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2 最凶の悪役令嬢(2)

 フランコアを連行した下僕達の代わり、新しい下僕たちがやってくる。彼女達は床を眺める私の視線で血痕に気づくと、ポケットから取り出したハンカチで一生懸命拭き始めた。

 それを見届けた後、私は校舎の中へと入る。


「……アンソニー、下僕達の教育が行き届いていないんじゃなくって?」


 私は二階へ上がる階段を昇りながら言った。

 すると、物影に隠れていたジャケットの髭男――執事のアンソニーが私の後ろを歩き始めた。手には彼愛用の木製ストックのライフルが握られている。


「申し訳ありません。なにぶん、奴隷の少女達を再教育し直すには手間と時間がかかるものでして……」

「私の恐怖の植え付け方が少し足りなかったのかしら?」


「いえ。そのようなことは決して。しかし、恐怖だけでは人は怯えるばかりで育ちません。適度に飴と鞭を使い分けてやらなくては」


 私は廊下を立ち止まり、二階の窓を開けた。

 そこはちょうど私がセージョを落とした花壇の真上。手を泥まみれにしながら、懸命に百合の花の手入れをする、可憐な彼女の姿がよく見えた。


「そうね。私は人を痛めつけるのは得意だけど、昔から愛でたり、育てたりするのは苦手なのよ。……下僕達の教育は今後もあなたに一任する。出来が悪いのはいくらか処分しても構わない」

「はっ……」


 私は花の手入れを続けるセージョの姿を恍惚とした表情で眺める。

 するとその時、彼女は土の盛り上がった部分に足をとられ、そのまま前のめりになって花壇に転んだ。

 体中泥まみれになるセージョ。


「可愛い……。なんて可愛いの……、私のセージョ」


 私の鼻から血が出る。私はハンカチで鼻を押さえた。

 その時、


「……マム。あれを」

 と、アンソニーがおもむろに学生寮の方を指さし、私に言った。


 そこに居たのは爽やかな好青年。明らかにセージョの方へと向かっていた。


「殺りなさい」


「イエスマム」


 アンソニーの肩を叩いて指示する私。

 アンソニーは中腰になり、ライフルの銃口を彼に向ける。


 たーん……。


 人気のない廊下に、高らかに響く、乾いたライフル音。

 脳天を貫かれ、その場に倒れる好青年。

 彼の遺体を麻袋に入れて回収する下僕達。


 うららかな午後の陽気。


 校舎のいたるところで、きゃっきゃとはしゃぐ群衆ども。


 周囲の雑音など気にも止めずに、せっせと健気に百合の手入れを続けるセージョの姿。そんな彼女をため息まじりに眺める私。


「ああ……、平和ねぇ」


 そして、森の方からやってくる本日三人目の好青年。


「アンソニー、殺れ」


「アイマム」


 たーん……。

 ライフル音が響く。好青年は倒れた。以下略。


「今日はずいぶん大量ね。……うちの犬達が太っちゃうわ」


「なら、増やしましょうか?」

 アンソニーが言った。


「ええ、そうね。それもいいかもしれない。犬は男と違って、何百匹いたって可愛いもの。セージョもうちの犬達のことが好きだし」


 私は再びセージョを見た。

 手入れが終わって再びきれいになった花壇を、セージョは天使のような微笑みをしながら静かに眺めていた。


 そして、私はそんなセージョを、温かく見守り続けた。



「――セージョ。私があなたを汚らわしいヒーローどもから一生守ってあげるからね」





 この世界には、いくら殺しても便所に沸く小蝿のように、クソの塊ほども生きる価値のない人間が大勢いる。

 ヒーローという連中がまさにそうだ。


 ヒーローはこの世界の中心、ヒロインのセージョを助ける存在である。


 しかし、それだけではない。ヤツらはセージョを助けながら、甘い言葉を彼女に吐いて心へと入り込み、彼女の心にフラグという楔を打ち込んでいく。……そして、全てのフラグを彼女に打ち込んで彼女の心を縛りつけた後、ヤツらはセージョへ求婚し、彼女の純潔を奪おうとする。


 すると、どうなるか。


 世界は崩壊する。


 この世界はセージョの長い恋物語を描くための世界だ。

 純潔を失って母となり、ひたすら年老いていくヒロインの恋物語なんてものは、この世界を支えている神々の需要がないのである。


 よって、彼女のたった一人の悪役令嬢として選ばれたこの私――ザナイド・マリネル・アランブールはヒーローを殺し続けなければいけない。


 この世界を守るために。



 そして、愛するセージョの純潔を永遠に守り続けるために。

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