第85話 マリー、出発する。
何やら「いいこと」を思いついたマリー。三歳児とは思えない悪い顔をしていますが、うちの三歳児もよく悪い顔をしています。
「! みんなで行くって、何言ってんだマリー?」
「そうよ、この中ではエミリアだけが呼ばれているのよ? わたしたちが行ったって……。それにお金はどうするの?」
「うふふふふ。エミリア姉ちゃん以外は旅行だよ、旅行。旅行がてら姉ちゃんを見送りにいくの。ローマリアがソーレ教の国だからって、ソーレ教徒以外を完全にシャットアウトしているわけじゃないと思うよ。きっと観光客だっているはずよ? お金の件は大丈夫。いい金づるがいるから! ついでに案内人も融通してもらうんだから!」
「み、みんなでお出かけするなんてすてきね! でも金づるって?」
エミリアが、三歳児とは思えないほど悪い顔をしたわたしに、少し引きながら言った。シンシアもテオも、若干引き気味であるが。ちょ、ちょっとみんな、引かないで!
そこでわたしはお母さんの形見の剣のことを話した。剣を渡したお礼としてわたしたちの分の旅費と、腕の立つソーレ教の人を誰か紹介してもらう。その人の引率で行けば、わたしたちはいい思い出が出来るし、案内人は聖地ローマリアへ行けるし、大神官およびソーレ教全体の面目も立つというものだ。
「コートランド中にマール教の教会を建ててもいいって言ったのよ? ぜーんぜんぼってないと思うわぁ!」
「……すてきね、マリー。でもお母様の形見なんでしょう? 手放してもいいの?」
心配そうに言うシンシアに対し、わたしは首を振った。
「わたしじゃあの剣は使えないんだもの。テオ兄ちゃんも使えなかったから、きっとあれはソーレ教の人しか装備できないのよ。エドワード神官に託して、それでアンデッドたちを一掃できたからそれでいいわ。無事に使用者として認められたみたいだし、そこから先はソーレ教内部の問題よ。わたしが後生大事に持っているより、活用してくれた方があの剣も喜ぶと思うの」
「そっか。おまえ太っ腹だな!」
うん。まあ、あんな宝剣を持っていて、命を狙われたりするのが怖いという気持ちも、もちろんある。シンプルな造りだけど、見る人が見れば業物だって分かるし、いつまでも隠し通せないもんね。ソーレ教に恩もうれたし、一石二鳥って感じ?
「みんなで一緒に行けるのなら、わたくしも頑張れるわ! 最後にみんなで思い出を作りましょう」
「そうだな。ローマリアが遠いからって、通信手段はあるわけだし、いざとなれば行けるもんな。よし、みんなで行くぞ!」
乗り気になった子どもたちと一緒に、高司祭様に伝えにいった。マイア司祭の口元が少し引きつっていたけど、気にしちゃいけない、今さらよ! そしてトントン拍子に話が進んでいった。
◆◆◆◆◆
「ちょっと! 何でわたしがあなたたちの護衛をしなくちゃならないの!? ……エドワード様と一緒に聖地に行けるのは嬉しいけど!」
「ははは、長旅になるけどみんなよろしくね」
大神官様におねだりした結果、なんとエドワード神官とアイリーンが同行してくれることになった。カレンディアの神殿のトップツーがいなくなると、留守番組は大変じゃないのかしら? でも、この人選にあの不器用な人の愛情を感じられて、わたしの顔はほころんだ。
「大神官様がエディーナから人を派遣してくれることになったんだ。わたしも、『切り裂くもの』の件を報告したいし、アイリーンもまだローマリアには行ったことがないからね、良い機会だよ」
にこやかに言うエドワード神官。彼も、あの二人の確執に心を痛めていたから、心は晴れやかなのだろう。
「では、くれぐれも気をつけて。エドワード神官、アイリーン準神官、皆を頼みましたよ」
「承りました、マイア司祭。みんなのことは、わたしたちにお任せください」
今回マイア司祭は、もちろんお留守番だ。クリスティアーノ高司祭様もカレンディアに人を派遣してくれて、とりあえずこの町も安泰だ。仲の良い人たちの見送りを背に、わたしたちは出発した。
そうそう、高司祭様といえば、わたしたち四人に新しい服を用意してくれた。それも着替えも含めて五着も! わたしとシンシアにはマール教の巡礼用法衣をそれぞれ二着ずつ。巡礼用は普通のよりもスカートの広がりが少なくて、丈もふくらはぎまでだ。それに濃紺のマント。これもマール教徒専用だ。このセットだと、ずいぶん守備力が上がった気がするわぁ。それに普段着が二着というか二セットだ。こう、上下に分かれる服を着ると、自分が裕福になった気がするので不思議だ。
テオはマール教徒ではないので、普段着が二セット。それに革でできた胸当てに、革手袋が一双。これは肘まである長いものだ。それに焦げ茶色のマント。エミリアのは、まぁ、実際に用意したのはエドワード神官だろう。巡礼用の真っ白な法衣が三着に、同じく真っ白のマント。ソーレ教の人たちは、いつもパリッとしているからか、法衣の着替えが多い。白は汚れやすいしね。
「まだマントは暑いから、リュックの中にしまっておくといいわね」
あ、あとリュックサックももらってしまったの。至れり尽くせりね! その中に着替えと、食器セット、タオル代わりの布きれが数枚入っている。わたしにはちょっと重いけど、基本的には馬車で移動するから大丈夫だ。あとエドワード神官とシンシアが、お鍋なんかを持っている。キャンプっぽいわぁ。
「明日の昼には、ラースゴウに着きやすぜ。嬢ちゃんたち、長旅は初めてかい? 馬車に酔ったら言いな! 汚されでもしちゃあ、たまったもんじゃねえ!」
がははと豪快に笑うのは、今回の御者の一人エヴァンスさんだ。交代要員も入れて、この便は二人で運行しているらしい。
「ラースゴウまでは一日と半かかるからなぁ! 途中野宿するんだが、夜の見張りもいるしなぁ! ただ今回は、戦力的には問題なさそうだ。神官戦士様が二人もいるもんな!」
基本的には道中平和らしい。ただ、万が一のことも考えて、腕っぷしの強そうな人を御者にしているし、長距離便は交代要員がいる。今回は戦力が多いとのことで、エヴァンスさんの相棒は新人のジャックさんだ。緊張しているのか、口数が少ない。
「でもまぁ、おれたち御者だけで運行できるたぁ、やっぱりこの国は平和だぜ。こないだ大陸から流れてきたやつが、乗合馬車に傭兵をつけてねえことにびびってやがった!」
今回の馬車のメンバーは、わたしたち六人に、カレンディアの先にある大きな街スターリーに娘さんを訪ねにいった帰りのおばちゃん、ハイランドに商品の買い付けに来た商人のおじちゃんの計八人だ。馬車の定員十名に満たないため、おじちゃんの荷物が少々多くても、そこまで窮屈なこともない。
「ここから先はずっと草っ原で特に見るものはねぇが、たまにウサギなんかもいるぜ。ちょいと探してみな。ああ、あとだいたい鐘二つ分くらいのところに、湧き水がある。そこで休憩だ」
……今気がついたんだけど。エヴァンスさんとジャックさんは御者台にいて、わたしたちは箱馬車の中にいるんだけど……、よく車内のわたしたちまで声が通るわね……。声が大きくよくしゃべるエヴァンスさんの声を子守歌に、昨日は興奮して眠れなかったわたしは、うとうとと眠りについた。
馬車に乗って最初の経由地ラースゴウへ。泊まりが入るようなルートは、基本二人体制で運行しています。結構ホワイト! カレンディア~ハイランドみたいな近距離は一人です。