過度な期待
「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり闘技大会なんて言われても……」
俺の手を掴んで足を進めていくアイラにそう言うと、彼女は。
「安心してください。あなた様なら大丈夫です」
なんてことを言ってくる。なんの根拠があってそんなことを言うのだろう……。俺は喧嘩なんて人生で一度もしたことがなく、人を殴る度胸すらない臆病者なのに……。
「ほ、ほら。闘技大会って、エントリーとか必要なんじゃないんですか? だからほら、俺はそもそも参加できないって言うか……」
「安心してください。絶対勝てませすから」
アイラのこの自信。俺が世界を救う勇者であると疑っていないような、そんな絶対的な自信を感じる。なら、できるかもしれない。こんな小さな女の子に期待されているのだから、それに応えるのが礼儀ってものじゃないのか?
俺は俯いた顔を前にあげ、
「期待して待っててください」
意気揚々と、そんな発言をしてカッコつけてみる。
「さぁぁぁぁ、続いてのバトルわぁぁぁ! この街でも屈指の腕を持つ、剣の腕は誰にも負けないと豪語する冒険者。ハリーとぉぉぉぉぉ。特に情報はないが、急遽この闘技大会に賛成してきた謎の男、須田和敏!
さぁ、勝利の女神はどちらに微笑むのか。それでは早速、バトルスターーーートゥ!」
ものすごい歓声の中、ハリーと呼ばれた男と俺は、剣を構えて対峙している。こんな観衆の目に晒されて、ものすごく緊張している。
そもそも勝てるのか。相手は凄腕冒険者とか言ってたぞ。さっき門番にすら勝てなかったのに、どうやって勝つんだ。
アイラは俺のことを、世界を救う勇者とか言っていたが、それはどうして? 俺の何に期待しているんだ? 彼女は何者なんだ?
俺みたいなぼっちに、どうして世界が救えると思ったんだ? 木製の剣に汗を滲ませる。汗が止まらない。緊張と不安で、心臓が高鳴る。もう何も考えたくない。早くこの場から逃げ出したい。
そう思った瞬間、俺はハリーの元へと走り出していた。思いっきり剣を振り上げたまま、無様な姿で走り出す。
こんなの当たるわけない。でも万が一当たったら……。そんな不安を抱いた瞬間、俺の顔に酷い鈍痛が走る。
隙だらけの俺の顔に、ハリーは持っていた剣を思いっきり当ててきたのだ。痛い、痛すぎて、逆に痛くない。
漫画やアニメの中だったら、四肢がもげようと、大量に傷を負っても動いていたのに、現実は顔面を殴られるだけで動けなくなる。
俺は湧き上がる歓声を耳にしながら、目の前が真っ白になりプツンと糸が切れたように地面に倒れ伏した。