第79話 天才と呼ばれて (クリスティアーノ視点)
今回はクリスティアーノ高司祭視点。彼は恩寵持ちでこそありませんが、才気あふれる少年です。ただ、それゆえか、傍若無人なところもあり、周りの人間を振り回していることも……。
マリーと一緒に司祭室に入る。司祭用の机に腰掛けながら、マリーに座るようにうながすと、机の真ん前にあった椅子によじ登るようにして座った。さすがちっこいな、おれの半分ほどの背丈しかない。
「おいマリー、何か神聖語を書いてみろ。……そうだな、『解呪』なんてどうだ?」
そう言いながら、紙とペンを渡した。「解呪」は高レベルの司祭クラスの魔法だ。ふふ、我ながら意地が悪いと思うがな。
「はい。では……」
よどみなく、さらさらと神聖語を書いた。おれは驚きつつも、平静を装った。
「うむ、『呪いよ解けよ』だな。おお、合ってるな。では次は『祝福』の言葉は書けるか?」
「はい。『神のご加護がありますように』」
驚いたことに、これも正解だった。
「書けても魔法は唱えられないのですが。おもに魔力量の関係で……」
「そうか。まあ気にするな。お前の年くらいだと、よくあることだ」
おれは罪悪感が出たのか、落ち込むマリーに対し慰めの言葉をかけてやった。よくあること? いやこれは「滅多に」無いことだ。
そもそも、あれくらいの年齢で文字を書けるのはまれだ。おれは天才だったから文字が書けていたが、アルファベットがやっと書けるくらいだった。しかも筆記体ではなく、活字体だ。
「ああ、その文字は誰に習った?」
「はい、育ての母に習いました。母と言っても、ずいぶんおばあちゃんなのですが」
そう言って、少し笑った。おれもつられて笑ってしまう。
「ああ、以前言ってたな。お前もばあちゃん子だったな。ところで、一般文字は書けるのか?」
するとマリーは少し考え込み、自分の名前を一般文字で書いてみせた。
「ふむ、普段はこちらの文字を使うように。魔法文字だと、魔力を込めれば魔法が発動してしまうからな」
「はい」
もっとも文字の精霊を媒介に、ほかの精霊の力を借りねば、魔法文字の魔法は発動しないのだが。その年で魔法文字が書けるということは、あまり知られない方がいいだろう。
「はぁあ。なんでお前のような幼女が魔法文字を書けるというのに、あのシスターは文字が大して書けないのだろうな。それにあのガキ。神の存在を信じぬとは、まったくもってけしからん。……まあ、マール教の教会にソーレ教徒がいるのもどうかと思うが……」
おれは、わざとらしくため息をついた。高司祭に媚びをうって同意するか、仲間をけなされて怒るかのどちらかだと思ったが、マリーは真顔のまま逆に問うてきた。
「高司祭様は、どうしてシンシアたちがあまり字を書けないと思いますか? どうしてテオが無神論者だと思います?」
「ふむ。それは研さんを怠ったからだな。普通は幼少のころから文字を習うものだろう? おおかた、勉強を放棄し、遊びほうけていたに違いあるまい」
そう言いながら、おれは何人かの年の離れた兄や姉たちのことを思い出した。継承権が低い子どもたちは、得てして不真面目になりやすい。おれやアリスィはそんな兄や姉を見て、ああはなるまいと誓ったものだ。
「神を信じぬのは、もともと親の教育が悪いのであろう。信仰する宗教が違うのは、家庭の方針によるが、神の存在自体を信じないとはまったくもってけしからん。無神論者が存在するなんて嘆かわしいことだ! 普通に生活していれば、常に神の恩恵を享受しているではないか。それなのに、恩恵に感謝できないとは。ましてや存在を否定するとは、言語道断である!」
無神論者については、ついつい熱くなってしまう。ふうっと息を吐いて心を落ち着かせ、さらに続けた。
「……その点、お前は優秀だな。いつぞやは蛮族呼ばわりして悪かったな。お前のような者は、東洋系というらしいな。最近では、故国にも東洋から貿易船が来ているらしい」
ここで突然、マリーの目が大きく見開かれた。この娘には故郷の記憶は無いだろうが、自分のルーツは気になるのだろうな。
「東の方に、わたしの故郷があるのですか!?」
「ああ、はるか東の方、そこにはお前に似た民族の住む国がいくつかあるぞ。セイナやヤーハンといった国々がな」
「セイナにヤーハン……」
ぶつぶつとその名をつぶやくマリー。そして、はっとしたように顔を上げた。
「高司祭様! ……もしかして、ヤーハンはセイナより先にある島国だったりします?」
「ん? よく分かったな。極東の情報なんぞ、ルトーガでも一部の人間しか知らぬというのに」
「いつか……その『ヤーハン』に行ってみたいものですね」
そう言って屈託なく笑ったマリーは年相応で、ずいぶんと幼く見えた……って、三歳だったか。
そんなこんなで、おれたちはしばらく話し続けた。自分とレベルが合っている者と話すのは、全くもって面白い。……もっとも、三歳のマリーが十五のおれに「合っている」というゲンジツを認めるのは、少々癪ではあったが。それこそ同じ天才内にも格差というものは存在し、天才の上にはさらに「恩寵持ち」と呼ばれる者がいるからだ。
昔同じように呼ばれた者でも、長じて落ちていったやつもいる。おれの地位も決して磐石とは言えず、うかうかしているとマリーのようなやつに追い抜かれてしまう。それでもおれは、年長者の余裕というものを見せつけてやりたいと思った。
「マリーよ。お前と話すのは楽しいな。どうだ、これからもちょくちょく話さないか?」
「光栄です、高司祭様」
にっこり笑うマリーを見て、おれは人知れず安堵した。まったくおかしな話だ。
「そうだ。せっかくですので、ほかの子どもたちともお話してみてはいかかがですか? 先ほど高司祭様が疑問に思われたことを、直接尋ねてみればいいですよ。まずは高司祭様とシンシアとわたしとでお話しませんか?」
マリーがにこにこしながら、そう提案してきた。正直ほかのガキどもと話しても、何のメリットもない気がする。ただ、ここで断るのも大人げないと思い、おれは承諾することにした。
天才にも悩みはつきぬようで、「優秀」な三歳児マリーに興味を持ちつつも、恐れてもいるようです。マリーは転生者なので、人生経験の分優秀に見えるだけなのですが。そして、マリーは何か企んでいるようです。
高司祭を「神童」とすべきか「天才」とすべきか、かなり悩んでしまいました。「神」童ですと、恩寵持ちとかぶるな~と思い、天才に落ち着いたわけですが。もっといい言葉があれば、変更するかもしれません。