第92話 魔道具狂い (ジュード視点)
ご無沙汰しています。以前、第91話のサブタイトルを変更する……と宣言してから早数ヶ月。正直思いつきませんでした、申し訳ありません! で、もうそっちはじっくり考えることにして、話を進めようと思います。サブタイっていつも悩む……。
応接室にいる皆さんに説明を終えた後、わたしはふぅと息を吐きました。どうやら皆さん、わたしの話をすべて信じてくれたようで。と言いましても、先ほど伝えた内容には誤りはありません。ただ一つ、伝えなかったことがあるだけで。
アーティファクト級の魔道具、そしてそれを作成した人物の記録が残されていると思われるあの知識のサークレット。確かにその価値は計り知れません。ですが、それを有効活用できないとしたら、それは無価値とどう違うのでしょうか? このサークレットの本当の価値は、埋め込まれた魔石にあります。
マリーさんのサイズに合わせて縮んだサークレット。元のサイズが人、つまり人間やエルフ、ドワーフの大人用だったとしても、大して大きくありません。小さい魔石はそれこそたくさんありますが、そういったものは大して魔力を含有できず、もろいものです。それにひきかえこの魔石は、表面のなめらかさといい、複雑な色味といい、ただの小さな魔石とは一線を画しているのです。いったいどれだけの魔力を含んでいたのか……。以前一度だけ見た古代龍のあの巨大な魔石を彷彿とさせます。なぜか、現在は中身がほぼ空のようですが、それでも入れ物としての魔石は健在です。そして、古代龍の魔石と違って、とても小さいというのも評価が高いポイントです。
先ほど初めてこのサークレットを手に取ったとき、わたしはひどく葛藤しました。わたしなら、このサークレットを十分活かすことができる、この小さな女の子の手にあるよりも。もしわたしの所有物なら……。所有者設定を解くためには、この子に亡き者になってもらわなければなりません。この、孫娘と同じくらいの大きさで、わたしのことを見上げて話してくる女の子を……。
それに、もしわたしが所有者設定をつけられるくらいの魔道具師なら、そして想定している所有者がこの小さな女の子なら。わたしは、わたしのような人物からこの子を守るために、サークレットに防御装置を仕込むでしょう。これだけのものを作れるなら、その防御力そして攻撃力は計り知れません。はたして、わたしはそれを突破できるのでしょうか? 今まで築き上げてきた信頼と名声と、そして何よりわたし自身の生命を賭けるには、かなりのリスクを伴うことが明白でした。すべてのものを失った自分自身が容易に想像できるくらいには。
「やはり帽子をかぶるのがいいわね。レイラ司祭、彼女に合ったサイズの帽子を用意できるかしら? いえ、これぐらいの子は大きくなるのも早いから、少し大きめでもいいわね」
「りょうか~い! さすがにこんな小さなのはないから、見習用の小さいやつを手直しさせるわぁ。ケント司祭、手配して~」
「了解っす。……にしても、神々の御言葉が聞けたり、こんなサークレットを授けられたり、この嬢ちゃんはすごいっすね~」
「ただ、まだ小さくて力もないから……おれたちが何とかしないと……」
「そうですね! だから神々はサークレットにマリーを守らせようとしているんだわ!」
神のしもべたる聖職者たちは、このサークレットの存在が神意であると考え、たいそう盛り上がっているようです。わたしはその様子を見て苦笑しました。わたしも魔法や魔道具に対しては、同じくしもべなのですから。
「ねえねえ、ジュード師。顔色悪いよ? 大丈夫?」
わたしの袖が引っ張られ、そちらを見ると、当のマリーさんでした。わたしのことを心配そうに見上げています。おかしなものですね、わたしはというと、彼女のサークレットに懸想をしていたというのに。
「ああ、ちょっと疲れが出たようですね。何しろこの施設のことが気になって、最近夜もよく眠れなかったものですから」
「だめだよ、ジュード師! しっかり寝ないと魔力が回復しないんだよ」
「ははは、そうですね。マリーさん、心配してくれてありがとう」
頭をなでてあげると、彼女の顔はぱっと明るくなりました。先ほどは妙に大人びた言動をする子だと思いましたが、やはり三歳の女の子。うちの孫娘と本当に変わらない……。
「!? え、ちょっとジュード師!? いったいどうしたの?」
急に涙を流し出したわたしを見て、マリーさんが慌て出しました。
「ねえねえみんなぁ、久しぶりに中見ていこうよ~」
「そうっすね。エドワード神官たちは初めてっしょ?」
「はい。勉強させていただきます!」
「わー、楽しみだなぁー!」
レイラ司祭が手を叩き、みんなを連れて部屋を出て行ったようです。今部屋に残っているのは、わたしのほかにはアイヴィー神官とマリーさんだけになりました。
「マリー、ジュード師は緊張が解けてほっとしたのよ。ここの責任者としてすごく気を張っていたのだから。だから心配しなくていいわ」
「そっかー。ジュード師も大変だよね。責任重大だもん!」
にこやかにマリーさんに説明をするアイヴィー神官。わたしの涙ももう止まったようでした。
「ジュード師、心配なさらなくても大丈夫ですよ。わたくしもレイラ司祭も、マリーのために協力を惜しみません。彼女とサークレットのことは、神々の名にかけて護らせていただきますわ、たとえどんな相手であっても」
そう言うと、アイヴィー神官はわたしの肩に手を置きました。心配しないでという言葉に、彼女たちがわたしの思いに気がついていることを感じました。この邪で、恥ずべき思いに……。
「ほ、本当に……申し訳ありません……」
「……ジュード師、人とは弱い生き物です。つい魔が差してしまうこともあるでしょう。ただ、それを思いとどめることもできるのです。そうした強さも持っています。ふふふ、わたくしがジュード師にこんなことを言う日が来るなんて思いもしませんでしたわ。わたくしがちょうどマリーよりもう少しだけ大きいくらいの時に、初めてお会いしましたわよね? 懇切丁寧に文字を教えてくださった学生さんのこと、今でも鮮明に思い出しますもの……」
そう言って楽しそうに笑うアイヴィー神官を見て、つられてわたしも笑ってしまいました。
「そうですね。わたしもあの頃の初心を忘れないようにしたいものです……それにしても、あの時の女の子がこんな……」
昔を思い出していると、アイヴィー神官のほうから何やら冷たい空気が流れてきたような気がしました。思い出話は置いておきましょう。今回マリーさんのサークレットに出会えたことは僥倖でした。こんな代物が存在することが分かっただけでも貴重な経験です。まだわたしも六十を少し越したばかり、残された時間を使って、さらに魔道具の研究に没頭したいと思います。
とても親切で腰が低いジュードですが、実はワルイコトを考えていました。逡巡の後、思い直したようですが。また彼は、「彼女たち」が気がついていると思いましたが、実際はアイヴィーだけだと思われます。レイラは空気を読んで、他のみんなを連れ出しただけです。
さらに価値が上がってしまったサークレットのフェルナンド。一応マリーのことも考えて、迷いのあと、聖職者たちに神に誓わせるように促すだけの理性は残っていました。フェルナンドの守りは鉄壁ですが、マリーの魔力が乏しいため、実際は力を発揮できなさそうです。残念!