第9話 マリー、魔法について考える。
目が覚めると、また知らない天井が見えた。何というか、今まででいちばん古びている。寝かされているベッドのリネンも、清潔ではあるものの、くたびれかえっている。
「目が覚めて?」
目の前にはエミリアがいた。相変わらず、大人っぽいというかお嬢様っぽい話し方をする。
「あなた、いきなり倒れたのよ。わたくしたちがどれほど心配したか!」
そう言うと、しくしくと泣き出した。そりゃあ、小さな女の子が何の前触れもなく倒れてしまったら驚くわよね、反省。
「あなた年齢のわりには大人びていらっしゃいますけど、もっと自重してみたらどうかしら? いきなり倒れられると、シンシア姉様もテオ兄様も驚かれます」
えーっと、エミリアに大人びていると言われると納得できない気がする。まぁ向こうは七歳で、こっちは三十九プラス三歳なんだけど。でも、三歳児ってどういうしゃべり方をするのかな? 姪っ子が確かそれくらいだったけど、うーん。
「では、わたくしはもう行きますわね。机の上にパンがありますわ。お召し上がりになって」
部屋はかなり狭い。四畳半くらいだろうか。そこにベッドと小さい机が押し込められている。机の上には、パンののった皿があった。机の上には、他にもお母さんの形見であるサークレットが置いてある。剣は壁に立てかけられており、ペンダントは枕元に置いてあった。わたしはパンを手に取ると、口の中に入れた。硬い黒パンだ。
「でも何で倒れちゃったんだろう……」
パンを食べ終わり、硬いベッドの上をごろごろとしながら考える。あのとき、猛烈な睡魔に襲われた。眠くなると言えば、お母さんとの魔法特訓だ。あのときは毎回毎回寝落ちしていた。学生時代でも、あんなに寝落ちしたことなかったのに。不思議だ。
この世界には『ステータス』というものがない。もちろん絶対無いとまではまだ言えないが、お母さんも知らなかったし、たぶん無いだろう。で、わたしは自分の魔力がどれくらいか検証してみたことがあった。やり方は簡単、ゲームでヒットポイントの分からないボスを倒すときに使う方法と同じだ。自分の与えたダメージをどんどん足していくというやつだ。
最初に検証に使った魔法はオリジナル魔法『マッチ』だ。これは名前の通り、マッチほどの小さな火を生み出す魔法だ。命名はもちろんわたしである。『マッチ』の消費魔力を、仮に五と仮定する。それで何回使えるかを試してみたんだけど……。まあ、だいたい三回しか使えなかった。四回目を無理してやろうとすると、お墓のときみたいに気を失ってしまうのだ。
他にも、『ウォーター』でも試してみた。これもわたしオリジナルなのだが、コップの中に一杯の水が出てくる魔法だ。『ウォーター』は、四回できた。二回のときもあった。
こんなしょぼい魔法の消費魔力が五はちょっと盛りすぎ、せいぜい三か二くらいだろう。ということは、わたしの最大魔力値は一桁くらいってこと? ちょっと、いやかなり残念だ。ファイアーボールとかいった攻撃魔法なんて、まったく発動もしない。すぐ気を失ってしまう。前世の経験で、魔法のイメージとか得意な気がするのにね。
そういった検証で分かったこと。
・わたしにも魔力はあるが、微々たるものである。
・しっかりとしたイメージがあれば、
使ったことのない魔法でも使える。
ただし魔力さえ足りていれば。
・魔力が足りないときは、使った瞬間に
気を失ってしまう。
・魔力は少しずつ回復しているが、おそらく
最大値よりは増えない。
「あれ、じゃあ、お墓でのお祈りも魔法ってこと?」
あれは、お母さんのお話の中の一つだ。マリエラさまが、亡くなった人を悼んで、無事に『海』へと還れるようにとおっしゃった言葉である。それからその言葉が人々に浸透していったという感じで物語は終わっていた。
「『海』に無事に還れますように」
ベッドに転がりながら、フレーズを口に出してみる。気を失わない。ふむふむ。
「『海』に無事に還れますように」
今度はベッドから降りてひざまずき、お祈りのポーズをして言ってみる。やはり気を失わない。相手がいないとだめってことかな?
「『海』に無事に還れますように」
わたしは、今度は『マリエ』のことを想いながらお祈りしてみた……そこから先の記憶は無い。ただ、次の日みんなに怒られたことは言うまでもない。