9 開戦
「――この学園に爆弾を仕掛けた。この学園ごとあなたの可愛い雌犬ちゃん達がミンチになる姿を見たくないんだったら、私にご同行願えるかしら?」
昼下がりの食堂、私は自動拳銃の銃口をマーティのこめかみに当てた。
マーティの周りの雌犬達は、私が何を言っているのか理解できないようだった。マーティは私の言っていることを理解しているようだったけど、眉一つぴくりとも動かさなかった。おそらく【予知】のスキルで予見していたのだろう。
「それはお互い困るんじゃないか? お前の大好きなセージョだって、木っ端微塵になるんだぞ」
マーティは微笑みながら言った。
「そうよ。だから、大人しく同行してって言っている。……私は本気よ。セージョの純真で無垢な魂が、あなたみたいなチートゲス野郎にこれ以上蹂躙されるくらいなら、私は彼女を殺して自分も死ぬわ」
「確かに。ここでお前とやり合うと死傷者がたくさん出そうだ。お互いのために、場所を移そうか」
マーティは笑った。私も笑った。
その瞬間、目の前の風景が突然、どこかの荒れ地へと切り替わった。
まわりを見渡してみても、学園校舎はおろか、建物や人の住んでいそうな形跡すら何もなかった。
「……ワープのスキル?」
私は呟いた。マーティが頷く。
「正確に言えば【転移】のスキル。一度行った場所なら、どこでも一瞬で飛べる」
「ママのお使いをする時には便利な異能ね」
マーティは笑った。
「お前もチートを手に入れたんだな。その拳銃」
「ええ。けど、あなたのチートに比べれば、別の世界から物を持ってこれるだけのささやかな力よ」
私は言った。
「自分の能力をバラすなんて、ずいぶん余裕だな?」
マーティは言った。私は微笑んだ。
「そうね。余裕よ。だって、この時点で私の勝ちは確定したもの」
「へぇ? もしよければ、どうやって勝つか教えてくれないかな?」
マーティは余裕を見せながら言った。
「いいわ。今、教えてあげる」
私は笑った。
「……答えは、飽和攻撃よ」
私は周囲に無数の爆弾を召喚した。
マーティは自分の身を守るため【防壁】のスキルを発動させる。
その瞬間、私はバイクを召喚してその場から逃走を図る。
「甘いな! この程度じゃ俺は殺れない!」
マーティは私を威嚇するように叫んだ。
かまわず私は逃走する。
(爆弾はただの足止め。本命は、)
私はヘリをパイロットごと召喚してバイクから乗り換え、後部座席に用意してあったスイッチを押した。
(SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)よ)
――近くの海上に待機させていた潜水艦群から撃ち出される数十発の核弾頭。それらが成層圏を突き抜け、弾道飛行をしてマーティのいる場所へと飛来していく。
「急いで離れて! 爆風で吹き飛ばされるわよ!」
「アイマム!」
ヘリが急上昇し、弾着地点であるマーティから離れていく。
上空から飛んでくる核弾頭が見えた。
その時、マーティが手のひらから青い極太ビームを空中へとぶっ放した。
ビーム光線によって、次々に撃ち落とされる核弾頭。
核弾頭を全て撃ち落としたマーティは空中へ飛び、逃げる私のヘリの方へと凄まじい速さで接近してくる。
「これで終わりか?」
マーティはヘリの中にいる私に微笑んだ後、ヘリのプロペラを蹴って破壊した。
「……化け物」
私はこめかみに冷や汗をかきながら笑った。
チート転生者の異能はあくまでも強さの理由付けに過ぎない。
チート転生者が本当に厄介なのは、彼が負けそうになった時、あらゆる不都合を無視し、世界の理を改変してでも神々が彼を勝たせようとすること。――つまり、究極の後出しじゃんけんなのである。
私は戦闘機を召喚してマーティにミサイルを発射した。
次いで、巨大人型ロボットを空中に召喚し、そのコクピットへと乗り込んで逃走する。
(対空ミサイルなんて時間稼ぎにもならない。とにかく量で押さなければ)
私は自動運転の人型ロボットを多数召喚し、マーティの相手をさせた。
マーティはロボット達との戦闘を楽しむかのように、空中を軽々と舞いながら、ロボットを次々に撃墜していく。
私はその隙にロボットを地上へと着地させ、コクピットから脱出した。
マーティは空中からビームを放って、私が乗っていたロボットを爆破した。
爆風で吹き飛ばされる私。
地上に対空ミサイルタレットを召喚し続け、時間稼ぎをする。
私は走って逃げながら、無線機を手元に召喚した。
「アンソニー! 合流はまだか!?」
私は無線機に叫んだ。
『ソーリーマム! あと十秒で空挺部隊がエンゲージします!』
執事のアンソニーが応答した。
私は走りながら空を見た。
東の空に、空を埋め尽くすほどの輸送機が飛んでくるのが見えた。
「……間に合ったか」
私は安堵して笑った。
瞬間、私の持つ無線機が突然、ザザッとノイズ音を発する。
『おい。劣勢だからって、ちょっと味方を呼び過ぎなんじゃないか?』
それはマーティの声だった。
私は対空タレットを召喚しながら走り続ける。
「乙女の秘密の無線をジャックするなんて、ちょっとマナー違反なんじゃない?」
『一対一の戦いに、他人を巻き込むのはマナー違反じゃないのか?』
「あなたみたいなチート野郎一人に世界を好き勝手されている以上、この世界にいる人間は全員あなたの敵なのよ」
私は言った。マーティは鼻で笑った。
『俺の力は見ただろう。お前に勝ち目はない。これ以上犠牲者は出したくないんだ。大人しく投降してくれ』
マーティは言った。私は笑った。
「冗談。本番はこれからよ。手段を選ばない弱者の戦い方っていうものをあなたに披露してあげるわ」
私は無線機を捨てた。
再び空を見上げると、輸送機からの空挺降下が始まっていた。
青いビームの光が空中で何度も照射される。
そこへ、アンソニーがジープに乗って迎えにやって来た。
「お嬢様、こちらへ」
アンソニーは助手席の扉を開けた。私はジープに向かって歩き始めた。
「ああ」
私が助手席に乗った後、すぐにアンソニーはジープをUターンさせて、元来た道を引き返した。
「まさに化け物ですな。……この戦い、勝てますか?」
アンソニーが空中を飛び交うビームの光を眺めながら呟いた。
「……勝つんだ。この世界の尊厳のために。何より、私のセージョのために」
私は言った。
次々と空中で殺されていく兵士達の血が地面に降り注ぎ、辺りはまさに血の雨が降ったように赤く染まっていた。