第二話 お使いの命が下される
扉の中に入るとそこは、謁見の間だった。
奥の豪華な椅子に座るのは、国王アドルフと王妃サラ。ひな壇の下に騎士団長セルバが立っていた。
国王のアドルフは白髪交じりの髪をオールバックにまとめ、髭を生やし国王たる気品を漂わせている、まさにイケおじである。隣に座っている王妃サラは長い金髪に青い瞳の美しい女性ではあるが、どことなく近寄り難く冷淡な雰囲気がある。そして、王妃サラこそがこの国一の魔力の持ち主であり、王国を守るための結界を管理している。
フィオナの後ろでレイドが扉を閉めた。ふと気づくと、いつの間にかエルシアはいなくなっていた。さすがは、コミュ力の達人、人の話は聞かないが空気は読める女性である。
フィオナは、ゆっくりと国王と王妃の前へと歩いていく。二人の前に立つと緊張と不安で呼吸までもが苦しくなってくる。しっかりと歩けているのかさえも不安になってしまうほどだ。
「久しぶりだな。フィオナ。」
「は…はいっ!」
国王の声掛けに声が上ずってしまう。
フィオナが緊張するのもそのはず、実の親子でありながら国王と王妃には年に一度開かれるこの国の建国祭でしか顔を合わせることがない。顔を合わせたとしてもほとんど会話することがないというのがここ数年続いている。いくら忙しいとはいえ、年に一度しか会ってもらえないなんて、フィオナは2人に見放されているのだと感じている。
きっと、自分には魔法が使えないから…と。
せめてこれ以上失望されないよう、2人の前に立つ時は一挙一動、常に注意を払わなければ、と思うあまり何も発言できないし、上手く立ち回ることすらできず、その場に立つことすら苦しくなってしまうのである。
国王が話を続ける。
「お前にはこちらにいる騎士団長セルバとともに守り人族の森へ行ってもらう。」
「え…ええっと?私が?」
「そうだ。お前ももうすぐこの国の建国際があるのは承知だろう。セルバは毎年守り人族の族長に招待状を渡しに行ってもらっている。お前もそれに同行するように。」
わ、私が?守り人族の森へ行く?なんで、どうしてとその理由を聞きたかったが言葉が出てこない。そんな様子を見ていたシロは、一歩前に出て国王を睨み付ける。そんな様子にひやひやしたが、国王がコホンと咳ばらいをし、説明をする。
「お前ももうすぐ15になる。いつまでも城に籠っているのではなく、外の世界を見てくるといい。守り人族の森はここから北へまっすぐ、徒歩で半日もあれば辿り着けるはずだ。頼んだぞ、セルバ。」
「はっ!」
大きく返事をし、右手を額まで上げ、揚々と敬礼をするセルバ。
セルバはフィオナが幼い頃から知っている。熱血漢で騎士としてこの王国を守ることだけを喜びとしているような男である。体格がよく、背も高い。髪は短髪で一見強面だが、面倒見がよく、フィオナに対しても優しく接してくれる。そんな所以もあり、レイドよりセルバを同行者として国王が選定した。
一方フィオナは国王が自分の誕生日を覚えていてくれたことに一瞬緊張が緩んだが、国王の真意が分からず、余計に怖くなる。ちらりと王妃を見るが、終始大きな扇で口元を隠し、目線は窓の外を見つめている姿が目に入ってくる。そんな母親の様子を見ると、この空間が一層重く感じてしまう。とにかく早く去りたくて早々と返事をしてしまった。
「…承知しました。」
「では、明日の朝、北の門にて待つように。」
「フィオナ様。お散歩くらいの軽い気持ちで行きましょう!何かあれば私に任せてください!」
業務連絡のような国王の言葉の後に満面の笑みでセルバが答えた。
全然、承知などしていないのに、と心の中で叫ぶ。まあ、レイド団長よりはるかにセルバ団長が同行者でよかったとは思っている。
だが、苦しそうな顔をしているフィオナである。そんな主人の顔をシロは下から見つめる。まるで主人を包み込むような温かい目線を送っている。
「いやあ、てっきりレイド団長が行かれるものと思っておりました!」
「ええ、ですが残念ながら私は建国際の準備等がありますので…。」
謁見の間を出た後、レイドとセルバの後をとぼとぼフィオナとシロが歩く。
え!レイド団長も候補に上がっていたのか!とビビるフィオナ。
「そうでしたか!確か、今年は大賢者ミハエル様の没後500年。なにやら派手にやられるのでしょうな。」
「そうですね。今年は大きな見せ場があるようですよ。」
「なるほど!なるほどですなー!それは楽しみですなー!はっはっはー!」
セルバの大きな笑い声が周囲に響き渡る。遠くからでも、『あ、セルバ団長が近くにいるのね』と誰でも理解できるのではないだろうか。
大きな見せ場…ってなんだろう。とフィオナは考える。
確か…妹のミモザは帰ってこれないって風の噂で聞いたし。いったい何をするのだろう。そういえば、去年ミモザが魔法学校へ入学する時は盛大にお見送りしていたなあ。部屋の窓からこっそり見てただけだけど…。それに引き換え私なんか、徒歩でセルバ団長と2人きり(+シロ)で旅をしろというんだものなあ。待遇が全く違うよなあ。モンモン…。
と、まあ、ネガティブ妄想が尽きないフィオナであった。
フィオナには2歳下の妹がいる。ミモザである。ミモザは魔法の才に恵まれ、本来15歳で魔法学校へ入学するところを12歳で入学を果たした。学園側も才能あるミモザを快く受け入れ、サンフィオーレ王国としても盛大に送りだしたのである。その時のことを思い返しては、憂鬱になってしまうのであった。
そんなことより、明日を乗り切らなければ…。
自室に帰り、明日のことを心配する。
夕食もしっかりと味わうことができず、いろいろと不安になっては苦しくなって、とりあえずもう早めに寝てしまおうと思ったが、
いつからかシロが見当たらない。
「シロー?どこに行ったのかな…?」
独り言をつぶやいた瞬間、部屋のドアが開き、シロが入ってきた。
「どこに行ってたの?」
聞いてみるが、シロはささっとフィオナのベットに入り目を閉じる。
「まあ、いっか。おやすみ。シロ」
明日への不安を抱きつつ、眠りについたのであった。