第六話 初めての一夜
「食事はお口に合いましたでしょうか?」
キッチンの横に置かれたダイニングテーブルに座りカブス、フィオナ、クロトそしてフィオナの足元にはシロで夕食を食べていた。そんな中カブスがフィオナ達に食事の味付けについて尋ねてきた。
「ええ、もちろん。ありがとうございます!」
クロトがにこやかに答えた。食事はパンにシチューといったもので、味付けも人間の食事と全く変わらないのだなあ、とフィオナは思っていた。
「すみません、キーラも一緒にと思ったのですが…」
「いえ。なんだか彼女に怪しまれてるみたいで、こちらこそすみません。」
「母親を早くに亡くして男手ひとつで育てるとやっぱり荒っぽくなってしまうんでしょうか…。お2人にも失礼な態度をとって本当にすみません。」
「そんな!こんな美味しい食事にお風呂や着替えまで用意して頂いて、感謝しかないですよ!」
フィオナとクロトは食事の前に風呂も済ませていた。着替えも用意してあり、2人とも長袖のTシャツに長ズボンとラフな格好をしている。
クロトとカブスの会話を聞きながら食事をするフィオナ。フィオナの足元でシロもシチューを食べている。シロの食事も人間と同じものらしい。
「それでは、お布団を用意しますので、少しここでお待ち下さい。」
そのままキッチン兼ダイニングの部屋で待たされる。フィオナは、椅子に座ったまま辺りを見渡すとダイニングテーブルの後ろにある棚の上に目がいった。そこには家族写真が置いてあり、おそらく母親であろうか、小さなキーラが母親に抱きつき、その横にカブスと小さな男の子が一緒に写っていた。その写真を見たフィオナはなんとも羨ましい気持ちになる。自分には家族写真、ましてや母親に抱きつくなど考えられないからだ。そんなフィオナに気づいたクロトが声をかける。
「家族写真ですね!あの目つきの悪いキーラが母親には嬉しそうに抱きついているとは微笑ましいですね。」
「そうですね…。なんだか仲が良さそうで羨ましい…。」
つい、本音がぽろっと出てしまったフィオナ。それを聞き、シロがフィオナに寄り添ってくる。自分がずっと側にいたじゃないかと言いたげである。
「ま、俺も両親がいないから家族ってよく分からないんですよね。」
意外な言葉にフィオナは、はっとする。
「そ、そうなんですか?」
「どうやら赤ん坊の頃に捨てられていたみたいで。セルバ団長が拾ってくれたそうなんです。だから、あの人が俺の父親みたいなもんなんですよ。」
「そうだったんですね…。すみません、お辛い話をさせてしまって。」
「いえいえ!俺はセルバ団長に大切に育ててもらいましたから、今となっては過去のことです。」
クロトはいつも通り、にかっと笑う。それを見てほっとするフィオナ。と、同時にそんな辛い過去のことを笑い飛ばせるなんてすごいなと思っていた。
「では、騎士団に入ったのもそれがきっかけですか?」
「そうですね…。でも入団したきっかけは物凄く強い女の子がいてその子を追い抜きたかったから、なんです。…なんですが、その子が誰だったか思い出せないんですよね。ははは。」
思い出せない?そんなことってあるのかな?とフィオナが疑問に思った。まあ、幼い頃の記憶なんてそんなものかしら?クロトさんならあり得るかも知れないと変に納得してしまった。
そしてそこへ、カブスが戻ってきた。
「お待たせしました。ご用意ができました。」
部屋に戻ると、ベッドの横の床に布団が敷かれていた。部屋は狭く、布団が敷かれていると歩くのもやっとである。
「すみません、クロトさん。床にお布団敷きましたので今日はこちらでお休みください。」
そう言ってカブスは部屋を出ていった。
フィオナは、敷かれた布団を見てだんだんと緊張をしてくる。ああ、やっぱり同じ部屋で寝るのかと…。そんな様子に気づいたのかシロがクロトを睨みつける。
「な、なんかシロに睨まれているような…。お前はフィオナ様と一緒にベッドで寝ていいからそんな顔をするな。」
そう言うと、シロに顔を引っかかれるクロト。しょんぼりしているクロトを見ているとフィオナの緊張も少しだが和らいでいく。
クロトさんは、全く気にしてない訳だし、シロもいるし、大丈夫!今日は、いろいろあったし、ゆっくり眠ろう…と決意を固くするのであった。
だが、しかし…
そうも簡単にいくはずもなく…。
早々とクロトそしてシロの寝息が聞こえてきた。フィオナも私も早く寝よう寝ようと思うが思うほど眠れない。何がある訳ではないのだが…
もし寝相が悪くてベッドから落ちてクロトさんを下敷きにしてしまったら…、はたまたいびきがうるさかったりしてしまったら…
…とまあ、余計な心配が頭の中を駆け巡りどんどん眠れなくなってしまっていた。
あぁ、私のこういう所が嫌なんだよね…。余計な心配をして疲れてしまうんだ。
そんな自分に呆れるフィオナであった。そんな中、ふと『トイレ行きたいなあ…』と気づいてしまう。
ト、トイレ?行く為にはこの暗闇の中、クロトさんを踏まずに歩いて出て行くのよね?えぇ…、できるの…?
フィオナは、『トイレ行きたい』を気のせいだと思うことにした。そうそう、このまま寝てしまおう。
そう、思い込もうとするとやはり一度気づいてしまった尿意は、簡単には消えてくれない。
『トイレトイレトイレ…』
気のせいだと思ったがトイレの主張は強かった。寝ようと何度も試みるがどんどん強くなる。
『トイレトイレトイレトイレ…』
あぁ!もう、分かったよ!
渋々、意を決して枕の横に置いていた眼鏡を掛けた。その瞬間、右腕を物凄い力で引っ張られる。
え?な、何が起きたの?
気づくとフィオナは、クロトの胸の中にいた。クロトの腕はフィオナの背中に回り、肩を強く抱きしめられている。突然のことと初めて男の人に抱きしめられ、フィオナの心臓はこれ以上早く動けないくらいバクバクと鼓動している。しかも、強く肩を抱かれているためフィオナの顔はクロトの胸に押し付けられ、余計に呼吸もしづらくなっている。
ど、どういうこと?な、何が起こっているの〜?
こんな中、おしっこちびらなかったのが幸いと思うフィオナであった。