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8 チートスレイヤー(2)

 目を覚ますと、周りに九枚の四角い大きな板があった。

 板にはそれぞれ1から9までの数字が書かれていて、私を取り囲むようにして、八方に配置されていた。


『悪役令嬢、ザナイド・マリネル・アランブール。我らはお前の行動をずっと見ていた』


 板が喋った。動く口はなかったので、ただ音が鳴っただけだったが、私は板自体が意志を持っているのだとはっきりわかった。


「……ここはどこ? あなた達は?」


 私は言った。


『ここは、お前の意識と無意識の間。そして我らはバムスタ機関。世界の調停者にして、世界設定の監視人』


「世界……設定……?」


『そうだ。この多重世界は、全ての世界に設定が存在し、その理によって動いている。ちょうどお前の世界が、セージョ・ジョウソンというヒロインを中心に動いているように』


『我らはその理の変化を観察し、守る存在』


 壁達が続けて言った。


「……つまり、設定の番人ってことね。私に何が望み?」


 私はぐるりと壁達を見回しながら言った。


『望みは唯一つ。マーティ・ストゥと名乗っている、チート転生者を刈り取れ』


「マーティ・ストゥ? ……チート転生者って何のこと?」


 私は尋ねた。


『それは、我らの敵、世界の理を外れた者、ある神々の代理人』


『理から完全に外れた異能を持ち、世界を思うがままに変革する者。チート転生者を殺さねば、やがて世界は自己矛盾へと陥っていき、設定崩壊して終焉への道を辿ることになる』


『チート転生者を刈り取る存在。……それすなわち、チートスレイヤー』


 壁達は言った。


「チートスレイヤーだかなんだか知らないけど、誰に頼まれなくたって、ヒーローを殺すのは私の使命なのよ! マーティも殺す、そのチート転生者とやらも私のセージョに手を出すなら全員ぶっ殺す! あのクソマーティを殺す方法があるなら、もったいぶってないでさっさと教えなさい!」


 私は壁達をにらみつけて言った。


『いいだろう。ザナイド・マリネル・アランブール。我らはお前をチート転生者を刈り取る者として認めよう』


『我らはお前に二つの力を与える』


『一つは、我らの監視する他の世界から物質を召喚する力』


『一つは、多重世界の情報をまとめたデータベース端末、ヌーア・ロウ』


『――この二つを用いて、チート転生者を刈り取るがいい。ただし、チート転生者は神々の代理人である。チート転生者を殺すということは、神々の意向に背くということである』


『ある他の世界のチートスレイヤーは、そんな神々の怒りに触れ、世界ごと粛清されるという結末を辿った』


『チート転生者を殺すということは、そうした神々の業火に焼かれる恐れのある行為であるということをゆめゆめ忘れないことだ』


 壁達は言った。

 そして、次の瞬間、壁達は一瞬にして消え去った。

 その代わりに私の手元に現れたのは、一枚の白い板だった。


「……これが……、ヌーア・ロウ?」


 私は板の表面に手を触れた。

 すると、表面が突然発光し、たくさんの文字が浮き出てきた。それは物語の目次のようにも見えた。

 試しに目次の項目を一つ触れてみると、表面にある文字が一瞬で変化し、物語の冒頭部分が表示された。


「……なるほど。他の世界で起こった物語を集めた文献集ってわけね。面白い」


 私は呟いた。


 そして、そこにマーティを殺す方法の手がかりがあると考え、ヌーア・ロウの中にある物語をひたすらに読み漁り始めた。


 そこには、チート転生者に蹂躙された他の世界の物語もあった。私のような悪役令嬢と呼ばれる存在に、別の世界から転生をした者の物語も数多く収録されていた。

 チート転生者の傾向はいくつかあるようだったが、『スキル』や『魔法』といった神々から与えられた力によって活躍するマーティのようなタイプや、何の能力も持たない代わり周囲のキャラクターや世界の理がそのチート転生者が活躍するのに有利に改変されるようなタイプなど様々であった。


 だが、そのほとんどどれもが、チート転生者が改変した世界の中で活躍し、世界の住人達から手放しで賞賛されるような内容ばかりだった。


(こんなことをチート転生者にさせて、『ある神々』とやらは、いったい何がしたいのかしら?)

 私は思った。


 ……いやしかし、今はそんなことはどうでもいい。今の問題はいかにしてチート転生者を殺すかということだ。

 ヌーア・ロウの中にあるチート転生ものを読めば読むほど、私はチート転生者に勝つことなど不可能なのではないかと感じ始めていた。

 チート転生者を勝たせるためなら、不都合を無視し、世界の理をも改変するような理屈の通じない圧倒的な力に対して、フィクションの中の住人に過ぎない私がどうやって対抗すれば良いというのだろうか。


 私は正直、諦めかけた。


 そんな時、私の脳裏に浮かんだのは、泥だらけの手で百合を丁寧に手入れする、私が誰よりも愛しているセージョの姿だった。

 私が諦めれば、彼女はチート転生者の雌犬の一人になってしまう。

 彼女の心が無遠慮に蹂躙される。


 それだけは、たとえ相手が神であろうとも、許すわけにはいかなかった。

 私はひたすらヌーア・ロウの物語を読んで、読んで、読んで、読んで、読んで、読み尽くした。


 

 そして、ようやく私の頭の中に、チート転生者、マーティに対する勝ち筋が浮かんだところで、途端、私は夢から目覚めた。


 白いベッドの上に寝転がる私。

 黒いカーテンは一切の日差しを遮っていた。

 床に描かれた黒魔術の魔法陣はそのままになっていた。


(……夢? 今のは全部夢だったというの……?)


 そう思った時、私は壁達が言っていた言葉を思い出した。


 私に与えられた、もう一つの力。


 半信半疑のまま、私は目の前に向かって、腕を伸ばして手を広げた。

 その時、手元の空間が歪んだ。

 気づけば、私の手には、この世界よりもずっと文明の進んだ世界の兵器である、アサルトライフルが握られていた。


 私は微笑んだ。

 高笑いした。

 黒いカーテンを勢いよく開けると、外はもう朝になっていた。


「殺せる! これなら殺せる! マーティは殺す! チート転生者は全員ぶっ殺してやる! 全ては私の愛するセージョの尊厳のために! アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 私は空に向かってアサルトライフルをぶっ放し続けた。

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