転生して巻き戻ったら、悪役令嬢に対象を攻略されていたので、新しいヒロインの道を始めたいのです!
《悪役令嬢がヒロインに成り代ってわる!?ゲーム内を知っている転生少女と、時をやり直した転生悪役令嬢令嬢のお話》
乙女ゲーム、『チューング・ハート』のヒロインであるシエナ・カルク伯爵令嬢は、一度転生したそのゲームの世界で命を落とした。目を覚ますと、編入前に巻き戻っていた!?しかも、いざ学校に編入したところ、自分がヒロインなのだが、なぜかフラグも立たないどころか、既に前世で憧れていた悪役令嬢にヒロインの座を奪われていた!
「悪役令嬢は攻略対象に想われているらしい。気が付かない悪役令嬢は色々策を練ってくるけど、私はヒロインやめていいですよね?」
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キリエーラ学園旧校舎4階、音楽室。
室内には合唱用の小さな壇上と、大きな艶のある黒いグランドピアノがあり、歴代の音楽家の肖像画が防音が施されている壁に飾られていた。
「ちょ、ちょっと古くて埃っぽいけど、こんなところに何の用なんでしょう?リディーナさまー?」
私は壁の隅に蜘蛛が巣を作って這っているような音楽室に怖々と足を踏み入れる。自分を呼び出した相手が室内に居ないことに気がつき、キョロキョロと見渡して名前を呼んだ。
どこかに隠れているのだろうか。
そう思って、ピアノの下、カーテンの中、準備室の個室の扉を開けて隅々まで確認してみたが何処にも見当たらない。
「リディーナ様……、もしかして、迷われているのでしょうか?」
待っていても仕方がないが、自分よりも身分が高い人物からのお誘いを断る勇気を、私は持ち合わせていない。
大人しく待つしかなさそうだと、ため息を吐いた。
ガララッ!
勢いよく音楽室の扉が閉まった。廊下で笑い合う女子生徒の声と走り去っていく音まで聞こえた。
「え……!?な、なんですか!?」
ガタガタガタ!!
慌てて扉に駆け寄り、確認する。スライド式の扉は、うんともすんとも動かない。
「嘘……!?と、閉じ込められた……?」
窓の外を振り返ると夕陽が沈み始めている頃。この時間に新校舎から離れた旧校舎の、しかも4階の音楽室を見回りに来る人なんていないのは予想できる。
「う、嘘ですよね……?こんな部屋に朝まで1人きりなんて……ひぃっ!」
隙間風にカーテン同士が擦れる。虫かと思って私の肩が跳ね上がった。
「窓……。痛っ……」
夕陽が見える錆びれた窓をもう一度目にした途端、ズキリと頭が痛み、私はフラリと床にへたり込んだ。
あれ?私……。知っています。
この状況を、知ってる!?
「ヒロインが、窓を、開いて……。それで、窓のヘリに立って、それで、それで……」
言葉と同じ動作を繰り返すようにフラフラと窓辺に歩き寄った私は、窓を開けて外に体を乗り出した。旧校舎に向けて走ってくる人影に、また頭が痛んだ。それが、誰か見えないのに、わかってしまう。
「アルバート、殿下……」
「シエナ!!よかった!今すぐそちらに……」
音楽室の真下で、顔を上げた王家の血筋を表す夕闇の中でも映える金髪碧眼の青年の姿を認め、余計に頭痛が酷くなり、目の前の視界が酷く霞む。
ヒロインが、閉じ込められて、それで、この窓から飛び降りて、それで……殿下に抱き止められて……。
「シエナ!!窓は危ないから、俺が行くまで待ってるんだ」
殿下が私に向けて何かを、叫んでいる。ああ、私は知っている。でも何か、忘れ。
「——あ。きゃあああ!!」
窓から乗り出していた体が、視界がふらついて手が滑る。アルバート王子は、きっと間に合わないだろう。私は窓からずり落ちるところで意識が落ちた。
——ゲーム通りには行かないなぁ。ゲーム?あれ?ヒロインって、何でしたっけ?
「きゃああああああああああああっ!!」
叫んで飛び起きた私。すぐにそこが見覚えのある自室のベッドの上だと気がつく。
「え……?なんで……??」
不思議と、校舎から落ちた体には傷一つ、ついていなかった。
「姉さん!!どうしたの!?」
「お嬢様!どうなさいましたか!?」
「……!!エリ、ル……。ミーナ……」
涙が溜まって視界が揺れて歪んでいく。急いで駆けつけて来てくれたのか、腹違いの弟と長年仕えてくれているメイドが血相を変えて部屋に飛び込んでくる。
「——わ、私、どうなってるの?」
自分が自分だと理解が追いつかずに、私はその朝、枕から羽毛が飛び出るほどに暴れ、混乱してしまった。
「姉さん!しっかりして!!シエナ姉さん!!」
「ぁ……あああああああ!」
弟の声にハッと我に返れば、大きく開いた喉から発狂した自分の声が飛び出ていることを知った。
「は、はぁ……っ、はっ……。エリ、ル……?」
頬をボロボロと大粒の涙が伝っていた。銀髪青眼の整った弟の頬には、筋が走り、赤く血が滲んでいる。
「うん、そうだよシエナ姉さん。僕だよ。姉さんの弟のエリル・カルクだ。大丈夫、怖くないよ。ほら、ゆっくりと深呼吸をして……?」
言われた通りに息を吸って、気持ちを落ち着けていく。冷静になってみると、爪の間に血が付いていることに気が付いた。弟の頬を傷つけてしまったのは、私なのだと知った。
「ご、ごめんなさいエリル!私……!あなたの頬を!」
「ううん、大丈夫だよ姉さん。なにか、怖い夢でも見たんだね?やっぱり、学園に編入するのは身体に負荷がかかっているんだよ。今からでも、父様に僕が進言してあげるから……」
え?
なんて??
「がく、えん?編入……?ま、待って、私!!昨日、確か音楽室で……」
「何を言ってるの姉さん?姉さんは今日からキリエーラ学園に編入することになったんじゃないか」
え?今日??
私が身体が弱いことを理由に入学を引き伸ばしていた学園に編入したのはもうとっくの昔のことだ。昨日は編入してから2年は経っていたはず。
それに……。そうだ。
「ヒロイン……」
「姉さん?やっぱり具合が悪いんじゃあ……ミーナが医師を呼んできてくれているから、今日はゆっくり休ん……」
「そうだよ!ヒロインですよ!ヒロインなんだ!」
ベッドの上に意気揚々と立ち上がって拳を握った。
自分が前世で遊んでいたゲームの主人公だったなんて!
——と、意気込んで編入したものの。
「シエナ嬢?」
キョトンとした声音に、本とノートに目を落としていた私は顔を上げた。
「あら、アルバート様。奇遇ですね!個室でお勉強なさるのですか?」
自分の銀色の髪を耳に掛け直し、金髪碧眼の青年に世辞で微笑む。
「シエナ嬢、すまない。いや、実はこの個室の番号で会おうと、リディーナに呼ばれたんだが……。見なかったか?」
学園の図書館には、個人が集中して勉学に励める個室が閲覧室の他に設備されている。私はその個室で一人、勉強をしていたのに、何故か呼んでもいない国の第一王子殿下が顔を出してきた。
そういえば、試験前にヒロインと攻略対象が一緒に勉強するイベントがあったような。
羽ペンを口元に付けて、過去にプレイしていたゲームの映像を脳裏に思い起こしながら私は微笑んだまま口を開いた。
「そうでしたか。申し訳ありません。この個室は私がずっと使っていましたから、きっと他の個室に移ってしまったのかもしれませんよ?」
またか。
きっと、私と殿下の様子を把握するために、図書館の何処かにはいるのだろう。あの、黒髪翠眼の悪役令嬢は。
「ああ、そうだな……。もし、リディーナがこちらに来たら、少しこちらで一緒に待たせておいてくれないか?」
彼女の名前を口にするだけで、殿下の顔は優しく和らぐ。
「えぇ、もちろんです。アルバート様。きっとリディーナ様も殿下に会えなくて寂しがっていますよ」
「こほんっ。そ、それなら早く……見つけてやらないとな」
「はい!」
自国の殿下を笑顔で送り出した私は、ため息を吐く。殿下の顔は、恋する男子を物語っているにも関わらず、当の本人は全く気が付いていないのだから、不憫すぎる。
「まぁ!シエナ様じゃないかしら?こんなところで一人寂しく勉強かしら!?私は殿下と勉強の約束を……え、」
「——あら、リディーナ様。どうしましたか?アルバート様がお探しでしたよ」
タイミングよく、黒い髪をローズピンクのリボンで結った翠眼の少女が背後に現れた。態とらしく個室を覗いては固まった。はい、此処に殿下はいらっしゃいません。
「え、え、えぇ?どうして此処に殿下がいらっしゃらないの!?あなた!殿下と勉強する予定じゃなかったの?!」
そんなことを言われても……。
私は口角が痙攣してしまう。
「あのぉ……。殿下と勉強をする予定だったのは、リディーナ様の方では……?」
「でも!あなたが此処で先に勉強をしていたじゃない!」
今回は、どうやら殿下と私はイベントの通りに勉強させたかったらしい。ううーん!!違うんです!!ほんとに違うんですよう!
「リディーナ!よかった。探したよ」
殿下が図書館内を一周してきて個室へと戻ってきた。私は制服の裾を上げて頭を下げる。ホッとしたような声で、悪役令嬢リディーナ様は、殿下に駆け寄った。
「で、殿下……!休憩していたのですね。まさかシエナ様との先約があったなんて……!どうして教えてくれなかったんですか!?」
「え??いや、彼女とは何も約束はしていないが……」
ほらあ!殿下も困惑しているじゃないですか!
「……何か、誤解があるようだ。テスト週間前で早く帰れる時期でよかった。少しゆっくり、二人で話そうか」
「え?え?え??あの、で、殿下?シエナ様との勉強は……」
肩を持たれたリディーナ様も何故か混乱しているようで、こちらに後ろ髪引かれている。その仕草は幼く見えてなんとも可愛らしいが、殿下からは、無言の圧が送られて来て、本当に勘弁してほしい。
王子殿下は、リディーナ様にぞっこんのようです。
「いいえ、お二人の邪魔はできません。また今度、皆様と一緒に勉学に励む時間があること。心よりお待ちしておりますね」
「ありがとう、シエナ嬢。さあ、帰ろうかリディーナ」
「え、えぇ?は、はい……」
首を傾げ殿下に連れられていく悪役令嬢を笑顔で見送った後、私は個室の座席にぐったりと着席した。
ゲームの中ではヒロインを虐げる悪役令嬢であるはずの、リディーナ・グランデルト公爵令嬢は、今日も空回りをしている。
「ああーやっちゃった……。ゲームのイベントは回収しないように気をつけてたのに……」
ゲームの中では、そして前回の時間軸ではヒロインと私の攻略対象でもあり恋人だった国の王子は、既に悪役令嬢にベタぼれなのだ。
「早く気がついてください……。リディーナ様……」
愛情をたっぷり注がれているはずのリディーナ様は、ゲームのイベント通りに殿下と私を結ばせようと度々策を労してくるが、毎度毎度、自分は何を見せつけられているのかと思うし、無自覚にも今日、この個室を使っていた自分に対してゲームの強制力か何かを疑ってしまう。
「はぁ……。ヒロインじゃなきゃ、ダメなのかなぁ?」
ヒロイン、やめてもいいですよね?だって、攻略対象はいないのだから。
△▼
自分が、『チューング・ハート』という乙女ゲームのヒロインだったと知った私は、二度目になるシエナ・カルク伯爵令嬢の人生を謳歌しようと決めた。
巻き戻り前は、とても怖かった悪役令嬢のリディーナ・グランデルト公爵令嬢。
でも、ゲームのことを思い出した私には、彼女の口調がどれだけ可愛いものか知っている。
寧ろ、以前の時間軸であんなに怖がっていたことを謝りたいくらいだ。日本で育った私は、彼女が素直になれずに色々拗らせた結果、周りの取り巻きが“私”を害するようになったことを知っている。
だからといって、以前この身に受けた意地悪を仕方がないと片づけられたりはしないが、日本にいた頃はリディーナ様がどの攻略対象よりも好きだったとは言っておこう。
だから、どうってことはない。ゲームに出てくる攻略対象が全員リディーナ様を慕っていたとしても!
巻き戻り前には、確かにシエナと愛を誓い合ったアルバート様が、今は、リディーナ様に恋慕の情を向けていたとしても……。少し、胸は痛むけれど、ゲームキャラとして大好きだった彼女には幸せになってもらいたい。だから、どうってことはないのだ。
「ただ……。この状況が起こっているのは不思議なんだよねぇ……。もしかして、リディーナ様もゲームユーザー?ううん、でも、ユーザーなら私と対象をあんなにくっ付けようなんてしないだろうし……」
それに、今回のようにゲームにあったイベントだけではなく、——どちらかといえば、イベントにはない、前の時間軸で起こった出来事を模しているような気がする。
「——なぁに、悩んでるの?シエナ嬢」
「わっ、き、キール様……い、いつからそこに?」
「うん?今さっきだけど……。ああ、勉強ね。どこか分からないところがあるわけ?」
ナチュラルに、隣に座り込んでくる青年は、キール・ルフ。漆黒の髪に紫紺の瞳は甘いルックスを際立たせている。王家に仕えている人らしいが、ゲームにも前回の人生にも、こんなキャラは出てきたことがない。ただ、どこかの貴族の私生児らしいという噂を聞いたことがあるだけ。不思議な人物だった。
「あ、あの。もしかして、アルバート様をお探しですか?そ、それなら先程リディーナ様とおかえりに……」
「え?ああ!違う違う。オレは単純に試験勉強しに来ただけ。そしたら、シエナ嬢がいたからフラーっと来ちゃった☆」
「もう、冗談めかして言えば誤魔化されると思ってるんですか?ダメですよ、お仕事サボっちゃ」
「あははっ、プンプンしてる。バレたかー」
「バレバレです!サボる口実に私を使わないでください」
あははっと愉快そうに笑うキール様に、私は不機嫌そうに目を細める。それから、用事はそれだけですかと、ガリガリと羽ペンを忙しく動かした。
「ごめん、ごめん。怒らないで。じゃあ、口実じゃなくて、ちゃんとした理由になればいいってことだよね」
「え?」
お互いの肩がくっつく。キール様が教科書を指差して、参考書をペラペラめくっていく。
「ほら、勉強教えてあげてるよ。あ、ここは……王国の歴史だけから考えるんじゃなくて……、この時期はこの国との競争が激しかった時期だから……」
「な、なるほど……。たしかに関連国との競争の中で国の発展が進んでいくなら、一緒に考えた方がわかりやすいです!」
「でしょ?で、どうする??オレの口実になってくれるなら、テストの攻略法を教えてあげるけど」
ニマニマと、こちらを見つめてくるキール様。
「くっ、ズルイです……。むむ、私の足元を見ましたね?」
「なーんのことかなー」
はい、あんまり良くない私の成績を知ってますねこの人!愉しそうに笑ってるし!
キール様は、人を揶揄うのが好きな人だ。のらりくらりとして、ちょくちょく私の元へサボりにやってきている。サボっちゃダメだと私も言うものの、アルバート様を見てどこか痛むこの胸が、キール様と接していると少し楽になってしまう。
ふと、先程の圧があったアルバート様の視線が頭をよぎった。前の時間では絶対に向けられなかった怖い瞳。
もう少し、お話してもいいかな……。
「こ、今回だけですよ」
「ははっ、どうもありがとうシエナ嬢。内緒だからね」
人差し指を口元に立てて、キール様が悪戯な笑顔を浮かべて口止めをしてくる。
「わ、分かってます!ほら、さっさと教えてくれませんか?」
どきりと跳ねる心を誤魔化すように、私は教科書をバンバンと叩いた。
「ははっ!うん、いいよ。ここはね……」
意外にも、キール様は真面目にわかりやすく教えてくれる。私の理解も深まり、今度のテストはかなり点数が伸びそうだ。
「……かわい……」
ふいに。
何か幻聴が聞こえた気がして、私は羽ペンを動かす手を止めた。いや、いやいや。まさかそんな。ゲームみたいなことが起こるわけがない。待って、今ここはゲームの世界で、私は乙女ゲームのヒロインでした!
「……今、何か言いました?」
「うん?どうかした?」
「な、なんでもありません!!」
や、やっぱり幻聴だったあ。はずかしくなって、必死に問題を解いていく。
「嘘。好きだよって言ったんだけど?」
「う、うそっ!嘘です!そんなこと言ってなかった!」
ノートに文字からズレた直線が引かれる。
「へえ〜。じゃあ、なんて言われたと思ってるの?」
こ、これ、どっちが恥ずかしい!?可愛い?好き!?どっちも恥ずかしいんですが!
「——か、かわ、かわいいって……」
「ぷははっ。うん、シエナ嬢は可愛いよ」
「か、揶揄わないでください!!ほら、さっさと勉強の続きを教えてください!」
「はいはい。……いつか、さ……」
参考書を片手に、紙に問題を作って書いてくれているキール様が、ポツリと呟いた。
「何ですか?」
恥ずかしくて自分だけの世界に入り込んでしまっていた私は、キール様に問い直した。真剣そうな顔をしていたキール様を首を傾げながら見やる。
「んー……やっぱり内緒っ」
「った。え、えぇ??」
私はキール様からデコピンを受け、額を手で押さえた。さっぱりわからない。
「あれ?キール様……。耳が赤くなってますよ?」
「ちょ……っ、そーいうのは気が付かなくていいから……」
さっきまで私を揶揄っていたキール様と立場が急に逆転する。それがなんだか可愛くて可笑しかった。
ゲームのヒロインに転生していた私は、一度時間を巻き戻ったら、ゲームの悪役令嬢に攻略対象全員、攻略されていました。なので、ゲームのヒロインを辞めて、今度の時間は、この人のヒロインになれるといいな、なんて考えています!
ちょっと乙女ゲームっぽいのを書いてみたくて。(※一話のタイトルが作品タイトルになってしまっていましたので、作品タイトル付け直しました)
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