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第87話 マリー、初めての都会にはしゃぐ。

「ねえ、あなた! 今朝方エドワード様と話していたでしょ!」


 次の日、顔を洗っていたらアイリーンにつかまった。


「うん、エドワード神官にお話を聞いてもらってたんだよ」


 わたしが顔を拭きながら答えると、アイリーンはさらにまくしたててきた。


「もう! エドワード様のお手をわずらわせるなんて、何てずうずうしいのかしら! だいたいあなたのようなちびっ子は、そんな将来のことなんかで頭を悩ませる必要なんてないのよ! お分かり!?」


 ……確かにそのとおりである。わたしも、三歳の子どもがそんなことで悩んでいたら、何やってんのって一笑に付しただろうな。わたしは思わず苦笑した。


「……とにかく! どうせ大きくなったら、たくさん悩むことが出てくるのよ! ちびっ子のうちくらい呑気にしてなさいよ!」


「そうだね、分かったよ。ありがとう!」


 話は終わったと思い、わたしがその場を離れようとすると、さらに呼び止めてきた。


「わたしはちびっ子の面倒を見たことがないの! だから、わたしがあなたのこと面倒見てあげるわ! 感謝しなさいよね!」


 アイリーンはそう言うと、馬車の方へと走っていった。ちらりと見えた横顔が何だか赤かった気がする、ほんと、素直じゃないんだから。ちょっと意味が分からなかったけれど、わたしは彼女の不器用な心遣いが嬉しくて、顔をほころばせた。



◆◆◆◆◆



「わあ、すごいわ! 一面の畑ね! 全部ラースゴウで食べるのかしら?」


「いや、一部は君たちのカレンディアやスターリーにも行ってるよ。そちらからも運ばれてくるしね。それにもちろん、エディーナへも。ああ、向こうの方では牛も飼ってるよ」


 シンシアが感嘆の声を上げた。見るとラースゴウの手前には、ずっと畑が広がっていた。その広大な畑には今は野菜が植わっていて、そこで働いている人の姿も見える。ところどころに民家や倉庫らしき建物が建っていた。チャーリーさんによると、ラースゴウの町本体とここらの農村部は、もともと離れていたらしい。ラースゴウの人口が増えるにしたがって町はどんどん大きくなり、今ではほぼくっついてしまったとか。


「もともとは今まで見てきたような荒れ地だったのに、よくこれだけ開墾できたわよねぇ。まぁ、ここの人口もずいぶん増えたし、働き手も売り先も多いものねぇ。あ、あなたたちラースゴウは初めて?」


 コートランドの人口は、ほぼ首都エディーナとここラースゴウに二分される。あと大きめな町といえばスターリーくらい? そのほかはカレンディアのような、こぢんまりとした町が点在する。で、転生して初めて大都会を見たわけだけど……。


「でっか! なんだこりゃあ!」


「きゃあ、人がたくさんいらっしゃるわ! 今日は何かのお祭りなのかしら?」


 しばらく馬車を走らせ、町本体に着いたわけだけど。大きな門をくぐり抜けると広い目抜き通りがあって、両側に四、五階建ての建物がずらっと並んでいた。五階建てよ!? こっちに来て初めて見る高層の建物群にわたしたちは驚愕した。門に近づくにつれて人家は多くなってきたけど、人の数がとりあえず多い! もうカレンディアの十倍、いや二十倍では効かないんじゃないかしら!


「もう、あなたたちったら! まったく田舎者丸出しよね! 恥ずかしいったらありゃしないわ! 言っときますけど、何日か後に行くエングラードのロンドーなんて、もっともーっと都会よ! 人も多いけど、すごく洗練されているんだから!」


「なぁ、アイリーンってロンドーに行ったことあんのか?」


「もちろんよ! だってわたしの生まれ故郷ですもの! 着いたら案内してあげるわ!」


 テオの質問に、胸を張って答えるアイリーン。エドワード神官はちょっと離れたところで目頭を押さえているし、どうしたのかしらね?


「さてと、今日の宿に荷物を置きに行こう。それからは自由にしてていいよ。わたしはアイリーンと一緒に、ラースゴウのソーレ教神殿に挨拶に行くつもりだよ。マール教の教会も近くにある。宿の周辺にはお店も多いし、町全体も治安はいいから心配ないよ。ああ、エミリアも一緒に来るかい?」


 馬車から荷物を下ろし、御者のエヴァンスさんたちに別れを告げると、わたしたちは宿に向かって歩き出した。チャーリーさんはわたしたちとほぼ同じ方向にお店があり、イブリンさんは向こうに見える小高い丘にある学校の近くに住んでいるらしい。


「あなたたち、気をつけてね。またラースゴウに来ることがあったら、あたしのとこにも寄っとくれよ!」


「イブリンさん、さようなら」

「またねぇ!」


 途中でイブリンさんに別れを告げたわたしたち一行とチャーリーさんは、おしゃべりをしながら歩いていく。見るものすべてが新しく、興味深い。もう子どもたちは、ワクワクが止まらない感じだ。


「ねえねえ、あの看板は何を売っているお店?」


「あ、見て見て! あれ何だろう? おいしそうだよ!」


「……もう、あなたときたら! 驚くほどオノボリさんよね! ……まあ、まだちびっ子なんだし、しょうがないのかしらね!」


「こら、マリー! 先に行っちゃダメだろ!」


「そうよ、マリー。わたしと手をつなぎましょう?」


 ……いちばんはしゃいでいたのは、どうやらわたしらしい。

 

 ()大人らしく少し冷静になってみると、カレンディアとの違いが浮き彫りになってくる。たとえば、ラースゴウのほうが識字率が高いのか、看板には文字が使ってある。カレンディアは絵だけだったのにね。


 また、人が多いのはもちろんのこと、お店の数も多い。そして行き交う人たちが、何だか洗練されている感じだ。今は真新しい法衣を身にまとってるからいいけど、いつものツギハギだらけの服だったらちょっと恥ずかしかったかも。同じことを思ったのか、女の子三人顔を見合わせた。


「ああ、着いたよ。ここが今日の宿だ。ちょっと狭いけど、今日はベッドに寝られるから我慢してくれるかい?」


 エドワード神官が一軒の宿屋の前で止まった。マルタさんのところみたいに、一階が食堂で二階と三階が泊まるところのようね。たしかに他の建物と比べるとこぢんまりしてるけど、全体的にこぎれいな感じだし、何より目の前の食堂でみんなが食べている料理を見ると、もうここしかないよねって感じがする。子どもたちはみんな、目を輝かせてテーブルの上の食事に見入っている。


「ここの料理は絶品ですよ。ではわたしはこれで。家で家内の手料理を食べることにします。妻の料理もすごくおいしいんですよ! そうそう、わたしのお店はここをもう少し行ったところにありますんで、どうぞ後ででも寄ってください。サービスしますよ。では」


 チャーリーさんはそう言うと、いそいそと自分のお店へと帰っていった。わたしたちも、口々に別れの言葉を言う。


「さあ、手続きをしたから。荷物を上に置きに行こう。それからお昼にしようか?」


 お腹が空いてたまらないわたしたちの様子を見て、手早く手続きをしたエドワード神官がそう言うと、わたしたちはわっと階段を上っていった。

 現代日本に暮らしていたマリーですが、こちらで初めて見る大都会に大はしゃぎ。わくわくが止まらない感じです。子どもたちも、ラースゴウのような都会に来たことはありませんでした。


 家出同然に飛び出してきたアイリーンのことを、エドワードはかなり心配していました。故郷ロンドーのことを話す彼女を見て、彼もほっとしたようです。アイリーンは、幼い弟や父、祖母たちと和解できる日は来るのでしょうか?

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