第一話 主人公は、フィオナ姫
ここは光の王国サンフィオーレ。
この世界では代々王家に強大な魔力を持った者が生まれ、その者が強力な結界を張ることで魔物の脅威から王国を守っている。光の王国サンフィオーレでは代々、光魔法を操る者が生まれるため、光の王国と呼ばれている。
そんなサンフィオーレ王国の中庭。
「フィオナ様!もっと力を抜いてくださいませ!
そうですわねぇ、例えるならばこう、恋してルンルンみたいな感じですわ!」
手入れの行き届いた芝生の上に立つのは。サンフィオーレ王国の第一王女フィオナと魔法指導を行っているエルシアだ。フィオナの足元には大型犬のようなもふもふとした白い毛並みの魔獣がうつ伏せで寝そべっている。フィオナは、その魔獣を白い毛並みにちなんでシロと呼んでいる。
「あ、あ、あの!先生っ!いつも言ってますが…私、ま、魔法がつ、使えないんです!」
うつ向きながら振り絞った声で答えるフィオナ。
そう、彼女はサンフィオーレ王国第一王女にしてコミュ障なのである。見た目も言わずもがな、長い黒髪を後ろでひとつに結んでおり、大きな丸い眼鏡をかけている。麻のドレスは、動きやすそうではあるが、王女にしては質素である。王女と言われなければ侍女と間違われてしまうほどだ。
なんか、悪口言われているような…。キョロキョロ。
あ…、しまった。コホン。
コミュ障についても問題ではあるが、ここでの大問題は、フィオナは王位継承権第一位の王女であるが魔法が使えないということだ。この世界で魔法が使えない人間は珍しくはないが、代々王家の者は強大な魔力を持って産まれてくる。まして、王位を継ぐものが魔法が使えないなどという前例がない。そんな冴えない少女がこの物語の主人公である。
「だぁいじょうぶです!私を信じてくださいませ。」
エルシアは、目を輝かせて言った。そんな熱い視線を感じ、フィオナはしぶしぶ目の前に置かれた黒い箱を見る。実習内容は、その箱の中に明かりを灯すこと。
「ふぅっ…。」
大きくため息を吐いた。
あぁ、本当何なんだろ。この人、と心の中で呟く。
髪の毛くるくるしてるし、スカート短いし、こんなキラキラ女子が先生なんて…。全然人の話聞いてくれないし。まして、こんな中庭なんかで実習して、誰かに見られたらと思うと、と更に体が強張る。
一方のエルシアは全く気にしておらず、外でのびのび実習した方がいいのだと嫌がるフィオナを連れ出した。そんな、エルシアだが魔法の実力は、確かなもので、平民でありながら若干20歳で宮廷魔法師団の一員となった。フィオナの魔法指導を始めて半年になるが、基本的に人の話を聞かないので、エルシアに振り回される日々である。
今日も今日とて言い返すことのできないフィオナは意を決して右腕を前に出す。
「光よ!」
フィオナにしては大きな声を出した。
もう、これで分かってくれるかな。はやく帰って静かに「大賢者ミハエルの冒険譚」でも読みたい…。
フィオナは、思う。これで実習は終了するはずだと。
だが、しかし…
「すごい!すごいですわ!」
「えっ?」
「私には見えましたわ!一瞬ですが、僅かに光が灯るのが!ささっ、今一度やってみてくださいませ!」
えぇーっ!絶対嘘じゃん。帰りたいのに…。
エルシアの言葉にフィオナの大きな眼鏡がずりっとずれた。
本当か嘘か見間違いか。フィオナの意に反して実習は続くかに見えた。
「エルシア殿、失礼する。」
「あら、レイド団長様。どうなさいました?」
声を掛けてきたのは、宮廷魔法師団長を務めているレイドである。
フィオナはレイドが大の苦手だ。紫色の長髪に切れ長の目、すらっとした長身で冷淡な雰囲気ではあるが整った顔立ちのため、女性の間では人気が高い。だが、フィオナはその切れ長の目で見下されると「お前はなぜ魔法が使えなないのだ」と責め立てられているようで、レイドの目を見て会話することができない。まして、同じ空間にいるかと思うと息苦しくなる。
そんな主人の様子を察したのか、魔獣シロがいつの間にか起き上がり、レイドに向かって「グルルル…」と威嚇している。
そんな威嚇をレイドは一瞥し、何事もなかったかのように話を続ける。
「アドルフ国王がフィオナ様をお呼びです。お連れしてもよろしいかな。」
「お、お父様が…。はわわわ…。」
レイド団長も大の苦手だが、自身の父であるこの国の国王も大の大の苦手である。ぶるっと体が震え、変な声が漏れる。
「まあ!そうなんですの!分かりました。では、私もご一緒しますわ!」
分かった、と言いながら自分も付いていくというエルシア。
「いえ、私が連れていきますので、エルシア殿のご同行は結構です。」
面倒臭そうにレイドはキッパリとお断りをした。
はずだったのだが…。
気づくとフィオナとシロの前にはレイドと肩を並べて歩いているエルシアがいた。しかも、なんだかものすごく話が盛り上がっている…。圧倒的なコミュ力を前に魔法指導ではなくそちらのお勉強をしたいものだ、と思うフィオナであった。
「こちらで、国王がお待ちです。」
大きな扉の前でレイドがフィオナに告げる。
あぁ、これ入らなきゃだめだよね…。
フィオナはシロをちらりと見た。
シロは何かを理解し、重々しく開けた扉を主人の前を歩いて入っていく。
自分が主人を守るのだと言わんばかりに。