異世界と門番
本当に異世界に来たのか……。全く実感がわかない。学校からの帰り道にいきなり謎の白い光に覆われて、気がついたら見知らぬ場所でしたって……。そもそも異世界なのか?
もしかしたらいきなり閃光弾を投げられて、その間に謎の場所に拉致されて、現在に至るとか……。
自分で色々とそんな設定を思い浮かべ、俺って想像力が乏しいなと勝手に落胆する。でも今の貧相な妄想の方が、よっぽど説明がつく。少なくとも目を開けたら異世界でしたっていうことよりは……。
いまだにここがどこなのかもわからないまま、俺はとりあえず最初の街であろう城壁に囲まれた街に向かう。あたり一面は草原で、その奥には大きな湖があり、その中央には城壁に囲まれた街がある。そしてその街に行くため、馬鹿でかい橋が架けてある。
とても現実とは思えない光景が、目の前に広がっている。でも異世界のファンタジーな世界だからということであれば、納得できる。
やはりここは異世界なのか? うん。もうそう思い込むことにしよう。いいじゃないかどこでも。俺がいなくなって困る人間は誰もいないし、俺もあの日常から逃げ出したかった。
誰も困らないし、むしろみんな幸せだ。ここは異世界で、俺は魔王を倒すために召喚された勇者とかそんな風に考えた方が、よっぽど幸せじゃないか。
いつもはネガティブな考えなのに、どうしてか今の俺は考えが楽観的だ。きっと気分が上がっているからだ。
俺は期待に胸を膨らませ、この後起こる展開を想像する。きっと俺にはすごい力が秘められていて、その力で魔王を倒し、その後お礼としてこの世界で一番偉いお姫様と結婚して……。
だらだらと痛いオタクのような妄想を脳内で繰り広げつつ、俺は城へと向かう。
城門の前に着くと、その大きさに感嘆の声を漏らす。すごすぎて声が出ない。上を見上げてもあたり一面ねずみ色の壁が広がっている。
すごいという稚拙な感想しか浮かばないほど、すごい。そんな壁の中へ、いざ……!
「おい、なんだ貴様」
街の中へ入ろうとしたところで、門番に止められる。
「怪しいやつだな。この辺では見かけない顔立ちだ。それに衣服も見慣れないものだ……。貴様、身分を証明するものを持っているか?」
いきなりそんなことを言われ、冷や汗が吹き出る。確かに俺の格好は制服だし、顔もアジア人特有のノッペリした感じの顔だ。確かに怪しい。
だがまさか門番に止められるとは思わなかった。俺はんん! と咳払いをすると。
「え、ええっとその、みみみ身分を証明するものは……」
思いっきりキョドりまくった。そりゃそうだ。こちとら何年ぼっちやってきたと思ってるんだ。家族以外の人間と話すことなんて、ここ二、三年なかったぞ。
そんな奴が、いきなり高圧的な年上の男とまともに話せるわけがないだろ!
そんなことを思い憤っていると、俺のはっきりしない態度に苛立ち、俺に高圧的な態度をとってきた兵士は体をグイッと近づけて。
「はっきりしない奴だな。声が小さくて聞こえん!」
そんなことを言われ。俺はビビリまくった。そんな俺たちの様子を見て、呆れたような様子で気の弱そうなもう一人の兵士が近づいてきた。
「ほら先輩落ち着いて。先輩は顔が怖いんだから初対面の人は怖がるんですって」
「うるさいぞトーマス。今王女様がこんな状態なのに、こんな変なのがうちの街に入ろうとしてんだぞ。落ち着いていられるか」
「いや気が立っているのはわかりますけど、この人に当たるのは筋違いでしょう」
トーマスという兵士に言われ、高圧的な門番は気持ちを落ち着かせている。
「まあそうだが……。悪かったな怒鳴って。ちょっと気が立っててな」
先ほどとは違い、穏やかな笑みを浮かべた門番に俺はホッと安心し。
「いえ、僕が怪しいのは一目瞭然ですから……」
なんてことを言って、俺はなぜかぺこりと頭を下げる。この辺はインキャの性なのだ……。なぜだか相手に対して腰が低い。
そんな俺の様子を見て、門番の警戒心が解かれたようで、あごひげを撫でながら。
「あんたは悪い奴じゃなさそうだ。ここは観光名所だし、余所の国の人も大歓迎だよ」
その言葉に安心し、俺はホッと胸をなでおろす。
「それじゃあ一応その背負ってるカバンの中身を確認させてもらってもいいか? これでも門番でな。あんたが悪い奴じゃないのはわかったが、まあ一応規則でな」
「あぁそうなんですか。わかりました」
俺は背負っていた教科書などの入ったカバンを兵士に渡そうと、背中から下ろすが。そこであることに気がつく。この中には、俺の黒歴史である、痛い妄想日記が入っているのだ。
小さい頃からの習慣で、今だに暇なときはその日記に痛いことを書いている。別に誰かに見られるはずもないと学校のカバンに入れっぱなしにしていたのだが、まさかこんなところでご開帳する羽目になるなんて……。
俺は持っていたカバンを、ぎゅっと強く握りしめる。
そしてそのカバンを、門番が無理やり取ろうとする。
「お……おい貴様。なぜ抵抗する。やはり不審者か!? この中に見せられないものでも入っているのか?」
「見せられないものは入ってますが、決して他人に害を為すようなものは入ってないのでここは見逃してください!」
「そんなわけいくか! やはり貴様怪しいぞ。無理やりにでもこの中身を確認させてもらう」
「や、やめてください! だ、誰かー! 変態が俺の身ぐるみを剥ごうとしてきます。公然わいせつです!」
「な、なにを言っている貴様。くだらないことを言ってないでこの手を離せ」
「くだらなくないです。俺にとってこの中身を見られるのは生死に関わる重大なことなんです。そっちこそその汚らわしい手を離してください! 通報しますよ」
「わけのわからん戯言ばかり言いやがって。貴様は俺の権限で刑務所に送り込んでやる」
「あぁ! そうやって不当な権利を行使するんですか! 最低だ」
「う、うるさい! いいからはなせ!」
俺たちがグイグイと綱引きのように俺のカバンを取り合っていると、近くにいた気弱そうな兵士が俺たちをなだめに来る。
そこで一旦俺たちの綱引きは終わりを迎える。
「おい貴様。そこを動くな。こうなったら強硬手段を取らせてもらう」
そういって高圧的な門番は、腰の鞘から鋭い剣を抜き戦闘態勢に入った。こうなったら俺も力を解放するか……。
きっとこの世界に送り込まれたことで、何らかの超パワーに目覚めているはず。俺は不敵な笑みを浮かべると。
「灰燼にしてやろう」
そう言って、門番たちに向けて手のひらを突き出し。
「ファイヤーボール!」
そんなことを言ってみた。