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第82話 マリー、胃痛を経験する。

 さて、いよいよ晩餐会です。どうなることやら?

 晩餐会当日、立派な箱馬車が迎えに来た。自分専用の法衣に身を包み、こんなお貴族様みたいな馬車に乗ることになるなんてと、わたしは緊張でドキドキしていた。隣では、さらに立派な法衣に身を包んだ高司祭様が、上機嫌で迎えの人に挨拶をしていた。


「さあ、行くか」


 挨拶が済んだあと、わたしたちは馬車に乗り込んだ。外見も立派だったけど内装ももちろん豪奢だ。わたしには場違いな気がして、何だか気後れしていた。高司祭様はなれた様子で、わたしが乗り込むのを手助けしてくれる。


「ははは、マリーはこんな経験はまだないか。せっかくの機会だ、思う存分堪能しろ。なめられたらしまいだ、胸を張って堂々としていろ」


 なめられたら終わりって……どこのギョーカイよ! ……と思ったけど、高司祭様なりにわたしを気遣ってくれてるんだと思いなおし、わたしはこぶしを握りしめた。うん、徹夜仕事でお直ししてくれたシンシア、帯に魔力を込めながら刺繍を施してくれたアリスィ司祭、心配そうに見送ってくれた他のみんなの顔を思い浮かべると、何だか勇気が湧いてきた。やるぞ、わたし!


 そして馬車は揺れのないようゆっくり進んでいったが、もともと広くはないカレンディア。すぐにソーレ教の神殿に着いた。


「ようこそいらっしゃいましたな、クリスティアーノ高司祭殿、マリー司祭殿」


 神殿の前に立っていたのは、恰幅のいい体を真っ白なローブで包んだ初老の男性だった。大神官だからなのか、金色の帯を首からかけている。にこやかに話しかけてはきたけれど、眼鏡の奥が笑ってないのが気になるわぁ。


「本日はお招きくださり、ありがたく存じます」


 高司祭様がぱっと礼をとったので、わたしも慌ててそれにならう。


「ああ、よいよい、そのような……どうぞお楽に。さあ、われらが神殿にお入りください」


「はっ、ありがとうございます」


 大神官様のあとについて、神殿内に入っていった。さすがというべきか、うちの教会とは大違いで大きく立派な建物である。広い礼拝堂を過ぎ、奥の方にある食堂に通された。普段はここでエドワード神官たちが食事をとっているんだろうけど、今日は真っ白なテーブルクロスに並べられた美しい食器にグラスたち。前世でお呼ばれした披露宴のようだと思ったわ。見知った人たちが壁際に並んでいるのが見え、わたしは少し心強くなった。


「さあさあ、おかけください。さっそく食事を持ってこさせましょう」


 大神官様がそう言うと、並んでいたソーレ教の人たちがぱっと動いた。そして高司祭様とわたしは席に着き、料理が来るのを待った。さあ、晩餐会の始まりである。わたしはうずたかく積まれたクッションの上で気合いを入れた……背が低いんだからしょうが無いじゃない!


 最初に出てきたのは、いわゆる前菜である。スライスされたフランスパンの上に、トマトと生ハムが載っていたのには驚いたわ! こんなの、前世と変わらないじゃないの!


「高司祭様、これって……?」


「ん? ああ、このパンか? これはエングラードの南に位置するフランシアでよく食べられているやつだな」


 トマトは孤児院の菜園にも植えているからこっちでも食べたことあるけど、こんなおいしいパンや生ハムは、もちろんこちらでは食べたことがない。特に驚いた様子もなく談笑しながら食べる高司祭様を見て、わたしはこちらの食生活が身分に直結していることを改めて知ったのだった。


 次に出てきたのは、スープ、魚料理、肉料理……って、これってまんま、披露宴みたいよね! そしてまだ三歳児のわたしは、魚料理の時点でもうお腹いっぱいだ。


「ははは、普段はわたしは粗食なのですがな。今回はお若いお客人をお招きするということで、料理人に腕を振るわせましたぞ。さあ存分に召し上がれ」


 大神官様はそう言って、分厚いステーキを口に運んだ。いや、年の割にはよく食べますよね、あなた。その体型も相まって、まったく説得力が無い。


「さすがでございますね、大神官様。先ほどのムニエルといい、これだけ質の良い食材をお集めになるのは大変でしたでしょう?」


「いいやなんの。若くして高司祭にまでなられたクリスティアーノ殿のためには、労を惜しみませんよ。ああ、貴殿がお持ちくださったワインもすばらしいですな。よく飲まれるのですかな?」


「いえいえ、わたくしはまだお酒はたしなみませぬ。お口に合うと良いのですが」


 肉も魚も、あれだけの上物となると、カレンディアで調達するのは難しい。いったいいつから準備したんだよと、わたしは心の中で毒づいた。なお、お酒はドワーフの集落が近いためか、大枚をはたけばいいものが手に入りやすい。それを今回は手土産としたのだ。


「それにしても、貴殿はまだお若いのに、高司祭にまでなられるとは。やはりルトーガの()()は違いますなぁ」


 王族という単語に妙なアクセントを置かれれば、高司祭様もすぐ、


「いえいえ。ルトーガの国教はたしかにマール教ではございますが、王族といえど信心深さが足りない者ばかりで……」


と返す。そんな感じで「なごやか」に会は進んでいった。給仕をしてくれているエドワード神官たちは顔が青いし、わたしも胃が痛い。そして、アイリーンはまったく姿を見せなかった。さすが大神官や高司祭にもなると、メンタルの強さがハンパないのね! わたしは妙なところで感心してしまった。


「ああ、マリー司祭殿も、そのようなお小さい体で司祭になられるとは……。マリエラさまは年若いかたがたにも()()でいらっしゃいますなぁ」


 サッと、隣の高司祭様の顔色が変わった。いくらこの世界の宗教が多神教とはいえ、相手の信奉する神さまをおとしめるのは御法度だ。給仕の神官たちは顔が真っ青になり、さすがのエドワード神官も小声でたしなめているが、大神官はどこ吹く風だ。


「ええ、さすがに司祭の位までは賜ってはおりませぬが、『祝福』の奇跡までは使えますのよ。これもマリエラさまのご加護のたまものですわ」


 それまで借りてきた猫のようにおとなしかったわたしだが、ついに声を出してしまった。しかもどこの三歳児だよというしゃべり方で。それで冷静さを取り戻せたのか、高司祭様も元の調子に戻った。


「ああ、彼女はわたくしでもお目にかかったことのないサンタンさまやマリエラさまに、直接祝福いただきましたからね。よほど神々に目をかけられているのでしょう」


 しかし、大神官も負けてはおらず、


「おやおや。マリエラさまを信奉しているのにもかかわらず、サンタンさまの祝福をも得ようとするとは。いやはや最近の若い方というのは、たいそう欲が深くていらっしゃる。清貧を旨としている我々にはうらやましい限りですな」


と返してきた。ちょっと待って、わたしは神さま相手にどうこう出来る立場じゃないでしょ?


「さようでございますね、身に余る光栄ですわ。この身はマリエラさまに捧げておりますのに、サンタンさまの()()()()祝福を授けてくださるなんて。わたくしのように若く未熟な者には、神々の深いお考えが分かりかねますもの」


……言ってて自分でもおかしくなる。誰か三歳児(わたし)にツッコんでと思うけれど、もはやカオスとなっている会場には、冷静にツッコんでくれる人は残っていないようだった。


「神々がこの子に何を望んでいるかは、わたくしにも分かりかねます。ただ、コートランドを任された高司祭といたしましては、彼女の成長に協力を惜しまないつもりでありますよ。若い者の教育は年長者の務めゆえ」


 ニコニコしながらさらに追い打ちをかけていく高司祭様。ああ、だめだ。今回はブレーキ役のアリスィ司祭とかがいないから、二人して暴走している感じだ。


「あ、あの皆さん! ……締めのデザートを持ってきてもよろしいでしょうか……」


 給仕役の神官さんが、何とかそう絞り出すように言った。

 転生して初めてのおいしいご飯に圧倒されるマリー。庶民の食事は貧相ですが、大神官や高司祭ともなると現代と同じようなものも食べられます。主に流通の関係ですね。「なごやか」な食事会、無事にデザートまで食べられるのでしょうか?

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