を振り絞って間に入った。


「ああ?」


 木島が目をすがめる。


「んなことじゃねぇよ。こいつのせいで俺は退学になったんだよ」

「天利のせい?」


 初耳だ。


「そうだよ。こいつがケンカのこと警察にチクって学校にもバレて退学だ。ざけんなや!」


 木島が壁を殴る。

 それは天利のせいとは言わない。


「二度と舐めたマネできねぇように裸の写真撮ってやる」

「なっ!?」


 なんて事考えやがる。

 聞いた不良どもが「それいい!」「ひゅー!」と煽った。


「お前ら!」


 一瞬で頭に血が上った。


「天利に何かしたらタダじゃおかねぇぞ!」


 不良に対して自分でもビックリだが、面と向かって言い放った。

 だが、そこまでだった。


「でしゃばってんじゃねぇよ! オラァッ!」


 俺の横から不良が殴りかかってきた。


「がっ!」


 それを避けられず、脇腹にパンチを食らって倒れると、すぐに不良たちが俺を取り囲んだ。


「天利はおとなしくしてろよ」


 木島が天利の正面に立った。


「おとなしくしてりゃ、新星には手を出さねぇでやってもいいぜ。だが、ヘタに抵抗しやがったら新星はリンチだ」


 ふざけんな、と叫びたいが腹への一発で息がつまり声が出せない。

 俺のせいで天利は動けなくなった。

 なんて情けないんだ俺は。


「こっち来い!」


 天利の肩を掴み木島が引き寄せた。

 羽織っていたジャケットが肩から落ちた。


「舐めやがってクソ女が!」


 胸ぐらを掴むように天利のブラウスを握りしめ、


「オラァッ!」


 力任せに左右へ引っ張った。

 千切れたボタンが弾け飛ぶ。

 黒い下着が見えた。


「へへ……」


 木島がいやらしい目をそこへ向け、不良たちは盛り上がる。

 興奮を抑えきれない木島は、そのままの勢いで、


「さっさと脱げや!」


 躊躇することなく天利からブラウスを剥ぎ取った。

 月明かりの下に天利のあられもない姿がさらけだされた。


 胸を覆う黒いブラ。

 白く艶かしい柔肌。

 そしてその肌の上には、黒い十字架と聖母マリアが描かれていた。


 俺も不良たちも絶句した。

 胸元には、ロザリオでもかけているように黒い十字架。

 背中一面には、子を抱く聖母マリア。

 それが天利の身体に描かれているのだ。

 呆然としていた不良たちが今度はガタガタブルブル震えだした。


「む、胸の、く、黒十字」

「せ、背中の、せ、せ、聖母マリア」

「ま、まままさか、こ、こいつ」


 顔面蒼白の不良たちが口々に呟く。

 『まさか』って何だ?


「ぐえぇぇぇっ!」


 突如、駐車場に呻き声が響き渡った。

 木島の巨体がドスンッと地響きを立てて倒れる。


 不良たちが目を点にした。

 多分俺も同じ顔をしている。

 天利の細腕が木島を殴り倒したように見えたからだ。

 目の錯覚だろうか。


 天利が他の不良に近づく。

 様子がおかしい。

 目が据わっている。


「き、木島を一発って、お、お前、マ、マジで『黙示録』のゴフッ」


 冷や汗を垂れ流す男の腹を天利が殴った。

 男は、地面にくず折れた。

 今度は目の錯覚ではなかった。


 肌に描かれた絵、男を殴り倒す天利。

 驚きの連続に頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 戸惑う俺の目の前で、天利が次々と不良を倒していく。


 ある不良は、腹を殴られ倒れた。

 ある不良は、顔を殴られ倒れた。

 ある不良は、殴ろうとしてカウンターを食らって倒れた。

 ある不良は、逃げようとして首根っこを掴まれ引き戻されて殴られて倒れた。

 あっという間に十人の不良たち全員が地面に倒れた。

 天利が一人でやったのだ。

 俺は夢でも見てるんだろうか。


「立てる?」


 天利が俺に手を伸ばしてくる。


「あ、ありがとう」


 手を取って立ち上がった。

 目の前の天利は下着姿。

 黒いブラジャー。

 レース模様の大人なブラジャー。


「見過ぎよ」


 注意された。


「す、すまん」


 すぐに顔を背けた。

 あまりに堂々としてるから、つい。


「あ。天利、これ」


 落ちていたブラウスを拾って渡した。

 天利は、受け取ると、ブラウスに袖を通し、ボタンが取れたため裾のところをヘソの上辺りで結んだ。

 小さく息を吐いた天利がポニーテールを解いた。

 ウェーブがかった長い黒髪が風に流れて広がった。


 その姿は、大人びているというか妖艶というかなんというか。

 思わず目を奪われてしまう。

 が、今はそれより、


「あの、天利。え〜と、その〜……どゆこと?」


 何をどう聞いていいかわからなくて変な質問の仕方になった。

 天利は、少し考え、


「……私は」


 と何かを言いかけた時、


「ク、クソったれ!」


 倒れていた木島が起き上がりバイクに跨った。

 木島は、エンジンをかけてブォンブォンと数度噴かすとアクセルを全開にし、


「うおおおおおっ!」


 天利目掛けて突進してきた。俺は、


「逃げろ!」


 と焦ったが、天利は、


「冗談」


 それを鼻で笑い飛ばし、


「退がってな」


 俺の胸を押して、


「死ねぇぇぇぇぇ!」


 血走った目で突っ込んできた木島をマタドールよろしく半身になって軽くいなし、目の前を通り過ぎる木島の横っ面に右ストレートを叩き込んだ。


 天利の拳が木島の頬にめり込む。

 拳を振り抜くと、木島は、バイクから落ちてボールのように地面をバウンドして転がっていった。


「……マジっすか」


 としか言いようがなかった。


「新星君、さっきどういうことか聞いたわね?」


 天利が俺に背中を向けたまま話す。


「『黙示録』って暴走族知ってる?」

「あ、ああ、聞いたことある。何千人って規模の不良集団だろ? 今はもう解散したらしいけど」

「総長の噂も知ってるかしら?」

「なんでもケンカ最強で、黒い十字架と聖母マリアが特徴って……」


 天利の胸には黒い十字架。

 背中には聖母マリア。

 まさか。


「それ、私なの」


 嘘……じゃないよな。

 汗に透けたブラウス越しに聖母マリアが見えている。

 マジかよ。

 驚きに黙り込んでしまった。


「……やっぱりそうなるか。暴走族の総長となんて誰だって関わりたくないものね」


 天利が肩をすくめた。


「とりあえず、今日見たこと知ったことは黙っててくれるかしら」


 天利は、そう頼んだあと、


「二度と私に話しかけるな」


 強い口調で告げた。

 俺は、回れ右をして急いでコンビニへ入った。

 天利は、それを見て歩き出した。

 天利が離れていく。


「天利!」


 手早く買い物をすませて戻ると、天利が立ち止まった。


「手見せてみろ」

「手?」


 キョトンとしている天利の手を取り、今買ってきた絆創膏を指に貼ってやった。


「血が出てたから」

「……てっきり私が怖くて逃げたんだと思ったわ」


 天利が絆創膏が貼られる指を見ている。


「怖くはない……ってことはないか」


 総長だしな。


「でも、俺はこれからも話しかけるぞ」

「え」


 天利が顔を上げた。


「俺は天利のことを何も知らない。違うか?」

「違わないわ」

「だから話そう。もっと天利のことを知りたいんだ。関わらないようにするかどうかは、それから考える」

「いいの?」

「きっとそれが正しい。だから、これからもよろしくな、天利」

「……」


 天利の瞳が俺の心の奥を覗くようにじっと見つめてくる。


「君って変わってるわね」

「天利が言うか?」


 俺の返しに天利は、微かに笑い、


「ありがとう」


 お礼を言った。

 その表情は、どこか安堵したように柔らかかった。


「これで良し」


 絆創膏を貼り終えた。

 しかし、これが噂の『黙示録』の総長の手か。

 ケンカ最強ってわりには綺麗なもんだ。


「……あの、新星君」

「へ?」

「くすぐったいわ」

「あっ、と」


 つい手をモミモミしていた。

 パッと手を離す。


「悪い。天利ってケンカ最強らしいのにすげぇ綺麗な手だから」


 俺の言い訳を聞くと、天利は、目をパチクリさせ、


「プッ、やだ、アハハハッ」


 大きく口を開けて笑った。

 冗談を言ったつもりはなかったんだが。


「ハハハッ、も〜、笑わせないでよ」


 天利が声出して笑ってるところなんて初めて見た。

 目が離せなくなるくらい可愛い。


「あ〜、も〜、どうしよ」


 笑いすぎて出た涙を人差し指ですくっている。


「あ、そうだ。新星君、この後時間ある?」

「あるっちゃあるけど」


 帰ったら寝るだけだし。


「じゃあ、今から遠出しない?」

「遠出?」



 ◆◆◆



 十分後。

 俺は、天利の運転するバイクの後ろに乗っていた。

 二ケツの状態。

 天利、バイクの運転できたんだな。

 めっちゃカッコイイんだけど。


「どう、新星君?」


 半ヘルを被った天利がミラー越しに聞いてくる。


「すげぇカッコイイ!」

「カッコイイ乗り心地ってどんなのよ」


 あ、そっちか。


「すげぇ気持ちいい!」

「でしょ」


 天利がパチリとウインクした。

 変な表現だけど、男前だ。


「私ね、バイクで走るの好きなの。嫌なこと全部剥がれ落ちていくみたいで」


 心地よさそうな顔がミラーに映っている。


「なんとなくわかるよ」

「え? 聞こえない」


 向かい風がすごいから。

 ということで、後ろから天利に抱きついている体をさらに密着させて、天利の耳元へ口を近づけた。


「その気持ちわかる!」

「ひゃんっ」


 可愛い声を漏らした。

 天利もこんな声出すんだな。


「もうっ、バカ!」


 怒られた。

 でも表情は楽しそうだ。

 俺もめっちゃくちゃ楽しい。

 ただ、このバイク木島のを勝手に乗ってるんだけど、いいんだろうか。


「どうかした?」


 前を向いたまま天利が聞いてくる。


「なんでもない! バイク気持ちいい!」

「嬉しい! もっと飛ばすわよ!」

「わ!?」


 バイクがぐんぐんスピードを上げていく。

 俺は、落ちないよう天利にきつく抱きついた。



 ◆◆◆



 翌日。

 深夜までつづいた遠出に眠い目を擦り登校すると、昇降口で天利と会った。


「おはよう」


 と明るく挨拶。

 しかし、天利は、いつものクールな表情をこちらへ向けてきた。

 昨日のことは夢だったのだろうか。

 と思っていると、


「おはよう」


 クールな表情ながらも挨拶してきた。

 まともな挨拶が返ってきたのなんて初めてだ。

 昨日のことは、現実だったようだ。


「何かしら?」

「天利が総長とか、昨日のこと夢だったんじゃないかって思ってたから」


 天利は、頬に手を当て少し考えると、カッターシャツの胸のボタンを一つ外した。

 シャツを少し開く。

 白い肌の上に黒い十字架が見えた。


「夢じゃなかったわね」


 唇を寄せて囁くように小声で言ってきた。

 いちいち仕草がエロい。

 胸の谷間が見えてるし。


「目がスケベになってる」


 シャツを閉じる天利。

 視線の意図を読まれた。

 鋭い目をこっちへ向けてくる。


「す、すまん」


 あわてて謝ると、天利は、じっと俺を見た後プッと吹き出し、


「ばーか」


 イタズラっぽく笑ったのだった。

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