放課後の始まり
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
授業担当の先生に礼を終わらせるとすぐにクラスの担任である岩本先生というおじいちゃん先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。だが、今日は特にこれといった連絡は無いようで、一瞬で終わって帰りの挨拶。ここからは放課後である。ある者は部活に行き、ある者は下校し、ある者は残って友達と談笑し、そしてある者は――
「ほら、早く行くぞ!」
「いやだ! 俺は家に帰るんだ!! だからその手を離せー!!!」
「元はと言えばお前が悪いんだろ! 俺も一緒にごめんなさいしてやるから謝りに行くぞ!」
教室の後ろの方で取っ組み合いをしていた。
「そもそもなんで俺が謝りに行かなければならないんだ! 俺悪くねーじゃん! 一ノ瀬さんが俺の顔見て勝手にビビって逃げただけじゃん! あれ結構傷つくんだからな!」
「お前の顔が怖いのがいけねーんだろうが! ってかあれ絶対顔関係ねぇだろ! あとお前無駄に身長デカいんだよ! 少しぐらい分けろよ!」
「身長こそ関係ないだろ! それにお前も十分デカいじゃねーかよ!」
そう。この2人、身長が平均より大きいのである。
4月の身体測定で測った時、冬夜は177cm、涼介は175cmだった。
その上涼介はかなりのルックスなので寧々花がいるにもかかわらず入学当初から女子が寄ってくるよってくる。本人曰く、今はかなり落ち着いてきているらしいが、入学してからの約2ヶ月でざっと10人くらいに告白されたらしい。一方冬夜は最初こそ話しかけて来ようとする者もいたが、持ち前の人見知りにより会話が成り立たず、緊張による癖(眉間に皺が寄る)で相手に圧をかけてしまい、入学2日にして誰も声をかけようとするものはいなくなってしまった。触らぬ神に祟りなしという感じだ。
「って言うかなんて逃げるんだよ、逃げるなよって釘刺しておいたじゃねーか!」
「うぐっ、た、確かにそうだが……そう! これは戦略的撤退だ! 人間、下手に動けばダメな時もある。分かる? オーケー?」
「なーにが「オーケー?」だ! ……くそっ、こうなったら……」
涼介は冬夜にツッコんだ後、ブツブツと何か言っている。
残念だったな! お前がどんなことを言おうがでんな手を使おうがここから逃げてみせる! さあ、かかってくるがよ――
「……ハルさんにチクるぞ」
「な……、」
涼介が口にしたハルという人物。それは冬夜が恐れる人物の一人、星成春乃。冬夜の実の姉である。
星成家は父、母、冬夜、姉の春乃、そして妹の夏華の5名で構成されている。ちなみに家内では、
母>春乃>夏華>父>冬夜 という感じの勢力図となっている。
母は普段温厚で優しいのだが、姉が言うには、『ガチギレだけはさせるな、滅ぶ』とのことらしい。
そしてそんな姉は現役大学生。今でこそだいぶ落ち着いたが、中学に進学してしばらく経った頃からグレだした。理由は知らないが。ただ、昔、姉貴にパシられる際、反抗したらボコボコにされたのでそれ以降反抗しないようにしている。
最後に妹。妹は比較的温厚。しかしなぜか最近はやたらと不機嫌で、この前は冬夜がリビングでソファーに座りながらテレビを見ていると、お風呂上がりの夏華がやってきて足で冬夜を端に追いやり、そのまま見ていた番組を変えるという理不尽をしてきた。冬夜はソファーの隅っこで泣いた。
妹は反抗期なのだろうか。
「な、なななな何をチ、チクるんだよ」
「冬夜が女の子を泣かせたって言うんだよ」
「いやいやいやいや、なぜそうなる。第一俺は泣かせてない」
「あ、もしもし? ハルさん? 実は――」
「はい行こう! 今すぐ行こう! いやー、実はさっきからずっと謝りに行きたくてウズウズしてたんだよ! だからそのスマホしまえ? な?」
そう言いながら俺は春乃に電話しようとしている涼介の背中を押しながら教室を出る。
一ノ瀬さんのいる3組に向かうため廊下に出ると、偶然他の組から出てくる体育の教師である岡崎先生と出くわした。
「おー、黒崎、星成!」
「げ」
「こんにちは先生」
冬夜は先生に聞こえないぐらいの声で嫌そうな声をだし、涼介はいつものイケメンスマイルで挨拶をする。
「どうだ、星成! バスケ部に入る気にはなったか?」
岡崎先生は涼介の所属するバスケ部の顧問であり、入学してからというもの、会う度に勧誘してくるのだ。
「あ、いえ……遠慮しときます……」
「そうか……それは残念だな……まぁ気が変わったらいつでも言ってきてくれよ!」
「そ、そうですね……考えておきます……」
こういった会話をもう何十回もしているような気がする。これがあるから苦手なんだよなぁ、この先生……
「それよりどうしたんですか? 一年の教室まで」
「おお、そうだった。先生今日会議があって練習行けないからいつものメニューをしといてくれと言いに来たんだ。他のメンバーにも伝えておいてくれるか?」
「はい、分かりました。伝えておきます」
どうやら先生は今日の練習のことを伝えに来ていたみたいだ。
しかしなぜわざわざ涼介のところに来たのだろう。上級生の教室の方が職員室から近いだろうに。……まさかついでに勧誘するため? だとしたらどんだけ俺をバスケ部に入れたいんだよ……
「では俺は戻るよ。メニューの件、頼んだぞ」
「はい、……あ、そうだ先生」
「ん、なんだ?」
「今日、練習休みます」
え、珍しいな……涼介が練習休むなんて……昔からほとんど学校も部活も休んだことないのに。どうしたのだろうか。
岡崎先生も同じ疑問を抱いたようで、
「そうなのか? 具合でも悪いのか?」
「いえ、個人的な用事です。」
「そうか、なら仕方がないな」
「すみません急に。メニューのことは伝えとくんで」
「うむ、頼んだぞ」
「ではこれで」
そう言って涼介は一ノ瀬さんのいる教室へと向かう。
冬夜も岡崎先生に一礼し、それに続く。
「今日、何か用事あるのか?」
「うーん、ある、というか、これからできる、かな」
「はあ? どういうことだよ」
わからん。全くわからん。個人的だと言っていたし、おろらく俺には関係ないだろうがなぜだか嫌な予感がする。なんだろうこの感じ。やばい、お腹痛くなってきた気がする。
「まぁ、行けば分かるよ」
そんなことを言われた。思いっきり関係ありそうで草。
いや、草を生やしてる場合じゃねぇ。帰りたいなー。
そんな事を考えていると不意に涼介が聞いてくる。
「冬夜」
「んー?」
「やっぱりバスケはしないのか?」
「……ああ、しない」
「……そっか」
それで話が終わる。なんだか気まずくて横に並ぶ涼介の顔をチラリと見る。涼介は悲しそうにも見える顔をしていた。
それから少し歩くと涼介がどこかの教室の扉の前で立ち止まった。
どうやら3組に着いたようだ。
涼介が扉を開けると一ノ瀬さんと寧々花がそれに気づいてこちらを向き、寧々花は待ってましたと言わんばかりに手を振る。
そして寧々花は開口一番、
「さて、二人とも来たわけだし行きますか!」
そんなことを言い出した。
「は? 何処に?」
冬夜は訳が分からず寧々花に聞く。
「そりゃ決まってるじゃん! 寄り道だよ、よ・り・み・ち」
「いや、意味わからん」
本当に意味がわからん。だって謝りに来ただけだよね? それが終わったら解散だよね? 寄り道するなんて聞いてないんだけど。
だが、ふと先ほどの涼介との会話を思い出す。
『今日何か用事あるのか?』
『うーん、ある、というか、これからできる、かな』
『はあ? どういうことだよ』
『まぁ、行けば分かるよ』
まさかこいつ……
「すまんな冬夜。そういう訳だ」
「大丈夫だよ! 一ノ瀬さんには事前に今日用事あるか聞いたけど無いって言ってたから。ね!」
「え、あの、その……」
何が大丈夫なの? 一ノ瀬さんオロオロしてるんですけど。ほんとに用事無いの? あと、俺は全然大丈夫じゃないんですけど。
「何処行こっか? やっぱり駅前?」
「そうだね。駅前くらいしかいい所は無さそうだし、とりあえず行こうか。それと冬夜に拒否権はないからね」
「なんでだよ」
「そうだよートーヤ。これはあなたのためなのです。一ノ瀬さんもいいよね?」
「え? あ、は、はい……」
「いや、俺はダメなんですけど……」
「よし、それじゃあ行こー!」
「いや、だから……」
「あ、もちろんトーヤの奢りね!」
なんでやねん、話聞けや。
そんな冬夜の抗議など伝わるはずもなく、4人は駅前に向かった。