大草原と石壁世界 #2
「こんばんは! 誰かいませんかぁ?」
『ちょ、アーシェ声が大きい!』
「えー、でもこういうのは最初が肝心なんだよぉ? しっかり元気に挨拶しましょう!」
『だからと言ってキミと同じ種族かわかんないでしょうが』
「コミュニケーションが取れたら問題なーし」
『だぁもぅ、キミは本当に――』
「おやおや、こんな夜中に誰だい?」
「あ、はじめまして、こんばんは!」
「はい、こんばんは」
二人が騒いでいると、四角い石の建物から出てきた人がアーシェにペコリと頭を下げます。
アーシェよりは背が高く、カッターシャツにスラックスという姿の男性でした。
「あのぉ、私外から来たんですけど、この街に泊まるところってありますかぁ?」
「泊まるところかー。ホテルはわかるかい? あの大きいビルなんだけど」
「ビル? ホテル?」
「ああ、そこからか。ビルは――『ビルは壁と同じ材質で出来た四角い建物、ホテルはあの看板のとこだね。アーシェは読めないだろうからボクが案内するよ』――驚いた。その帽子は喋るんだね」
話に突然割って入ったレコに怒ることなく、むしろ男の人は目を丸くしてからとても興味深そうにアーシェの周りをぐるぐると回り始めました。
「見たところ外見は毛糸かな。サイズ感や頭の大きさからは毛糸の間にチップでも仕込んでるのかな。いやそれにしてはさっき口が動いていたし。あ、目も瞬きするんだ! どういう原理なんだろう、さっぱりわからないけどどこのメーカーなんだろな……あ、もしかして新商品か何かの宣伝だったりした?」
「え? え? あ、あのぉ」
『何だコイツやっべぇ……』
「おー、今度は人みたいに眉を顰めた! もしかして感情を表現してるのか? いやそれにしたってまるで人間みたいだ……技術の進歩って言ってもここまでではなかったはず。外って多分別区のことだよね、どこの区から来たのかな、って痛い」
『触るな気持ち悪い!? アーシェ、コイツから離れろ!』
「す……凄い!! どうやってその薄さと毛糸みたいな感触を維持しながら腕みたいに自由自在に動かしてるんだい? ああ気になる、気になり過ぎる!!」
キラキラと少年のように目を輝かせて、彼はレコに手を伸ばしましたが、ペシッとロップイヤーに拒否されます。
けれどそれも彼に取っては興味深いらしくて、更に構おうとしますが、流石に呆気にとられていたアーシェも彼から離れました。
「ああ、もうちょっと見てみたい……」
「いやぁ、流石に私も嫌かなぁ。レコも怒ってるみたいだし……宿を教えてくれてありがとう、おじさん」
「お、おじさん……あ、ああ、長く引き止めてしまってごめんね。良かったらまた来てくれると嬉しいな」
『もう来ないよ!!』
ふぐぅ、と不思議なうめき声を上げながらも、彼はしっかりと手を振って見送ることにしました。
それを見てレコもアーシェもホッとしながら、ホテルへと向かったのでした。
「誰もいないねぇ」
『この板に色々書いてあるでしょ。これを押していけば勝手に宿の部屋を取った扱いになるみたいだね』
「お金はどうしよっかぁ」
『無料、って書いてあるからいらないよ』
「生活とかは大丈夫なのかなぁ」
『大丈夫じゃないの。ダメでも知ったこっちゃないよ』
「あははー、レコはきびしーねぇ」
そう一人と一個は言い合いながらもポチポチと板に出てきた文字を押していき、板の下にある金属製のトレイに落ちてきた鍵をもらって部屋へ向かいます。
夜だというのに通路は真昼のように明るく、アーシェはどうなっているんだろうと天井を見上げながら歩いていました。
『全く、そういうことはボクに聞けばすぐ答えてあげるのに』
「言葉が違ったり文字がわからなかったりは困るから聞くけれど、天井の光みたいな物は困らないから考えるんだよぉ」
『そーですかー』
「そーなんです」
指定された部屋は広く、二人でものびのびとできそうな大きさでした。
ベッドは真っ白なシーツに枕とふわふわな分厚い何かが入った布が上に載せられていて、アーシェはボフンとベッドに倒れ込みます。
「ふかふかぁ……なにこれぇ……」
『ちょっとアーシェ、その前に身体を清めないと』
「あ、そっか!」
あちゃー、と笑いながら、彼女はちょっとだけ土が付いてしまったベッドに「綺麗になれ!」と声をかけました。
するとどういうことでしょう、一瞬のうちにベッドは綺麗になり、アーシェとレコ、それに歩いてきた廊下の土や汚れまで消え去ってしまいました。
それを見たアーシェはにっこりと笑顔になると、再びベッドに倒れ込みます。
『アーシェ?』
「もふもふぅ……」
『綺麗にしたから清めない、なんてボクが許さないよ』
「お清めやだぁ……冷たいし、汚れ落ちにくいもん……魔法で充分だよぉ」
『いいから行くの! それとも、ボクが水を降らせようか?』
「ぴゃ!? ヤダヤダ、レコがやると普通より冷たいの!!」
レコがふわふわとロップイヤーを上げると、水の玉がアーシェの頭上に出てきました。
それを見た彼女は悲鳴を上げるなりすぽぽーん、と服を脱いで部屋の中にある扉へと入りました。
その中には陶器らしきもので出来た大きな入れ物と、穴がいくつも空いた蜂の巣のようなものがありました。
「んぅー? レコー、お清め場ってここでいいのぉ?」
『お風呂場、って書いてあったから、多分』
「ねぇねぇ、この蜂の巣みたいなのって何かなぁ?」
『それはシャワーって言うみたい。そこの赤くて丸い取手を回したらお湯が出るみたいだ』
「お湯!? わー!!」
アーシェがクルクルと取手を回すと、適温のお湯が穴から勢いよく飛び出します。
最初は強い雨のような勢いに驚いていましたが、気持ち良いと感じたのか、鼻歌を歌いながらシャワーを浴び始めました。
その間に空中を浮いて付いてきたレコも、ロップイヤーを器用に動かして、入れ物にお湯を入れ始めました。
『これが取手で、これが蛇口でこれは湯船……今後はお清めも、この形式を真似れば良いんじゃないかな』
「いいの!?」
『お風呂やシャワーは健康にも良いみたいだからね。それならボクも止めないさ』
「わーい! お風呂さいこぉ!!」
温かいお湯の気持ち良さに、アーシェはのぼせるくらい湯船に浸かり続けたのでした。
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