負けヒロインを慰める
泣いている女の子への対処方法への正解なんてものをこれまでの学校教育で僕は学んだことがなかった。
だから、できることといえば、せめて彼女が存分に涙を流せるように。
「まあ、うん。元気だせっていうのは無理だろうから、人払いくらいしてやるよ」
「三角関係でヒロインと結ばれることはないけど本命よりも人気があるタイプの優しさに定評のある当て馬君……」
「しばくぞ負けヒロイン!」
なんなんだよこの女。
夕暮れが廊下を赤々と焼き尽くすような放課後だった。
その日、僕が教室へ忘れ物を取りに向かったのは偶然で。
だから、ずっと幼馴染みに片想いしつつ素直になれずそして彼女の想い人を慕う男装少女やらお金持ちのご令嬢やら宇宙人やらが転校生としてやってきてわちゃわちゃあった末に一番最初に転校してきた男装令嬢に敗北したクラスメイト(ここまでが彼女の名称)が、泣いていたことを目撃してしまったのも偶然だった。
「当て馬君って、優しいんだね……」
当て馬呼び、やめてほしいなあ。
「何で当て馬になっちゃったの?」
「分からないけど、少なくともお前が負けたのは多分そういうところだと思うよ」
「なにを言われてるか分からないけど、君が負けたのは優しいだけだったからなんだろうね……ファン投票は一位の当て馬君……」
「失礼極まりないなこのブス!ブスっていうのは流石にひどかったわ!ごめんね!」
「あの娘にはそんなこと絶対に言わなさそうなのに、なんで私にだ……もしかして、ギャップで『私にだけ意地悪してくる』っていう要素をそろそろだそうと………?」
「無礼には無礼で返してるんだよ」
「じゃあ、あの娘は優しい子だったんだ。そんな優しい女の子を、俺様に取られちゃった君……」
「なんでいちいち僕の傷に塩塗りにくるの? ボーイッシュ可愛い物好き実は昔結婚の約束してた転校生に幼馴染み取られた敗北者さんは」
じみーに心の柔らかい部分刺してくるのやめろ。
「あーあ」
クラスメイトの女の子は、濁った音でため息を吐く。それと一緒に、哀しみも零れていく。
「立ち直れるかな、私」
「……」
日常に恋心が入り込むと、あっという間にその世界を飲み込んでいってしまって、それが全てになる。だから、あの人がいたら楽しくて、あの人と過ごせたらそれが思い出にもなって。
けれどそれは、恋が終わってしまえば世界がガラリと崩れていくことの証左でもある。
「すぐには、無理でも──」
これは彼女への言葉なのか、僕への言葉なのか。それすらももう分からなくなりつつある。
「立ち直れなくても、進むしかないんじゃないかなあ。 そして、気づいたら終われるのかも、しれない」
ぐずぐずと水音をたてていた彼女は、自力で鼻をかみ、涙をぬぐう。
「そっか。 でも、私みたいなのが新しい恋人とか見つけたら、絶対否定意見とかもでるよね。 扱い難しいよねえ」
「何の話?」
「じゃあ、私は当面のところ、あいつらの結婚式でウェディングケーキ作ってブーケキャッチするのを目標にしようかな」
メンタルいかれてんのかこいつ。