きいろいゼラニウム
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1
二月の半ば。希は、近くの図書館で、その日の分の大学準備の課題を終えて、そそくさと家に帰り家の玄関の前にあるポストの中身を探ると、広告のチラシと新聞、そして、希の楽しみの一つである、『いつもの封筒』が入っていた。
「あ、届いてる」
希が中学生の頃から送られてくるその手紙は、希にとって幸せな時間だった。遠く離れた場所に住んでいる望の限られた想いを伝え合うことができる時間。手紙の最後の部分には、だいたい次の手紙が送られてくる日が記されていて、その日になるとどうしても胸が高鳴って、授業に集中できない時もあった。
今日だって、帰りの途中で手紙のことしか頭に入ってなかったせいで、電柱に勢いよく顔をぶつけてしまったこともあった。
封筒を見るだけでも、希の頬は弛む。
急いで家に入って、手を洗い、机の上を片付け、黄色のゼラニウムの押し花しおりを手紙と一緒に見える位置に置いてから、封筒を開封した。
『希へ。受験お疲れ様。この時期の新潟って相変わらず寒そうだね。東京もかなり寒いから、そっちもすごく寒いんだと思う。久しぶりの手紙だし、楽しみなあまり、帰りの途中でどこかにぶつかったんじゃないかって思ってます。……』
希は一旦手紙から目を離し、その場で数秒くらい固まった。心を読まれたような気がして、なんだかムズムズする。彼女の手紙は思ったことをつらつらと書き並べ、送られてくる。
手紙によって文の量はバラバラだが、時折のぞみの心を代弁するかのようなものを書いてくる時があって、それがとても恥ずかしくも嬉しくも恥ずかしい瞬間であって、感情が忙しくなる。
その度に、のぞみの彼女に対する好意は、不意に、沸騰した鍋から零れ落ちた水を吸うコンロのように燃えあがった。
はあ、と息を落ち着かせてから、希は続きを読み始めた。
『高三からは勉強も忙しかったから、手紙のやり取りが減ったのが、とても寂しくなる時期だったかな。その分、手紙を郵便局に送る日がもっと楽しくなる時期でもあったので、そこまでつらくはなかったよ。また一緒に写真を送っといたから、感想もたのしみです…… 』
季節を代表する催しがある時期に、望は手紙と一緒に写真も送られてくる。東京に引っ越してからは読者モデルをやってるというのもあったが、手紙と一緒に入っている希の写真は雑誌よりも気合が入っていたように見えた。だから希は見るたびに胸の高鳴りが止まらず、まともに見れない時もある。
希は、望の写真を見て、「望は、きれいだな…… 」と、顔を赤くして、そう心につぶやいた。そして、残り少ない手紙を再び読み始めた。
『……希からの返事、楽しみにしています。あと、卒業式の日に、希に会いに行くね 望より』
手紙を読み終え、希は折り目に合わせて綺麗に折り畳んだ。しかし、一度折りたたんだ手紙を勢いよく広げて、最後の所を確認した。何度見返しても、その内容について、希は思わず目を見開いた。
望が私に会いに来てくれる。
「……うれしい」
希は、枕を顔に埋めてそういった。
机の上に飾られている写真を見て、ふと望との出会いを思い出した。
2
希と望が出会ったのは、希が小学5年生の春。小学4年生の頃に新潟の学校に転校してきたが、新しい学校生活にも慣れ始め、新しくできた友達と遊ぶ日々もそれなりに楽しんではいたが、彼女には物足りなさがあった。
正直、一人の時間の方が楽しいと感じる時もあった。
しかし、一人ではどうしても寂しい気持ちもあったので、その気持ちを彼女の友達に言うことはなかった。ある夕方のこと、その日、友達は塾に通う日だったので、近くの公園で別れて、日が暮れるまで一人で時間を過ごすことにしていた。
「じゃあね、希ちゃん」
「うん、また明日」
手を振りながら、公園を後にする外川を見送り、ベンチに腰掛けて、持ってきた本を読もうとすると、後ろから聞き覚えのない声が希の名を呼んだ。希が振り向いてみると、綺麗な黒髪をポニーテールで纏めた若干2歳くらい希より年上の少女がそこにいた。背も高くて、目も睨んだような感じで、希には少し怖かった。
「きみ、のぞみっていうの?」
「そうだけど…… 」
希の名前を確認すると、その少女は、ふふっ、と笑みを浮かべた。
返事をしたら笑われるとは思わず、希は首を傾げた。
「私、望( のぞむ) っていうんだ。常盤 (ときわ) 望 。のぞみとのぞむで一文字だけ名前が違うなんて、なんか面白いなあって思ってさ、つい声かけちゃった。びっくりした?」
「うん。びっくりした」
希はこくりと小刻みに数回頭を縦に振った。その様子が望には面白く思えたのか、また彼女は笑った。望の笑い方は、希には綺麗に思えた。細長い上下の眉毛が交差する瞬間、そして、絵にかいたような半開きの目はとても美しくて、「きれい…… 」と希はつい思ったことを口に出してしまい、顔を赤くした。
「きみって、おもしろいね」
「あ、ありがとう…… ?」
「ふふ、どういたしまして」
また笑った。彼女は何回、笑ってくれるだろう。ついさっき会ったばかりの望に、希はなんともいえぬ感情を抱き始めていた。
「いきなり声かけてごめん。もう行くね」
この気持ちは何だろう。もっと彼女と一緒にいたい。
一人で過ごすつもりだった数分前の自分なんか忘れて、希はベンチから立ち上がって、何も言わずに、公園を去ろうとする望の裾をつかんだ。望は何かを悟ったかのように、目線を希に合わせて、どうしたの?と優しい声で尋ねた。
「あの、その…… 」
なかなか思うように声が出せない。胸の鼓動が高鳴って、希は緊張してしまっていた。
「えっと…… もっと私と一緒にいてほしい、な」
そう言わなければ、希は彼女とは、もう二度と会えないような気がした。
「…… うん、いいよ」
唐突な希のお願いだったが、望の答えはとてもやさしかった。
そうして、二人は同じベンチに座ったが、希は何を話せばいい良いかわからず、しばらく口を閉じたままだった。
「……希って、苗字はなんていうの?」
気まずいと思ったのか、望は、希の苗字を尋ねる形で話の輪を広げようとしているみたいだ。
「…… 祈里。祈る、の祈に、たけのこの里の里で、祈里」
「かわいい苗字だね。希は、あ…… 」
そう言った直後、望は、口の前に手を添えて、「希って呼んでいいかな?」と聞いた。
「うん。望、さん?」
「望でいいよ。希は、甘いもの好き?」
「好き、だよ」
「そっか、ちょっと待ってて」
望はバッグの中を探って、そこから飴を取り出して、希に渡した。
「わあ、いいの?」
「うん」
希は袋から飴玉を取り出し、珍しい石を眺めるように、別の角度から覗いては目を輝かせてていた。
「早く食べないとべたつくよ?」と望が声をかけるまで、希は夢中になっていた。
そして、飴玉を口に入れて、おいしそうに頬を弛めた。
「そんなにおいしかった?」
うん、と頷きながら、希は口の中で飴玉の形を舌でなぞるように舐めまわした。柑橘の香りが口の中で広がった。その様子を横から見ていた望は人差し指で、希の右頬を指の腹で軽く突いた。自分とは少し異なった体温の感触に希は驚いた。希は舌の動きを止めて、何か言いたそうな目をして望の方に振り向いた。
「ふふ、かわいい」
希をもやもやさせる、希の反応を楽しむ望の笑顔。その表情と一緒に出た感想は、弄ばれているような気がするのに、嫌な感じはしない、不思議な感覚。
希は何も言えず、口の中の飴が唾液で溶け終わるまで望がいない方を見るよう意識した。望は目を細めて希を眺めるだけだった。
「なんか、変な感じ」
飴が溶けた後に出た希の言葉。なぜそう言いたかったのか、希自身にもよくわからなかった。
自分で言ってて恥ずかしくなり、耳が赤くなった。
「変な感じって、どんな感じ?」
「わからないけど、全然落ち着かない感じ」
見ず知らずの自分のために一緒にいてくれる望に、あまり苦労をかけたくなくて、希は、でも大丈夫、と言葉を加えた。望もこれ以上は聞かず、何か思いついたのか、バッグの中から、ゼラニウムの押し花しおりを3枚取り出した。ゼラニウムの花は、希にはあまり馴染みのない花だった。
「きれい…… 」
希にそう言われたのがうれしかったのか、望は良かったと言って、目を細めた。
やっぱり、その笑顔が好きだ。
改めて希はそう思った。
「どれか1枚あげるよ」
「いいの?」
「いいよ。今日1日楽しませてもらったお礼」
ベンチにそっと置かれた3枚のゼラニウムという花の押し花しおり。赤、ピンクと…… 。
「これ、黄色?」
「黄色だね。日陰で白っぽく見えるけど、黄色だよ。ゆずシャーベットみたいな感じの黄色
っていえばピンとくるかな?」
希は、ひと月ほど前に食べたゆずシャーベットのことを思い出し、なんとなく納得できた。
望のゆずシャーベットの例えから、この黄色い花を見ると、なんだかおいしそうに思えた。
「…… これにする」
希は、きいろいゼラニウムを選んだ。すると、望は、また目を細めた。楽しそうな人だな、と希は思った。
「じゃあ、それあげるよ」
「ありがとう。大切にする」
望からもらった押し花しおりを傷つけないように本に挟んで、カバンの中に入れた。
ふと、公園の置時計を見ると、時計の短針が6時を指しているのに気が付いた。外川を見送った時はまだ3時くらいだったような気がしたけど、もうそんなにいたのかと希は思った。
「だいぶ暗くなってきたね。今日はもう帰ろうかな」
「うん」
と言いつつ、希は望とはもっと一緒にいたかった。
「…… また会えるよ。ここに咲いてる花、私好きだし。毎日は無理だけど」
「ほんと?」
「うん。私も希とはもっと話したいしね」
言葉には出さなかったが、希は、彼女とまた会って話せることができるなんてうれしい、と思った。結局この後、偶然帰り道が途中まで一緒だったのもあって、二人は話ながら帰った。
これが、望との初めて出会った日。
それから二人は何度も会って、同じ時間を共に過ごした。
休みの日は一緒に買い物に行ったり、公園で遊んだり、ささいなきっかけで出会った二人の関係は、希が思っている以上に長く続いた。
しかし、希が中学生になった時に、望は東京に引っ越してしまった。それ以来、望の顔を希は直接見ていない。手紙でやり取りはしているが、会えないことには変わりなかった。電話番号もメールアドレスも教えてくれなかった。
だから、会いに行くという望のメッセージが、うれしかった。卒業式の日にまた会えることの喜びに耐えられず、希は、また枕に顔を埋めた。
「はやく会いたいな…… 」
そう呟くと、ベッドから離れ、希は返事の手紙を書き始めた。
3
「望って、好きな人いる?」
望が希と出会ってから1年くらい経った時、望は希に突然そう聞かれたことがあった。
「『希が好き』って答えたらどう思う?」
望はとりあえず、いつもの笑顔で、そう聞き返した。あまり他人に恋愛感情のようなものを抱いたことはなかったし、聞いたらどう反応するか見てみたかったから。
「すごくうれしいよ…… 」
希の答えは素直だった。頬を赤く染めた希の顔はとても可愛いかった。
しかし、どうしてそんなことを聞いてきたか知りたかったから、望は希と同じ質問をした。
「望は、好きな人とかいるの?」
恥ずかしそうに、希はうんと頷く。
「同じクラスの〇〇君」
希の口から出たのは、聞いたことがない男の子の名前だった。あまりにも衝撃的で、望はその子の名前を聞き取ることができなかった。
「すごく優しくて、かっこよくて……」
それから希は彼の好きな所をゆっくりと話し始めたが、望にはよくわからなくて、聞く気になれなかった。
希だって、女の子なのだから男の子に好意を向けても別におかしくない。それに自分は中学生で、希はまだ小学生だから通う学校も違うから。
しかし、望は自分が少し傷ついたような気がした。自分でもどうしてかわからなくて、今にも涙がこぼれそうだった。
「望、大丈夫…… ?」
希の癒されるような大人しい声は、今の望には少しつらかった。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ」
”希は、私よりその子の方が好きなの?”
と、今にも言い出しそうになったが、代わりに笑顔でそう答えた。
望は、その時はじめて自分が希のことを好きなことに気付いた。知らないうちに芽生えていた感情が、望を傷つけた。
希のことをからかったお返しが、こういう形で返ってきたのだとも思った。
しかし、希のその子に対する想いを否定したくはなくて、だから希の前では笑顔で応援してあげようと思った。
「それで、希はどうしたいの?」
「手紙を書こうかなって」
「いいね。私、手紙何度か書いたことあるから、もし良かったら手伝うよ」
嘘。手紙なんて2,3回しか書いたこと無くて、でも少しくらい自分を頼ってほしかったから。
「ありがとう、望」
胸が痛くて、今でも泣き出しそうな自分がばかばかしく思えるくらい、希の笑顔は望には眩しかった。
「望が教えてくれたおかげで〇〇君に手紙出せたんだけど、振られちゃった、ごめん。でも友達なら良いって」
数日後、希の恋路は呆気なく終わった。希はフラれたはずなのに、彼女からは未練のようなものは感じなかった。自分だけ傷ついたような感じがして、望は、悔しかった。
「そっか。良かったね」
「うん」
希の前では弱い自分を崩したくなくて、笑顔でその気持ちを押し殺した。希を意識させるための笑顔が、望自身、まるで仮面のように思えた。
「望、どうして泣いてるの…… ?」
「え?」
希の指摘で、望は今、自分が泣いていることに気づいた。目元を手で拭ってみるが、涙は止まらない。
本当にどうしてしまったのだろう。
これ以上にないくらい、望は涙を流した。
仮面でごまかすには物足りないほどに、望の想いは大きかった。
そこで、望は目を覚ました。携帯のアラームが、いつもよりも鬱陶しく思った。
「また、この夢だ…… 」
東京に引っ越して以来、望は、その出来事が夢の中で再現されることがある。すでに終わったことなのに、希と離れてからは何度か見るようになってしまった。希と再会するまでに1か月を切っていて、気分は絶好調なずなのに。
「手紙、もう読んでくれたかな…… 」
そう言って、望は部屋を後にした。
以前、住んでいた新潟ほどではないが、2月はとても寒い時期で、朝、顔を洗うのも、コンタクトをつけるのに手を洗うのも、望には面倒くさいように感じた。
コンタクトをつけ終えて、鏡で自分の顔を見ると、目が赤く腫れているのがくっきりと見えて、望はため息を吐いた。
その日、望はサークル仲間の支真と駅前で買い物をする約束をしていた。駅前の待ち合わせ場所に先についた彼女はコンビニで買ったドリップコーヒーで手を温めながら、望を待っていた。
「ごめん。遅れた」
「望ぅ、いつもより遅いじゃん。どうした?」
「起きたら、目が腫れちゃっててさ」
「え、大丈夫?なんかつらいことでもあった?良かったら話聞くよ」
「…… 大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない時の笑顔じゃん、それ。私じゃだめ?」
笑顔で誤魔化そうとするが、彼女の前では無駄な足掻きだった。
金髪に染めたショートヘアと端正な顔立ちが特徴の彼女は、相談に乗ろうと望の方に顔を近づける。支真と望は高校からの付き合いで、いちいち大袈裟なのが玉に瑕だが、そういう仕草が望には面白くて、支真には、明るい性格だがどこか他人と距離を取りがちな望が面白くて、二人は友達と言えるほどの仲になった。
「…… なるほど。夢の中でつらいこと思い出して泣いちゃったのか」
早急に午前中に予定していた買い物を済ませて、普段行っている喫茶店で望は支真に、昨日見た夢のことを打ち明けた。
「てかさ、その夢の中の望って、切ないね」
「切ない?」
「うん。希ちゃんを傷つけたくないから、見栄を張っちゃうんでしょ?それって切ないなって」
「そう、かな…… 」
「まあ、そこが望のかわいいとこだけど」
「もう、からかわないでよ」
「ごめんごめん。まあ、しばらく会ってないんだから、不安になるんじゃない? ずっと会ってなかったんでしょ?」
「そう、だね……その夢の続きって、さっきの支真にやろうとしたみたいに、笑顔でごまかそうとしても、できなくて…… もう終わったことだと思ったのに。いや、そう思いたかっただけかも」
何があっても笑顔で誤魔化そうとするというのは、希との出来事が初めてではない。
望が小学6年生の頃、同じクラスで望の友達がいじめられたことがあった。望は止めようと説得しようとしたのだが、ターゲットが望に変わっただけで、いじめ自体は続いた。学校中で避けられたり、教科書を隠されたりしたこともあった。
ある日の夕方、いじめっ子がいなくなったタイミングを見計らって、望の友人は望に会って、相談に乗ろうとしたのだが、下手なことをすればまた彼女がいじめられると思ったし、自分のために傷ついてほしくなかったから、望は笑顔で大丈夫だよと答えた。本当に?と聞かれても大丈夫と答えた。普段は笑顔で明るい望だったから、そこでなんとか誤魔化すことができた。
しかし、あの時は希を笑顔で誤魔化すことは、できなかった。
「すごく不安なんだ。本当の気持ちを伝えられないまま、引っ越して……だから手紙でやり取りはしてもメアドとか電話番号とかは教えないようにしてた。バカだよね、ほんと」
「別にバカじゃないと思うけどな」
支真に話を聞いてもらったおかげか、望は胸中を打ち明けはじめた。支真もそれに応えよ
うと、真剣な表情で聞いていた。
話しているうちに、望は今までの自分の希に対する態度の答えがだんだん理解できた。
見栄を張っていたいのは、希が好きないつも通りの私でいたいから。
不安だったのはたぶん、希への好きな気持ちが薄れそうだったから。
会いたいのは、気持ちを直接伝えたくなったから。
「……なんか、今になって、いろいろわかった気が、する」
頼んだオレンジフラペチーノを飲み干して、望はどこか吹っ切れたような表情をして、そ
う言った。
「なにが?」
「希に対する、私の気持ち。支真のおかげで、わからないところがわかって、すっきりした。ありがと」
いつもの笑顔で、望はそう返した。
「そっか。良かった。私、その笑顔の望がめっちゃ好き」
「うん。私もそう思う」
その時、二人の携帯に通知が届いた。サークルメンバーでのカラオケパーティーの予定のリマインドだった。
「カラオケまであと2時間くらいか。なんか買いたいのある?良ければ付き合うけど」
「ごめん、どうしても一人で見にいきたいとこがあるんだ」
「ケチと言いたいとこだけど、良いよ。私、ここで待ってるから、行ってきなよ」
サムズアップした親指を見せて、支真は望の背中を押した。
「ありがとう。すぐ戻るから!」
望は、喫茶店を飛び出して、フラワーショップを目指して、駆け出した。
そして2月の終わりごろ、望の家に、希からの手紙が届いた。
同じ日に、しばらくこないと言っていたはずの望の手紙が、希の家に届いた。
4
『望へ。しばらく手紙が届かなくなるのは寂しいけど、卒業式の日に会いに来てくれるのがとてもうれしいから、、1年くらいは我慢できそうです。いろいろ伝えたいことはあるけど、それは会って直接望に言いたいから、やめておきます。会う場所は、一緒によく遊んだ公園で会いたいな。いくら遅れても、私は待ってるから。 希より』
新潟へ向かっている途中、望は新幹線の中で、希が書いた手紙を読み終えた。雰囲気を大事にしようと、望は、卒業式の日に読むまで我慢していたのでようやく、といった感じだったのだが、本当に返事レベルの手紙だったので、希らしいと思いつつ、はやく希に会いたいという想いが強くなるだけだった。
多分、私の方が着くの早いし、待つのもたぶん、私の方だよ。
心の中で、望はそう呟くのだった。
一方、希は卒業式を終え、玄関を出てから母親と合流した。
「卒業おめでとう。空ちゃんとかと話にいかなくて大丈夫?」
「うん。空とはさっき、いろいろ話してきたから。ほら、写真も撮ったし」
そう言って、希は外川との写真を母親に見せる。
「それよりお母さん、はやく写真撮りに行こ? 多分行列もっとひどくなる」
「はいはい」
今朝から、希のテンションは興奮気味だった。今日は、望と会うことができるのだから。
はやく会いたい。はやく会いたい。時間が経つにつれて、望に会いたいという想いは、強まっていった。
帰りのバスに乗って公園に向かう間に、希は、封筒を開封して、手紙を読み始めた。
『希へ。少し伝えたりないところがあったので、また書きました。でも希なら多分、直接聞きたいと思うから、そこは会ってから言います。……』
私の手紙読んでから書いたのかなと思いながら、希は目を細める。そしてすぐに希は手紙の続きを読み始めた。
『…… 希に会ったら、渡したい物もあるんだ。渡したら、きっと喜ぶと思う物だと思う。はやく希に会いたいです。 望より』
私も、はやく望に会いたい。会って、話がしたい。
希はバスを後にして、公園に向かって駆け出した。
普段そんなに走っているわけでもないのに、つい興奮して、走ってしまった。そのせいか、公園につく頃には、希は、はあ、はあと1分くらい息を切らしていた。
すると、近くから希の名を呼ぶ声が聞こえてきた。その声は希を呼ぶたびに大きくなっていく。
ようやく息を整え、顔を上げると、そこには一人の女子大学生がいた。髪型は、下ろした長い黒髪と対照的な白い冬用のワンピースに、希は目を見開く。6年くらい会っていなくて、写真だけでしか見たことがなかったけど、すぐにわかった。
「望…… !」
その名を口に出すと、希の目から、ぽろぽろと涙がこぼれだした。涙を手でぬぐい、希は望に抱きつく。望の吐息、望の声、服の匂い、さらさらとした髪の毛…… 何もかもが希には懐かく思えた。
「ずっと…… ずっと会いたかった」
「私も…… 希に会えてうれしい」
希が好きな望の笑顔。会って、話したいことはいっぱいあったはずなのに何から話せば良いかわからなくて、希は口をぱくぱくさせる。
「ごめん。話したいことありすぎて、何から話せばいいかわからなくて…… 望から、おねが
い」
望はわかったと答えて、深呼吸をして、息を整える。
「…… 私、希のことが好き。自分でも変だとは思うけど、離れても毎日思い出すくらい、大好きだって、ずっと伝えたかった」
「私も望のこと、好きだよ。望が東京に引っ越して離れた時にやっと気づいた。だから、また会ったら直接言いたかった、私の気持ち」
二人は抱きしめ合ったまま、自分の想いを告白した。
「希。これあげる」
望はポケットから押し花しおりを取り出して、希に渡した。
「黄色いゼラニウムの押し花しおり。私が前もらったやつ、今でも大切にしてるよ。でも、すごくうれしい」
「うん、ありがとう。それの裏面、見てみて」
望に言われた通りにしおりの裏面を見ると、そこにはいつも手紙で見るような望の綺麗な字で、彼女のメールアドレスと電話番号が書かれていた。
「うれしい…… ありがとう、望」
「うん、どういたしまして」
笑顔で望はそう答えた。相変わらず彼女の笑顔に、希は胸が高鳴ってしまう。
「ねえ、写真撮らない?」
「私も、望と一緒に写真撮ってみたいなって思ってた」
「決まりだね。あ、ここぼさぼさになってるよ?」
「さっき、走ったから。直す余裕もなかったし…… 」
「希の髪の毛、やわらかいね」
「あ、ありがとう…… 」
「希の耳、赤くなってる」
「望が、からかうから…… 」
「ふふふ、ごめんごめん」
希の髪を整えているのに時間がかかり、十分くらい経って、二人はようやく写真を撮り終えた。
「あ、この写真の望かわいい。いつも見せる笑顔とはちょっと違う感じが好き」
「そうかなあ…… 」
「ふふ、望、照れてる」
さっきのお返しだと言わんばかりの顔で希は、望が恥ずかしがっているのを指摘した。
希の見たことない一面が見れて、望には新鮮に思えた。
「私、希にまた会えてよかった」
少し時間を置いて、希の「私も」という返事を聞いて、望はうれしくなった。
終わり