6 ヒーロー抹殺計画(2)
それから私は幾度となく、マーティの殺害を試みた。
まず不意打ちが有効であるかを確かめるため、事故に見せかけて天井を爆破して崩落させ、マーティを生き埋めにしてみるという実験をした。しかし、マーティは瓦礫の山の中から、何事もなかったかのように姿を現した。
次に試したのは、崖から突き落とすという方法だ。だがこれも失敗した。マーティは突き落とされて落下した直後、空中を跳ねるようにして崖の上へと戻ってきた。
耐久性を試験するため、不意に暴走列車に轢かせてみたこともあった。けれど、マーティを列車が轢いた瞬間、マーティではなく列車の方が大破した。
……私は百以上の殺害方法を考え、百回以上マーティの殺害を実行した。
それでも、マーティは死ななかった。
マーティを殺そうとし続けてから一ヶ月後、度重なるマーティの殺害計画の実行により、執事のアンソニーを始めとする多くの下僕達の面が割れ、私の手駒はほとんどなくなりつつあった。
――かくなる上は、私自らヤツの寝込みを襲うしかないわね。
そう決意をした私は、暗殺者らしい黒尽くめの装いに着替え、グルカナイフとロープを片手に、学生寮の屋上で夜を待った。
そして、消灯時間をいくらか過ぎた後、階下の窓の明かりが全て消えたのを確認し、ロープを使って壁伝いにマーティの部屋へと侵入する。
窓から部屋の中を覗き込むと、マーティは珍しく一人で寝ていた。
ヤツの雌犬が一緒にいれば、死体処理の手間が増えて面倒だと思っていただけに、それは嬉しい誤算だった。
マーティが寝静まっているのを確認し、私は部屋の中へと入った。
眠っているマーティに近づき、グルカナイフを鞘から引き抜く。
(くたばりなさい。化け物め)
私はグルカナイフを一気にマーティの喉元へと突き立てた。
瞬間、
私の視界はなぜか天井へと切り替わり、体が地面へと叩きつけられた。
起き上がる間もなく、マーティが私に飛びかかり、グルカナイフを持つ私の右腕を掴んで押さえ込みながらマウントポジションを取った。
「悪いな。お前の襲撃があることは知っていた」
私の持つナイフの剣先を私の喉元へと近づけながら、マーティは嘲笑った。
私はマーティの拘束から抜け出ようとしたが、がっちりとホールドされていて全く体が動かなかった。
「……どうやって? 私はこの計画を誰にも話さなかった。あなたが私の下僕達の心を読む魔法を使えると思ったからよ」
「魔法……? いい線ついてるけど、違うな。俺のこれはスキルだ」
「スキル……?」
耳慣れない言葉だった。
私が眉をしかめてみせると、マーティは得意げに微笑んだ。
「そして、俺が読んだのは心じゃなくて未来だ。これは、ほんの少し先の未来を見通せる【予知】のスキルだ。俺は自分の未来を読んだんだ。だから俺に奇襲は通じない」
マーティの右目が黄金色に光った。
「……つくづく化け物ね」
「否定はしない。――これでわかったろ? お前に俺は絶対に殺せない。もう俺を殺すのは諦めろ」
マーティは淡々と言った。
その時、発光していた右目の光が、ふっと消えた。
どうやらスキルとやらが使える時間には限りがあるらしい。
私は逃げ出すチャンスはまだあると確信し、頭の中で策を考え始めた。
そんな私にかまわず、マーティは私の目をじっと見つめながら言った。
「ザナ、俺はお前が欲しい。お前は美人だし有能だ。俺と取引しないか?」
「取引?」
策を考える時間を稼ぐため、私は聞き返した。
「そうだ。お前はセージョが好きなんだろ。俺はまだ成長途上なセージョよりも、スタイルの良いお前の方がいい。お前が俺のものになってくれるのなら、俺はセージョには絶対手を出さない」
「……根っからのクズ野郎ね」
「それはお互い様、だろ?」
自分こそが世界の中心だとでも思っているようなマーティの語り口に、私は虫唾が走った。
この世界の中心はセージョだ。私でも、マーティでもない。
自分の手が汚れることよりも花の命を大切にするような彼女こそが、一見平和なこの世界に最もふさわしい主人公なのだ。
「……残念だけどね、私はあなたなんかの女にはならない」
マーティの眉間にシワが寄った。
「悪役令嬢は、ヒーローのものにはならないのよ!」
その瞬間、
私は自分の喉元に持っているナイフを一気に引き寄せた。
「な!?」
マーティは私を守るためにスキルを使ってナイフを弾いた。
その隙に、私は靴に仕込んであった銃を発射させ、マーティに回避行動をとらせる。
(やはりだ――、異なるスキルの同時発動はできない!)
私はぐるんと体を一回転させて拘束を解き、マーティから距離をとった。
そのまま、窓へと体当たりして外に飛び出す。
そして、侵入する時に使ったロープを頼りに、一気に壁を駆け下りた。
勢いがつきすぎてしまっため、私は地面に着地する時に右足をひねり、体勢を崩して土の上で何回か転がった。
そんな私を、マーティは割れた窓の隙間から顔を出して見下ろした。
マーティは私を追ってこなかった。
おそらく、これ以上私を追い詰めると、私が自害すると考えたのだろう。
私はマーティに全く刃が立たなかった。
そのうえ、情けまでかけられてしまった。
それは私の人生において、初めての完全なる敗北だった。
ひねった右足を引きずりながら、私はその場を離れていった。
動かす度に痛む右足。
私はその激痛に思わず涙が出そうになってしまった。
だが、私は必死で我慢した。
物語の悪役である悪役令嬢は、ヒロインのハッピーエンドが確定するその時まで、絶対に泣いてはいけないのだ。