第89話 マリー、ラースゴウの叡智と対面する。 上
「あ、あの、『ラースゴウの叡智』とはいったい? あの丘の上にある学校のことでしょうか?」
「うーん、惜しい! 確かにあの学校が関わっているけど、学校そのものじゃないんだなぁ。ね、気になる気になる? うっふっふ~! でも着いてからのお楽しみ~!」
シンシアの問いかけに、いい笑顔で答えるレイラ司祭。ただ、その大人げない態度を見て、ケント司祭は苦笑いを浮かべている。わたしはというと、レイラ司祭にぐちゃぐちゃにされた髪とスカーフを整えたりしていた。紐で髪を結び直し、フェルナンドさんをかぶり直し、スカーフをその上からかぶる……結構被害甚大だったわぁ。
あれから心配そうに見ていたテオも加わって、総勢五名となったわたしたちは、「ラースゴウの叡智」のもとへと向かっていた。で、今は朝通ってきた道を戻っているのだけど、何かそんなものあったかしら?
町は相変わらず賑やかで、人ばかりでなく、立派な馬車やいろんな荷物を載せた荷車なんかも通っている。こんなに混んでいて事故とか起こらないのかしらね?
大通りを門へ向かって進む。わたしたちが来たのは北門で、反対側の南門を出てずっと行くと、エングラードに着くそうだ。北門まであと数百メートルくらいになったとき、道を曲がって大通りからそれた。大通りよりは狭いものの、こちらの道もカレンディアから来たわたしたちにとっては十分大通りなんだけどね。
「お、おい、あれって何だ?」
「本当、ずいぶんと大きいわ。冒険者ギルドかしら?」
見ると前方に大きな建物が見える。さっきのマール教教会も大きかったけど、この建物も負けず劣らず大きい。建物の高さは四階建てくらいだけど、それと同じくらいの長い煙突がにょきにょきと二本、空に向かって伸びている。で、煙突まで含めると七、八階建てって感じ。バランスがおかしいというか、不思議な建物だ。
「あー、見えてきた見えてきた! あれがそうよ、ねえ何の建物か分かる?」
わたしたちは手がかりを探しながら建物へと近づいていく。クイズみたいに出されたら、答えたくなっちゃうよね?
「……ああ、同じような荷車が多くなったわね。みんないくつも樽みたいなのを積んでるわ。そして荷車ごとその建物に入っていってる。で、空になったっぽい樽とともに出てきてる……。もしかしてアレかしら、でも臭いが全然しないわ? これって樽の模様のせい?」
ブツブツとつぶやくわたしに、ケント司祭がギョッとする。し、失礼ね!
「あーっと、マリーちゃんっていうか、マリーさん?、あんたずいぶんと大人びたしゃべり方するんだな?」
ああっ、そっちか! カレンディアの面々はもうわたしのしゃべり方が大人みたいでも気にもかけないが、初めて会う人はびっくりするわよね。反省反省。でも初対面の偉い人たち相手に、三歳児ってどう話したらいいのかしら?
「ん~、臭いが気になるということは、もう何の施設か分かったんじゃない? 言ってみて言ってみて!」
げ、レイラ司祭もわたしの独り言をバッチリ聞いてたわ!
「えーっと、排泄物の処理場かなあ? あとは生ごみとか?」
「きゃーすごい! 正解~! よく分かったわね?」
レイラ司祭がハイテンションで褒めてくれる。
「なあなあ、マリー。何でそう思ったんだ?」
テオが不思議そうに尋ねてきた。わたしはさっきの推理を、もう一度テオやシンシアの前で披露する。
「最初はここが何かの工場で、材料を運んできているのかとも思ったの。でも煙が出てなくて高すぎる煙突とか、刻印魔法をほどこされた樽とかが気になって。あとこの町、人がとっても多い割には嫌な臭いがしないから」
「嫌な臭い?」
「うん、そう。人が多いとやっぱり出るものも多く出るじゃない。それなのにそんな臭いがまったくしないなとは思ってたの。道にも馬の糞とか落ちてないし」
「よく見てるわね~。さすがクリスが褒めるだけあるわぁ!」
「ほんと、幼児でこれなら末恐ろしい子っすね……ってか、あんたもしかして刻印魔法ができるとか?」
ケント司祭にまじまじと見られる。うわぁ、やっちゃったわぁ……。
「筆記体は書けるけど、刻印魔法はできないです……」
これは本当である。筆記体は覚えれば書けるが、刻印魔法は書かれたその文字に自分の契約精霊の力の一部を閉じ込めなければならない。その精霊とかなり仲良くなってなければならないし、その精霊自体のレベルも高くなければならない。魔法の巻物なら、使ってしまえば元の精霊のもとに力が戻るからまだいいんだけどね。それを考えると、フーリアさんたちってかなり優秀なのよね~。
ちなみに半永久的に使える魔道具なんかは、刻印魔法に加えて、希少な素材なんかを使っている。だから作れる職人さんはごく少数で、お値段もばか高い……フェルナンドさんって、売ったらいくらくらいだろう? わたしの心の声が聞こえたのか、フェルナンドさんが熱を帯びることによって抗議の声を上げた。もう、冗談だってば!
「こんにちはぁ! マール教会より来ましたぁ! 司祭のレイラとケントです!」
レイラ司祭は大扉の前で大声で名乗ると、ぐいっと扉を押し開けた。プンっと臭いが鼻につく。ああ、いくらなんでも、扉の中はやっぱり臭うのね。
「うわっ、くせ!」
「そうね、ひどい臭いだわ……」
シンシアたちも鼻をつまんでいる。確かに町は臭いがないけど、中で働く人たちは大変よね……。
「ああ、レイラ司祭。それにケント司祭も。よく来てくださいました。あちらにアイヴィー神官たちがお待ちです」
ここの施設の責任者みたいな人が出てきて挨拶をする。人の良さそうな年配の男性で、動きやすさを考えてか、脛まであるローブを着、その下にズボンをはいている。全体的なイメージは、魔法使いだ。ここって魔法の施設なのかな?
「あーんもう、アイヴィーったらいつも早いわねぇ! さ、みんな早く行きましょ
入ってすぐはホールのようになっている。床は石畳とかではなくて、地面が続いており、正面には荷車ごと入れるような大きな扉があった。アイヴィー神官たちがいると言われたのは、入って左側にある荷車とかは通れそうにない普通の大きさの扉だ。右側にも、左側と同じくらいの大きさの扉がある。
「アイヴィーたちも待ってるし、早く入りましょ~!」
レイラ司祭はそう言うと、ドアを開けて中へと入っていった。
つい大人びた話し方をするマリー。作中みんな英語で話しているのですが、前世での英語教育に加え、三歳まで聖女様に育てられたので、そもそも幼児がどんな話し方をするのか分かっていません。同い年の知り合いもいませんしね。
以前エルフのフーリアにもらった絹のスカーフ、それは今も頭に巻いています。サークレットのフェルナンドを隠すためなので、巡礼用ローブを着ている今になっても外せず。……もっとも、以前の町娘(村娘?)スタイルにも合っていたとは言いがたいのですが。さてさてどうなるのでしょうか?