来襲
「星成冬夜さん、ですよね。やっと見つけました」
目の前の美少女がいきなりそんなことを言ってきた。涼介の話から推測するに、この少女はおそらく一ノ瀬さんだろう。
どうやら俺を探していたらしい。
周りには様子を見に来たのか、かなり多くの人が俺と一ノ瀬さんを見ている。
割合的には男子がダントツで多い。そしてその多くは嫉妬などの目を向けている。そんな目で俺を見ないで欲しい。胃が痛くなるから。
「あの、」
「はひ」
やべ、緊張で声裏返っちゃった……気持ち悪いとか思われてないかな……
だが一ノ瀬さんはそんなことは気にならないのか言葉を続ける。
「星成冬夜さん、ですよね?先日はありがとうございました。これ、お返しします」
そう言って一ノ瀬さんは傘を差し出してくる。
「あ、ども……」
「……」
「……」
え、何この沈黙。超気まずいんですけど。
……あのー……一ノ瀬さん? まだ何かあるのでしょうか……?
「……」
「……」
しかし、待てど暮らせど次の言葉は出てこない。
あれ、これ俺が何か話さないといけないやつ?
一ノ瀬さんも「この空気どうしよう……」みたいに目線があっちこっちに行っている。
おまけに周りも「え、何この空気……」とか「なんか喋れよあの男……」とかヒソヒソしている。
え、これ俺が悪いの?
「ちょとお兄さん、あの人何も喋らないから空気がどんどん悪くなってきちゃってますわよ」
「ちょっと奥さん、あのぼっちで陰キャな彼ががいきなり一ノ瀬さんとマトモに会話できるとお思いで?」
「それもそうですわね。オホホホホ」
と、いつの間にかもう一人の幼なじみである白月寧々花も様子を見に来たのか教室に来て涼介と俺の後ろでヒソヒソと俺のことをイジっている。
……あの二人、後で絶対説教してやる……
俺はそう心に誓った。
だが、そんなことよりもまず、この空気をどうにかしなければならない。
冬夜は必死に思考を巡らせる。
一ノ瀬さんはなぜまだここにいる? 用事を済ませたにもかかわらずまだここに居るってことは用事を全て終わらせた訳では無い……? まだ何か俺に言いたいことがあるのか……? 俺の顔に何か付いている? いや、それはないはずだ。さっき鏡で見た。じゃあ何故? ……とりあえず聞いてみるか? 優しく……そう、優しく……――
「……ま、まだ何か?」
こ、これはアカンやつやん。緊張してめっちゃ声低くなったわ。やっちゃったよ……
冬夜は直ぐにやらかしたことに気づいた。
後ろでは涼介と寧々花も同じことを思ったのか苦笑いをしている。
涼介と寧々花は幼なじみということもあり、冬夜の性格を分かっているので「あーあ、やっちゃった」という感じで済むが、ほぼ初対面である一ノ瀬さんからしたらただの威圧のように捉えられてしまうだろう。
冬夜のその予想は正しかったようで、一ノ瀬さんは怯んでしまう。
「い、いえ、なんでも、ありません……」
そしてそう言い残し、その場を逃げるように去っていってしまった。
残された俺はというと、周りから冷たい視線を浴びせられることになった。
ごめんなさい、一ノ瀬さん……
冬夜は心の中で土下座した。