第五話 亜人族の村
フィオナの心配をよそに無事にクロトとシロは、亜人族の村へとたどり着く。
亜人族の村は、サンフィオーレ王国から出て西側に位置し、高い山々が裏手に位置している為、太陽があまり差し込まない。着いた頃は、昼過ぎだったのだが、もう夕方なのかと思うほどである。古い木造の家屋が並んでおり、古くからある農村のようである。猫耳を生やした村人達がこちらをじろじろと見ている。そんなことは、お構い無しでクロトは大きく息を吸い、大声で尋ねた。
「突然すみません!誰かえんじ色のケープを羽織った女の子を見ませんでしたかー?」
突然の大声に驚き、ただ呆然とする村人達。反応が返ってこないため、おやっと思うクロト。再び大きく息を吸い、先ほどより大きい声で尋ねる。
「だ、れ、か、牛に咥えられた女の子を見ませんでしたかー?」
村人達は大声に驚くものの‘’得体の知れない大声を出す変人‘’に近寄っていくものはいない。その様子をみたシロは、はあっとため息をつく。
「あ!お前今ため息ついたろ!一人一人聞き回るより、これが一番早いんだよ!」
そう言ってもう一度息を吸い、大声をだす。村人達は変な人間に関わらないようにしよう、と言わんばかりに目を逸らしている。だが、クロトはお構い無しで何度も尋ねる。
その大声に耐えかね、一人の年老いた亜人がやってきた。
「そこの者、私は、この村の村長ゲインじゃ。おそらくその探し人は、牛飼いのカブスの所で預かっておる。案内しますので、落ち着いてくだされ。」
「おお!村長さん。ありがとうございます!」
クロトは満足気に微笑、村長の後をついていく。クロトはシロに『やったな!』と言いたげにウィンクをしてみせた。それを見たシロは、『こいつ、やっぱりアホだな』と呆れた顔でため息をつき渋々クロトの後ろを歩いていくのであった。
案内されたのは、牧場を併設したこじんまりとした一軒家である。牧場と言ったもののそれほど大きくはなく、広く柵で囲われた庭程度の大きさに牛5頭くらいがぎゅぎゅう詰めとなって放たれている。
「おーい、カブス。」
村長がドアをノックし、家主を呼ぶと先ほどの牛飼いがでてきた。
「カブス、この者たちが先ほど連れてきた人間の連れのようじゃ。」
「クロト!って言います。それで、フィオナさ…」
クロトは、フィオナ様と言いかけた。アホなクロトでもこんな田舎にサンフィオーレ王国の王女がいるってバレたらまずいんじゃ…と思考を巡らせる。
「フィーナは、どこに?」
フィオナ様は避け、バレないように名前を変えて呼んでみたクロトであった。
「本当にすまなかった!幸い、怪我はないんだが…ベッドで休んでもらっている。部屋に案内しよう。」
案内された部屋に行ってみるとフィオナがベッドで横になっていた。部屋は5畳くらいの小さな部屋で窓にピタリとベッドがくっついている。全員で入るとすこし窮屈な感じがする。クロトとシロを見つけたフィオナは、体を起こした。
「具合は、大丈夫か?怪我はないって聞いたけど、本当に本っっ当に大丈夫か?」
クロトはフィオナの近くに寄り、食い入るように尋ねた。その間にシロが割り込み、フィオナはシロの頭をなでながら返事をする。
「は、はい。少しめまいがしますが、大丈夫です。ご心配お掛けしてすみません。」
それを聞いて、はぁっと本当に良かったと肩を落とすクロト。こう見えて緊張をしていたのであった。
「して、貴方がたは、旅人ですか?」
村長が尋ねてきたのと同時に遮る声が聞こえた。
「村長!そいつの格好は、サンフィオーレ王国の騎士団の制服だ!」
「こ、これ!キーラ!お客様に向って失礼だぞ!」
カブスがキーラに向かって叱責する。
な、なんかこいつ察しが良すぎるような…とクロトは背筋に冷や汗が垂れる。
「父さん、聞いたことあるか?サンフィオーレ王国の王女は眼鏡をかけてるって噂があるんだぜ。」
キーラはそう言うなり、フィオナに近づいて顔を覗きこむ。あわててカブスがキーラを引っ張り自身の近くへと立たせた。
「本当にすみません。娘がとんだ失礼なことを…」
「して、本当は貴方がたはどちら様ですかのぅ」
必死で謝るカブスだったが、その横で村長がなおも尋ねてくる。フィオナとクロトは目配せをした。すると、クロトがフィオナにウィンクをする。その仕草にフィオナはドキッとさせられたが、この人に頼って大丈夫なのかと不安が過ってしまう。
すうっとクロトは息を吸う。
「はははーっ。サンフィオーレ王国の王女がこんな護衛1人連れただけで外になんて出られませんって!我々はただの王国の使用人ですよ!今からお使いで守り人族の森へ行くとこだったんですよー!それなのにそちらの牛飼いさんの牛に連れ去られてさんざんでしたー!ね、フィーナさん。」
な、なんとまたも大声で乗り切ろうとしたのである。そして、フィ、フィーナさん?と一瞬戸惑うフィオナ。そうか…名前を変えて身分も隠そうってことなのね、と理解する。でも、こんなことであのキーラって人が納得するのかしら…とフィオナは思う。
「ははは!そうでしたか。それは災難でしたのぅ。今から守り人族の森に行くにはもう遅いですから明日朝にでもカブス、牛車で送ってあげなさい。」
「そうですね。お詫びと言っては何ですが、今晩はこちらでお泊まりください。」
ハラハラしていたクロトであったが、心配とは裏腹で和やかな雰囲気になり、なんとか切り抜けられたようでほっとする。フィオナは、キーラをちらりと見た。キーラは腕を組み、黙って窓の外を眺めている。納得したのかな?と少しの違和感を覚えたが気にしないでおくことにした。
「すみませんが、客間はないのでこちらの部屋で休まれてください。夕飯後にはクロトさんのお布団お持ちしますのでごゆっくり。」
カブスがそう言うと村長とキーラとともに部屋を出ていった。
ん?ちょっと待てよと一瞬考えるフィオナだったが、クロトの声に顔を上げる。
「はぁぁぁっ。なんとか切り抜けましたね。フィオナ様!じゃなかった、ここではフィーナと呼ばせてもらいますね。」
「は、はい…」
「でも、亜人族は人間を嫌ってるとか聞いたことがあったからヒヤヒヤしてたけど、案外いい人達ですね。話してみないと分かんないもんだなあ。」
「そ、そうだったんですね。確かに私の汚れたケープも洗ってくれてるそうです。」
「それは良かった。ま、とりあえず今日はゆっくり休んで明日向かいましょう。俺はどこでも寝られるんで。」
寝る?…はっとするフィオナ。ま、まさか男性と同じ部屋で寝る?とゆうことかしら?とようやく事態に気づく。フィオナの横にはシロがいるものの、男の人と部屋で2人きりという事になるのかと気づいた途端心臓の鼓動が早くなる。
わ、私はゆっくり休めるのだろうか…。
一つの難局を乗り越えたが、フィオナの不安は尽きないのであった。