第八話 騎士と姫のよう
初めて見た外の世界は美しく、広い大地が広がっていた。普段城の中だけで過ごしていて、魔法の使えない私は周囲に腫れ物に触るかのような扱いを受け、長い間ひっそりと暮らしていた。眩しいばかりの羨望を受ける妹を羨み、ずっと影から見ていた。そんな私、フィオナ・サンフィオーレはサンフィオーレ王国第一王女である。その自覚は常にあり、何もできない自分をずっと責め続けてきた。でも、そんな自分を変えたいとも思っていた。それが今だと思ったんだ。
そんな思いででてきた一言、それが「お友達になってください」であった。
「あんた何言ってんの?」
「で、ですから私とお、お友達に…」
「いや、聞いてた?私人間が大っっ嫌いなの。どう考えても無理なんですけど?」
意を決し、人生を変えるべく出した一言が全力拒否をされてしまい、固まってしまったフィオナである。
「あ、あ、あれだ!フィオナ様はお優しい方なのでお前の罪をなかったことにするって言ってんだよ。」
クロトが固まってしまったフィオナに代わり、とってつけたような言い訳を考えた。おそらく、そんな様なことであろうと。
「ふん。箱入りのお姫様は本当にお優しいんだな。」
「えぇ…っと。その、わ、私は本当に箱入りで…」
「ああ、知ってる。」
「亜人族とかこの村のこととか何にも知らなくて…」
「ああ、だから今教えたじゃないか!」
「だ、だから、もっとよく知らなきゃいけなくて…」
「それは、それはご苦労なことで。」
フィオナとキーラの会話は平行線をたどる。歯切れの悪いフィオナの言葉に苛立ちが募っていくキーラである。そんな様子を横で見ているクロトとシロはひやひやしている。
「えっと、だ、だから!私、王国の第一王女としてあなたとお友達になることで何か変えたいんです。」
「…それは、自分自身をってことか?」
「そ、それもありますが…私は第一王女としてこの国に住む人たちの幸せを守っていかなければいけないから…。私にできることをやりたいんです。」
フィオナは、話していて自分自身に驚いていた。そう、初めは自分を変えたいと思って出た一言ではあったが自分にも王女としての責務を果たそうというこんな強い思いがあったのかと気付かされた。魔法は使えずとも自分のできることをこの王国でやっていく。それが自分の使命なんだとようやく気付かされたのだ。
「その言葉、しっかり覚えたからな。」
「え?」
キーラがようやくフィオナの目を見て話をした。その目があまりにも恐ろしくフィオナは自分が言った言葉ではあるが重くのしかかったことを感じた。勢いあまって大きく出過ぎたかなと一瞬後悔をするが、その思いはすぐにかき消された。
「フィオナ、あんたに未来を託してみてもいいかもしれないな。姫さんと友達も悪くないか!」
そう言ってキーラはニコッと初めて笑った顔を見せた。暗い部屋の中ではあったが月明かりに照らされてその笑顔を見ることができた。フィオナは産まれて初めて誰かを笑顔にすることができたと嬉しくなる。と同時に見間違いかもしれないが、月明かりに照らされたキーラの目元が一瞬キラッと光ったように見えた。あれは、涙だったのだろうか…。
翌朝、キーラの大声が部屋に響き渡る。
「おっはようございまーす!」
「うう…眠い…」
昨夜はキーラによる突然の訪問があり、寝不足な2人と一頭。キーラの声に眠い目をこすりながら起き上がるフィオナ。その拍子に再びベッドから転げ落ちるシロに、昨夜はあんなに勇敢であったクロトは微動だにせず、眠っている。
「あ、朝、早いんですね…」
フィオナが眼鏡を掛けながら話す。
「牛飼いの朝は早いんだよ。それにあんた達も今日こそは守り人族の森へ行くんだろ?」
フィオナは、はっと目が覚める。そうだ、私はお使いの途中であったと。
「フィオナ、おいで。ここじゃ、着替えもできないだろ。」
「は、はい。」
キーラはフィオナを自身の部屋へと連れて行く。シロも付いていきそうになったが、キーラがそれを止める。
「お前はここでそいつの面倒でもみてな。」
「くぅぅぅん」
まだ眠っているクロトをシロに押し付け、キーラはフィオナと一緒に部屋をでる。
「父さんが気遣い出来なくてごめんね。」
「い、いえ…。初めはなかなか寝れなかったですが、気づけばぐっすり寝ていました。」
「ま、あのクロトがいなければ何か盗んでやれたかもなぁ…。でも、昨日のあいつ正に姫を守る騎士って感じだったよな。」
フィオナはキーラの話を聞き、昨夜の忘れていた感覚を思い出してしまう。
「あわわわわわわ」
「え?何?フィオナ?大丈夫かー?」
フィオナの顔は真っ赤になり、そのまま固まってしまう。
あぁ、私は一体どんな顔でクロトさんに会えばよいのかしら…。
身支度を終えたフィオナ達はカブスに連れられ村の入り口にいた。そこへキーラが牛車を連れてきてくれた。牛車と言っても見た目は荷馬車である。馬がひくところをこちらは牛を使っているようだ。
「では、みなさん荷台に乗ってくださーい」
キーラが運転手気取りで皆に合図した。
「キーラが運転していくんだな?くれぐれも目的地とか間違えるなよ。」
クロトは昨夜のこともあり、キーラのことは半ば疑っていた。
「はいはい。任せてくださいよー」
そんなやり取りを見ていたカブスは顔がにやけている。
「なんだか、みなさんがいつの間にかキーラと打ち解けているようで嬉しい限りです。では、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
カブスに見送られながらフィオナ達は出発した。
荷台はあまり広くなく、大人2人の間にシロが乗り込むと身動きが取れないくらいだった。2人の間にシロがいるもののクロトとの距離が近く、フィオナは景色を見るふりをして横を向いて乗っていた。
「しかし、このスピードだとどのくらいかかるのかなあ…」
クロトがぽつりと呟く。
「ま、昼過ぎにはつけるんじゃないか?それまで寝ていればいい。」
キーラが返事をすると、クロトはそれもそうかと揺れる荷台でこっくり寝始めた。
こうして、のんびりと守り人族の森へと向かう。