第8話 マリー、お墓参りに行く。
「ようこそ、カレンディアの町へ!」
「墓参りの前に、おれたちが町の案内をしてやるよ」
次の日、孤児院の子どもたちが、町の案内をしてくれることになった。いちばん年上の子がシンシア。十五歳の女の子で、わたしの様子を見に、ちょくちょく来てくれていた子だ。薄茶色の髪は背中まである。やんちゃそうな男の子が、テオだ。八歳で、くすんだ金色の髪をしている。好奇心旺盛な目で、わたしのことを興味深そうに見ている。あと一人、女の子がいる。ウェーブのかかった光り輝く金色の髪を、真っ赤なリボンで一つに結んでいる。顔立ちも派手な感じだ。年齢は七歳ということだが、かなり大人びて見える。名前はエミリアだ。
三人について、カレンディアの町を歩いて行く。人口は二百人ほどで、人間の姿だけでなく、ドワーフの姿もかなり多い。
「この町は、ハイランド自治区の入り口なの。だから商人や冒険者もたくさん来るの」
え、冒険者? ここの世界にも冒険者ギルドとかあるのかな? ハイランド自治区はドワーフの集落で、山岳地帯だそうだ。
「うん、ドワーフのつくるものってすんげーんだぜ!」
墓地は町の外れにあるらしい。シンシアとテオの二人は、道すがら案内をしてくれる。もう一人のエミリアはと言うと、一言も言葉を発しない。わたしに向ける視線は感じるんだけどね。
「おれもさぁ、大きくなったら冒険者になるんだ! そしていっぱいお金をかせぐんだぜ。すごいだろう? それですんごい魔法剣を買って……」
テオは楽しげに、ドワーフの作る武器について話す。十五歳にならないと冒険者になれないらしい。それで今は木の棒で剣の特訓中だそうだ……まぁ、チャンバラごっこかしら?
「ここが中央広場よ」
カレンディアは中央に大きな通りがある。前世っぽく言えば、片側一車線くらいかしら。通りの長さは二キロないくらい。そこまで大きくない町だ。通り沿いにはいろいろなお店が並んでいて、人通りも多い。町の中央部は広場になっていて、中心部にはこぢんまりとした塔がある。てっぺんには大きな鐘があって、時間を教えてくれるらしい。
「これが武器屋で、それが防具屋。向こうのあれが薬草の店。で、あのでっかいのが冒険者ギルドなんだ!」
テオは、二言目には冒険の話をする。どのお店も看板があったが、店名は書かれていない。わたしたち英語で話しているから、字も読めるはずだもんね。代わりに武器やら鎧やらの絵が描かれている。辺りを見回しても文字が見当たらないし、識字率って低そうね。ああ、本が読みたいわぁ。
冒険者ギルドは一際大きな石造りの建物だ。学校の体育館ぐらいあるんじゃないかな? いかにも冒険者! って格好の人たちが出入りしている。RPG好きとしてはわくわくする。わたしも、十五になったら冒険者登録しようかしら。
この町は大通り沿いにお店が集まっていて、個人宅は道を一本入ったところにある。ハイランド自治区方面に向かって、大通りの左側に一般の人の家が、右側に裕福な人の家が並んでいる。左側の家でも、大通りから遠くなるにつれ貧しくなっていくようだ。ちなみにわたしがずっとお世話になっていたマルタさんの宿は、自治区方面とは反対側の入り口付近にある。孤児院も近くらしい。
「あ、ほら。向こうに見えるのがソーレ教の神殿よ。だいたいどの町にもあるわ」
真っ白な四角い建物が見える。冒険者ギルドほどではないが、そこそこ大きな建物だ。縦長の窓がずらっと並んでいる。入り口は大きな木の扉だ。その扉の上、二階部分には、太陽をかたどったようなステンドグラスがある。こっちでもステンドグラスが見られるなんて! 中を見てみたいな、わたしマール教徒だけど。
「マール教の教会はないの?」
「マール教の教会は、スターリーにあるわ。歩いたら二日ぐらいかかるのよ」
シンシアはそう言うと、ちょっと声を落とす。
「……わたしたちの孤児院は、もとはマール教の教会だったのよ。ただ司祭様が亡くなって、後の人が来なかったけどね。スターリーの教会にも、一人しか司祭様いないし……」
シンシアによると、コートランドはマール教の力が弱いそう。生まれたときから孤児院にいるシンシアは、マール教信者ではあるんだけど、まだ修道女だそうだ。修道女とか司祭といった階級(というのも変だけど)は、使える神聖魔法のレベルによるらしい。ちなみにテオは神さまを信じて無くて、エミリアは熱心なソーレ教信者だとか。
「マイアはおれたちに飯をくれるし、まぁまぁいいやつなんだけどさ……神さま神さまうるさいのがな……」
「テオ、マイア司祭のことを呼び捨てにしない!」
マイア司祭は、スターリーの唯一の司祭様らしい。孤児院の運営は、マイア司祭が毎月持ってくるお金と、シンシアたちのバイトでまかなっているそうだ。いちばん上のシンシアでさえ十五歳なので、バイトと言ってもそんなに稼げるようなものではない。マルタさんの宿屋で手伝ったり、シーナさんの薬草を採りに行ったり。孤児院の生活はキツキツみたいだが、よくそんな状態で三歳児を受け入れようと思ったわねと、ちょっと上から物を言ってみる。もちろん、心の中でだけど。
これまで一切しゃべっていなかったエミリアだが、ソーレ教の神殿の前を通るときは違った。神殿の方を向くと、膝をついて両手を胸の前でクロスさせた。ソーレ教のお祈り方法らしい。
「光あれ」
第一声がこれかと思いつつも、これから仲良くしていければいいなと思う。孤児院の三人とも、わたしの子どものような年齢なので、みんなと仲良くしたいのだ。ちなみにマール教のお祈りの仕方は、膝をつくところまでは同じだけど、胸の前で手を組む。お祈りの言葉はないけど、お母さんは大体マリエラさまの名前を唱えていたな……と、ちょっとしんみりしてしまった。
「あ、マリー。おまえの母ちゃんのお墓が見えてきたぜ」
町外れ、と言っても町を囲う塀の内側なんだけど、そこにお墓が並んでいた。木の棒があちらこちらに立っている。これは平民用のお墓だから墓標は木の棒なんだけど、大通りの向こう側、ソーレ教神殿の裏手の墓地は、墓標は石だそうだ。で、お母さんのお墓にももちろん木の棒が立っていて、それはまだ新しかった。
「マリー、あなたのお母様マール教だったみたいだけど、わたくしのやり方でお祈りしてもよろしいかしら?」
エミリアが言った。見た目貴族というか、ラノベの公爵令嬢っぽいなと思っていたけど、話し方も上品なのね。お母さんのために祈ってくれるなら、何教だろうがかまわない。
「いいよ。エミリア姉ちゃん、ありがとう」
わたしがお礼を言うと、彼女は顔を真っ赤にした。そしてお祈りしてくれた。シンシアはもちろんマール教方式で。テオも目をつぶって、頭をたれていた。
わたしは真新しい墓標の前で、ぼんやりと立っていた。みんなお祈りを終えていたけど、黙ってわたしのことを待っていてくれた。
「マイア司祭が今度いらっしゃったら、お祈りをしてもらいましょう。無事に『海』に還れるように」
シンシアの声が聞こえた。『海』とは、マール教における天国のようなものだ。人は亡くなると、『海』に還ってそこで幸せに暮らすらしい。もちろん地獄にあたる海域もある。お母さんは、『海』で幸せに暮らしているだろうか。毎日マール教の話を聞いて、わたしは考え方がすっかりマール教徒になっているようだ。そうだ、あのお話の言葉でお母さんを見送ろう。わたしはひざまずくと、胸の前で手を組んだ。
「『海』に無事に還れますように」
その言葉を口にしたとたん、一気に体の力が抜けた。疲労感が半端ない。頭がずしんと重くなり、わたしは気を失ってしまった。