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第84話 マリー、良いことを思いつく

「ええっ! わたくしがローマリアの枢機卿(カルディナーレ)様のもとで暮らすですって!?」


 翌日の朝、高司祭様の言葉を聞いたエミリアは、思わず叫んでいた。他のみんなも、一様に驚きを隠せない。


「ああ、そうだ。お前の能力は、こんな片田舎で腐らせていいものじゃない。知り合いの枢機卿(カルディナーレ)を紹介してやる。そこで一層研さんしろ!」


「き、急ですね、高司祭様。ただ、ここで暮らすよりローマリアに行ったほうが、本人のためになるでしょう。良いお話だとは思います」


 マイア司祭がそう言ってエミリアの背中を押したが、シンシアやテオは納得がいかないようだ。


「でも……でもローマリアに行っちゃったら、もう会えなくなっちゃうのでしょう? そ、それは寂しいわ……」


「そうだぜ! 今までずっと一緒にいたんだ! ……エミリアがどっかに行っちまうなんて、おれは絶対嫌だ!!」


「ねえ、エミリア姉ちゃんはどうしたいの?」


 わたしの問いかけに、エミリアは心底困った様子でもじもじとしていた。


「こ、こんなお話は滅多にないと思うわ……でも、シンシア姉様やテオ兄様、それにマリー、あなたともお別れになるのでしょう? それは……つらいわ……。それにローマリアは遠いのでしょう? 一人で行けるかしら?」


 ここカレンディアからローマリアまでは、かなり遠い。まず隣国エングラードの首都ロンドーまで行って、船でフランシアまで渡る。それからは延々と陸路を行くらしい。ロンドーまでは馬車で二十日間、ロンドーからフランシアのマリティームまで船で十日間。それから一ヶ月間馬車で走って、また十日間の船旅だとか。……ずいぶん遠いわね……。実際はなんだかんだで三ヶ月の旅だとか。


「ロンドーから船で行く手もあるぞ。ルトーガ回りだ」


 そちらは少し早くて、二ヶ月半かかるらしい。お値段もそこまで変わらないけど、道中寄港地に寄るとはいえ、ずっと海ばかりだとちょっと飽きそうね。


「もしもローマリアに行きたいのなら、遅くとも来月の半ばには出発したほうがいいですわ。冬に入ると、山間部では雪も積もりますし……」


 アリスィ司祭がそう言うと、エミリアは小さな声で、考えてみますと言った。


 エミリアは年の割にはしっかりしているが、まだ八歳の女の子だ。言語が一つしかないから言葉の問題はないとはいえ、コートランドから出たことのない子どもが、エングラードからフランシアを通ってそれからローマリアまで行けるのかしら?


「旅費はおれが出してやるっていうのに……」


 エミリアが喜んで行くと思っていた高司祭様は、少し不満げだ。


「まあまあ。他の国に一人で行くとなると、やはり大変なものですよ。お姉様の従者が途中まで迎えに来てくれるでしょうけど、それでもフランシアとの境まででしょうし」


「おい、マイア、お前はどう思う? おれは、こういうのは早ければ早いほどいいと思うんだが」


「難しいですね……。エミリアはまだ八歳ですし、それにソーレ教徒としての教育は、まったく受けていません。そういった意味では少し早いかなと思われます。そうは言ったものの、こんなすばらしいお話は滅多にないですし」


「くそう、せっかくダイヤの原石を見つけたと思ったのに! あの大神官め、もともとあいつが狭量なせいで、せっかくの原石が無駄になるではないか!」


「せめてお迎えの方に会うまで、誰か信頼のできる方とご一緒できればいいのですが」


 マイア司祭も道中が心配なようだ。前世でも心配なくらいの距離なのに、この世界には魔物がいるのだ。


「コートランドのソーレ教徒の方にご相談になってはどうでしょうか? ローマリアまで向かう方がいらっしゃれば、ご一緒してもらうとか。そうすれば、エミリアさんもお勉強になりますし。……もっとも、最終的にはご本人が、皆さんと別れてまで行きたいかなんですけどね……」


 アリスィ司祭も考え込む。


「アリスィ、おれたちはもっと子どもの頃から親元を離れて各国を飛び回っていたではないか? おれたちにできて、あの娘にできないとは……」


「お言葉ですが、お兄様。わたくしたちには、お互いがおりました。ずっと一緒でしたお兄様と離れるのが嫌で、わたくしはコートランド行きを決めたようなものです」


「むう……」


 司祭たちが考え込むのを見つつ、わたしはエミリアのもとへ向かった。エミリアはシンシアやテオと一緒に、玄関の石段に座っていた。三人とも無言で、わたしが来たことにも気がつかない。わたしも一緒になって座り込んだ。


「! ……ああ、マリー」


 エミリアが顔を上げた。


「ねえ、わたくしはどうしたらいいのかしら? あんなに聖地ローマリアに巡礼したかったのに、いざ行けるとなると怖いのよ。行けるだけでなく、そこで生活できるなんて、とても幸せなことだというのに!」


「おれは……エミリアに行ってほしくない。マリーがさらわれたときだって、気が気じゃなかったんだ。離れてしまうのは寂しい……」


「そうね……たしかにいつかは違う場所で暮らすことになるとは思ってたけど、それでもコートランド国内のことだと思っていたわ。わたしも、大教会があるルトーガへは行ってみたいけれど、いざ行くことになったらとまどうでしょうね……」


 付き合いが短いわたしでさえ、寂しく思うのだ。長いこと一緒に暮らしてきたこの三人なら、なおのことである。


「でも……、でもお前が行きたいのなら、おれは止めないぜ! エミリアの夢は全力で応援する!」


「そうね、こんなお話はめったにないもの。ローマリアでも、エミリアならちゃんとやっていけると思うわ……でも……」


 強がるテオに、やはり不安なシンシア。エミリアも、同じく不安なんだろう。行きたい気持ちと離れがたい気持ちで揺れている。


「ねえ、みんな。わたしに良い考えがあるんだけど」


「? どうしたの、マリー?」


「良い考えだって?」


 子どもたちの視線を集めながら、わたしはニヤリと笑う……って、高司祭様の影響かしらね?


「みんなでローマリアに行くのよ!」


「えー!?」

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