第四話 外の世界
城を出ると眼の前いっぱいに緑の草原が広がっていた。遠い彼方には赤や茶など紅葉をしている木々が見え、その奥には山々がみえる。フィオナの目の前には遮るものはない。さあっと風が吹くと草木のにおいがした。そんな外の世界を初めて見たフィオナは、釘づけになっていた。
世界は、こんなにも広いのか…と。
普段いろんなことをあれこれ思い悩んでいた自分がなんだかちっぽけに思えるくらい広大な草原が広がっていた。
「おーい。フィオナ様ー?」
「はっっ!」
気がつくと先ほどまで見えていた草原が遮られ、クロトの顔がそこにはあった。あまりに顔が近く、息を呑むフィオナ。それを見たシロはクロトのお尻をガブリっ!
「いっってぇぇぇ!もう、なんなんだよっ。この犬!」
「し、シロは犬ではなく一応、魔獣です…。」
クロトから引き離しながら答えるフィオナ。
「魔獣?一応ってどうゆう意味なんだ?」
「え、えっと…。シロも魔力を持った魔獣なんだけど、魔力が弱すぎてそれで一応、魔獣…。」
「なるほど。魔獣シロの能力は人を噛むってことか!」
クロトがシロを睨みつける。とその瞬間シロがクロトの鼻をガブリ。
「いっってぇぇぇ!」
静かな辺りにクロトの叫び声が響く。
「うおっほん!では、気を取り直して出発しよう。俺に着いてきてくれ!」
「は、はい…。」
出発前にシロに噛まれまくったクロトを心配そうに見つめるフィオナであった。
シロは、フィオナが産まれてからすぐにどこからともなくやって来たのだと周りに聞かされている。引き離そうとしたが、どうゆうわけかフィオナの側へと必ず戻ってくるのだとか。調べたところ、魔獣ではあるようだが魔力が少なく害はないだろうということで側にいることを許されている。そして、なぜかフィオナ意外には懐かず、敵とみなしたものはこうして噛みつくのであった。案外、クロトのいうシロの能力は‘’人を噛む‘’も間違いではなさそうだ。
「フィオナ様、どうですか。外の世界は?」
「そ、そうですね。綺麗な草原ですね。」
「そうそう。この辺りは、亜人族が牛飼いをやっていて草原をきれいに保っているっていってたかな。」
「そうなんですね…。」
秋も深まっているが日差しが強く歩いていると温かで気持ちのいい陽気にほのぼのし、のんびりと目的地を目指す。そこへ、ふわっと風が吹き、フィオナのえんじ色のケープが揺れる。
「…ん?今なんか聞こえたような…。」
クロトが後ろを振り返る。後ろには、フィオナとシロが歩いているのが見えた。その瞬間…
どどどど…
「ううわぁー!誰か止めてー!」
先ほど話していた亜人族の牛飼いであろうか。牛の大群が暴走している。牛飼いが先頭を走る牛の上に乗り、必死でとめようとしている。…が、クロトが気がついた瞬間、フィオナはその先頭を走る牛にケープを咥えられ、そのまま連れ去られてしまった。
「フィオナ様ー!」
ぽつんっと取り残されるクロト。…と一頭。
「っておい!シロ!お前、人には噛み付いて離れないくせに牛には噛み付かないのかよ!」
そんなことを言いクロトは、咄嗟にシロに噛まれる?と思い、身構えた。が、反応は予想とは反対にシロは、しゅんっと小さくなっていた。
「そうか…お前も主人を助けられず、ショックなんだな…。俺だって、セルバ団長一番弟子のくせにこんなことになるなんて…」
項垂れる一人と一頭。だが、クロトは、立ち直りが早かった。
「しかーし、こんなことしている場合ではない!追いかけるぞ!シロ!」
クロトは、走り去った牛の方向を見る。ちっと舌打ちをした。
「まいったな…。あれは、亜人族の村に向かったのか…。」
フィオナが連れ去られてしまったその頃、サンフィオーレ城では建国祭に向けた会議が開かれようとしていた。
「会議が始まる前にご報告がございます。セルバ団長体調不良のため、騎士団の中で一番優秀な若者を代理とし、フィオナ様は先ほど無事出発いたしました。」
会議が始まる前にレイドは国王の執務室でセルバの代理を立て、フィオナが出発したことを伝えていた。
「そうか…。それは、まあ…いいとして、魔物の国からは返事はあったのか?」
「いえ。それどころか、招待状を持って行った者も今だ帰って来ておりません。」
「やはり、だめか。まぁ、今まで一度たりとて返事すらなかったからな。期待はしていなかったが…」
「今年は500年の節目ですからね。諸外国や我が国の民らも注目されているかと。」
「うむ、そうだな…。だからこそ、フィオナを行かせたのだ。戻ってきたらまた報告を頼む。」
「承知しました。」
国王とレイドは大臣や王侯貴族らが集まる会議室へと向かった。
かつて、魔王クロードレイが治めていた魔物の国では、今や帰らぬ魔王をいつまでも慕う魔物達が住まう場所となっていた。和平を結んだ100年ほどは、クロードレイの側近であるヤークが毎年サンフィオーレ王国の建国祭を訪れていたのだが、ある年を境に何の返事もなく魔物の国からの使者不在という事態が続いている。大賢者ミハエルが帰らなかったことが真実であるならば、500年たった今、再び戦争が起こるのではと怯える国民も少なくはない。あらぬ噂を立てる者までいる。そのため、今年の建国祭を国王は重要視しているのである。
サンフィオーレ王国の鍵を握るのはあるいはフィオナなのかもしれない。
フィオナは、考えていた。どうして今牛に咥えられているのだろうかと…。あぁ、私ってば一国の王女のはずなのに牛にさえ見下されているのか、と自分自身を卑下してしまう。世界は、あんなにも美しいのになぜこんな仕打ちをされるのか…なにもかもスムーズにいかないものだと牛に咥えられたまま嘆いていた。
「お嬢さん!ほんっっとうにすまない!大丈夫かい?」
牛の上から牛飼いの声がする。大丈夫かと言われたら大丈夫ではないと叫びたい気持ちになるが声が出ない。一体どうしたら、無事に地面に足がつけるのだろうか…。いっそ、このまま…
「とまりなさーーーい!」
亜人族の村まで目前のところまで来たところ、女性の大きな声が響き渡った。すると、牛たちはビクッと固まりその場に立ち止まったのである。咥えられた牛にゆっくりと下ろされるフィオナ。一体何が起きたのか理解できずにいた。ふと、気づくと先ほどの声の主だろうか、目の前にはショートカットヘアが似合っている猫耳を生やした少女が立っていた。フィオナとあまり年が変わらないくらいに見える。
「キーラ!助かったぞ。」
牛飼いが先ほどの猫耳を生やした少女に声を掛けた。どうやら、キーラというその少女は目はキッと釣り上がっており、勝ち気そうである。服装も長袖半ズボンにミドル丈のブーツを履いている。
「まったく、父さん牛飼い失格じゃない?」
「な、な、なにを…。今日は、たまたま…。」
「はいはい。…で、その人なに?」
ぼーっと突っ立っていたフィオナに鋭い目を向けてキーラが尋ねた。
「そ、そのぅ…牛が連れてきちゃった。」
先ほどの牛飼いが照れながら答える。その姿を見てキーラは、はぁっとため息をつく。
「呆れた…。アホな父を持つと娘が苦労する!あんたその上等そうなケープ脱ぎな。」
「へ?あ…は、はい!」
フィオナは、そこでようやく気づく。ケープは牛のよだれでぐっしょりと濡れていて冷たくなっていた。フィオナがそのケープを脱ぐとキーラは、直ぐ様奪い取るかのように手にとった。
「父さん。どうやら怪我はなさそうだけど、休んでってもらいなよ。私は、こいつを洗濯しとくよ!」
「そ、そうだな。任せたぞ。」
呆然とするフィオナを置いてけぼりにしてキーラはその場を去って行った。
「お嬢さん、ほんっっとうに失礼なことをして申し訳なかった!我が家に案内するので、少し休んで行ってください。」
「は、はぁ…。」
シロとクロトが気になるフィオナだったが、とりあえずついて行くことにした。
クロト…さん?だっけ?あの人信用して本当に大丈夫かなあ…
私、これからどうしたらいいのかな…
フィオナに疑われるクロト。この先のアレコレを不安になっては、ため息が止まらないフィオナであった。