異世界転移してもいいすか?
「なんだろう、異世界行ってもらっていいですか?」
謎の声が聞こえた瞬間、おいらの目の前が真っ暗になった。
目を開けるとそこは知らない場所だった。
さっきまでおいらはうちの彼女というか相方というかパートナーと一緒に肉を焼いていたのに、今では宮殿のような所にいる。
状況が理解出来ないでいると、前方から王冠を被ったおじいさんと、高そうなドレスを着た美人の女性が来た。
その女性は口を開くと
「おお、異世界から来た勇者よ。どうか私たちの国を救ってくれませんか?」
と言い出した。
いきなり呼び出されて説明無しに「救ってください」はちょっと厳しい。
「あの、何が何だか分からないんで、まずどういう状況か説明してもらっていいすか?」
おいらがそう言うと、女性の隣にいるおじいさんが「説明しよう」と言って喋り始めた。
「儂はこの国の王であるサレル・ロンパァじゃ。そして隣にいるのは孫娘のサマーナ。我が国ロンパァ王国は魔王率いる魔族に侵略されておる。魔王軍は我が国の北に魔族国家をつくり、どんどんその力は強大になっておる。そんな魔王軍に対抗すべく召喚されたのが、勇者であるお主じゃ。勇者には召喚された際に固有のスキルが与えられる。今から見てみるがよい。」
おいらはどうやら勇者のようである。
そこもかなり気になるが、スキルを見ろと言われたので見てみる。
念じたらスキル一覧が出てきた。
スキル
1%の努力者……他人の努力や一般的な努力量の1%で同じ結果が得られる。
嘘は嘘であると見抜ける人……他人が嘘をついているのかどうかが分かる。
うひょ。どちらも便利そうなスキルである。
ただ、この二人には見えてなさそうなので言わないことにする。
「ところで、勇者様のことも教えていただけないでしょうか?」
そう言えばおいらのことは何も言ってなかったっけ。
「えー、私、東村ひろゆくと申します。年齢は二十歳で、特に何か出来るわけでもありません。なので役に立たないと思いますけれども…」
「そんなことありません!勇者様はきっと、特別な何かをお持ちです。」
「はあ。で、勇者って具体的に何するんすか?」
勇者って言葉はかっこいいものの、実際面倒臭いかもしれない。
「勇者は魔王討伐のために訓練します。訓練として、被害が出ている場所に行って魔族や魔物を倒してもらいます。一通り訓練を積んだら、パーティを組んで魔族国家に乗り込み、魔王の部下である魔族を倒しながら魔王の元まで進んでもらいます。」
「魔王を倒した後は何するんすか?」
「我が国の管理を担ったり、被害が出た魔物を討伐してもらう予定です。」
一生国の為に命懸けで働くとか、おいらには到底無理な話だ。
とにかくダラダラと楽しく生きていきたいので、これだったら現実世界に戻してもらいたいところである。
「因みに、向こうの世界に帰れたりします?」
二人とも口ごもっている。無理なのだろう。
「残念ながらお返しすることは出来ません。」
となると本格的にこれからどうするか考えねば。
おいらにとって異世界も魔王もこの国も至極どーでもいいので勇者はやりたくないのだが、ここで断ってしまうと殺される可能性もあるのでそれは避けたいところ。
やはり頃合を見計らって隣国に移動して隠れながら暮らすとかになるのか。
いずれにせよ、まだこの世界のことを何も知らないので、まずは情報収集から始めよう。
「まぁ、とりあえず僕こっちの世界について何も知らないので、教えてくれると助かりますー。」
「そうじゃのう。サマーナ、彼にこの世界のことを教えてやってくれ。」
「かしこまりました、陛下。ではひろゆく様、こちらの部屋へどうぞ。」
「あ、はーい。」
サマーナさんについて行って別の部屋に来た。
ここで説明を受けるようである。
「この世界には現在四つの国があります。私たちが今いるのがロンパァ王国、西にあるのがニシムー帝国、南にあるのがクラーワ共和国、そして北に位置するのが魔族国家シャゾーです。魔族と我々人間は、見た目はもちろん、身体能力や魔力も異なります。」
魔力というのが出てきた。と、いうことは、魔法があるんじゃなかろうか。
「魔力ってことは魔法があるってことですか?」
「はい。基本誰にも魔力はありますから、魔法は誰でも使えます。しかし適性があるので、個人差はあります。勇者であるひろゆく様は適性が非常に高いと思いますよ。」
「へえー。じゃあ今魔法教えて貰えます?」
最初のスキルに「1%の努力者」があったのと、適性が高いらしいのとで、多分おいらはすぐ魔法が出来ちゃうと思うんだよね。
しかも魔法が出来たら凄く面白いだろうし。
「分かりました。魔法は、集中してその魔法をイメージしながら手をかざし、詠唱します。例えば光の魔法だとこんな感じです。」
すると彼女は目を瞑りながら息を吸って唱えた。
「光よ」
その瞬間、彼女の手から光が出てきた。
すごいー。やっぱり面白そう。おいらもやってみる。
手をかざして光をイメージしながら
「光よ」
今度は彼女の光よりも明るく大きな光が出てきた。
すぐ出来たし、やっぱりスキルのおかげなのだろう。
「凄いです!こんなに早く出来るなんて流石です!」
褒められるのは苦手なので反応に困る。
「ひろゆく様は魔法が得意だと思うので、明日からは魔法の練習をしましょう。今日は部屋でお休みになってください。」
「了解しましたー。」
明日からの魔法の練習と同時に、パーティメンバーが誰なのかとか、魔族について詳しく調べる必要がありそう。
とりあえず今日は何かと疲れたので寝ようかな。
おやすみなさいー。
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次の日の朝から、王宮の庭でサマーナさんとの魔法訓練が始まった。
「では、光の次は水です。詠唱は―」
「詠唱って必ずしなきゃいけないものなんすか?」
詠唱は出来ればしたくない。
長い詠唱だと面倒臭そうだし、何より、いい歳して厨二病みたいなことをしたくないので。
「上級者で無詠唱の方はいますが、難しいので皆しませんね。しかしひろゆく様ならば…」
サマーナさんがチラッとこちらを見やる。
おいらにやってみろということだろう。
手をかざして水のイメージを膨らませる。
そして、心の中で水を………発射。
すると、目の前に水が現れ、前方にピューッと発射された。
出来るならこっちにしようー。
隣を見ると、サマーナさんが目を輝かせてこちらを見ている。
「無詠唱まで出来てしまうとは…凄すぎます!
この調子で様々な属性の魔法をやってみましょう!」
「はいー。」
この後、火、闇、土、雷、風、回復系、空間系などなど色々やってみたが、全て難なく使うことが出来た。
ただ、二つ気になることがある。
一つは、今自分が最大でどれくらいの魔法を使えるかということである。
それなりに練習して、スキルの効果も考慮するとそれなりにデカイのは使えそうな気がする。
二つ目は、魔法はイメージゲーっていう。
今のところイメージした通りの現象が魔法として起こっているので、既存の魔法を覚えなくてもイメージすりゃ出せるんじゃねってこと。
モノは試しなのでやってみる。
王宮の庭なので、安全そうな水にしてみよう。
全力でイメージする。
滅茶苦茶にデカい水の球体を。
水の球はある大きさで止まった。
その大きさは、直径五メートルはあるだろうというぐらい。
ええー。おいらここまでできたの。すげー。
そんなことを考えていると、頭がクラっときてその場に倒れ、水の球もパシャッと弾けた。
サマーナさんがこちらに駆け寄ってくる。
「きっと魔力切れによる反動で倒れたのだと思います。少し休めば回復するので大丈夫ですよ。」
身体が動かず、頭がボーッとする。
それにしても、今の魔法を使った時に、もっとしたいと思った自分に驚いたんだよね。
だって、自分にまだそういった感情が残っているのかと思って。
まあ魔力切れしたし、午後は別にしたいことがあるので今日の魔法はこのくらいにしよう。
休憩したあと、王宮でご飯を食べた。
王宮だから最高の物が出てくるんだろうと期待したけど、味は至って普通。
高級そうな食材を使っているのだが、味付けがシンプルすぎる。
向こうの世界より食は期待しない方が良いかも。
午後は魔族について学ぶ。
教室的な場所で席に座り、インテリ系のイケメンが出てきて前に立ったので、授業をするんだろうことは分かった。
そして授業開始とばかりにその男性が話し始める。
「今回は魔族について説明します。魔族は人間よりも身体能力が高く、魔力量も多いです。従って単体で見れば人間が不利なのですが、魔族よりも人間の数が多いことや、人間の方が魔法の扱いに優れていると言ったところで補っています。」
「それだけ聞くと五分五分じゃないかと思っちゃうんですけど、実際には侵略されてるんすよね?」
男性が言葉に詰まる。
何か言えないことでもあるのだろうか。
少しの間があった後、男性は口を開いた。
「陛下はそう仰られていますが、実際にはそうではありません。むしろ侵略しているのはこちらです。ロンパァ王国、ニシムー帝国、クラーワ共和国の三カ国の軍が魔族国家を攻め込んでいます。陛下がひろゆく様を召喚したのは、今は魔族を殲滅する決定打が無いためで、侵略されていると伝えたのは危機的状況を装って一日でも早く出撃させるためでしょう。」
嘘を見抜くスキルによるとこの方は嘘をついていないと。
じゃあ王様が嘘をついているのはなんで分からなかったんだ?
その時はまだスキルの確認を行っていなかったからか。
まあそれは良いとして、この男性はなぜおいらにそれを伝えたのだろう。
絶対おいらに伝えてはいけない情報だよね、これ。
伝えることでこの人にメリットはあるのだろうか。
「なんで僕にこの事実を仰ったんですか?」
「私の父が魔族の研究をしていましてね。その研究や調査で、魔族も人間同様、善人と悪人がいるってことが分かったんです。つまり、魔族にも当然良い人はいるんです。私はそれを知ってから、魔族を攻めることに賛成出来なくなりました。」
「因みにお父様はどうなったんですか?」
「魔族殲滅を反対し、国に殺されました。だから私自身反対していても、それを口に出すことは出来ないんです。」
この人よくこの国に居られるね。
あーでもどこの国に行っても魔族に寛容な場所は無いから仕方ないのか。
それにしてもこんなにペラペラ喋って大丈夫なの?
もしおいらが魔族ぶっ殺したいですーって人だったら速攻チクって終わるよ?
なんでかなあ。
「それ、僕告げ口するかもしれませんよ?」
すると彼はニッコリ笑って答えた。
「これは私の勘ですが、あなたはそんなことをするような人ではないと思っています。そして私は、あなたが魔族と人間の関係を変えてくれるとも思います。」
覚悟すごいっすね。
確かにチクってもおいらには何の得もないし、知り合いが自分のせいで殺されるの何か胸糞悪いからね。
あとは魔族側の人と接触してどんな感じなのか聞ければ良いんだけど。
そう思っていた時、部屋のドアがコンコンとノックされ、ガチャッと開いた。
「夕食の時間です、ひろゆく様。」
メイドの様な方がオイラを呼びに来た。
「ひろゆく様、今日はここまでですね。」
「そうですねー。ありがとうございましたー。」
夕食も超おいしいわけではないのだろう。
これなら普段から自炊するおいらの方が美味しく作れるかもしれない。
そう思い、メイドさんに話しかける。
「なんだろう、明日の朝ご飯、一回僕作ってみていいすか?」