第76話 ある男の独白 (アーネスト視点)
今回は、アーネスト視点。事件のその後と、自分の心境について語ります。
マリーにエヴィーナのその後を伝えると、わたしは部屋から出た。サンタンさまによって記憶が封じられているため、恐らく意味は伝わらなかっただろうが。
エヴィーナのしたことは、実際取り返しのつかないことであった。しかし、情状酌量の余地もあるということで、自分の元主人を追うこととなった。つまり、精霊界への帰還である。
殉死といえば殉死ではあるが、消滅させられてしまうよりは、一度精霊界に還って新たに生まれ変わるほうがいいらしい。感情の精霊が主人も持たずうろついてまわるのは、治安の意味からも神々は避けたかったようだ。そして彼女はそれを受け入れた。
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「どっちみち、主人が死んだら精霊たちはそうなる運命だもの。ずいぶんと恩情をかけてもらったわ……」
エヴィーナがしみじみと言った。サンタンさまの態度がずいぶんと軟化していたが、ひょっとしてあの娘が何かしたのだろうか?
「あなたにも、……それにあの子にも迷惑かけたわね。何だろう、あの時あたしもカーッてなっちゃって、自分の感情に飲み込まれていたみたいね。あたしを捨てたグレイツィアに、ただただ復讐がしたくて、それが叶わないならせめてあの女の娘にと思っていたわ……。でもサンタンさまに叱られて、目が覚めたのかしら。ふふふ、あのお方があんなに怒るとこ見たことないわ。もっともお会いしたこともなかったけど」
そう言うと、エヴィーナは嬉しそうに笑った。そうしていると、まるで幼い娘のようだった。
「わたしは君に操られたことは後悔していないよ」
わたしがそう言うと、エヴィーナは大きな目を丸くし、そしてまた微笑んだ。
「優しいのね。いいのよ、気を遣ってくれなくても」
「わたしは幼いころから、ソーレ教の神官になるべくただひたすらに努力してきた。聖典に書かれていること、教会の神官様たちのお言葉がすべてだった」
ぽつぽつと、わたしは語り出した。別に彼女に気を遣ったわけではない。ただ、胸の内を吐露したいという気持ちになったのだ。
「特に才能があったわけでもなく、伝手があったわけでもない。同期が出世していくなか、わたしはただ真面目に頑張ることしか出来なかった」
要領も悪かったしねと、苦笑する。
「いつしか適齢期も過ぎ、孫がいてもおかしくない年齢になっていたよ。そんななか、わたしの教会に足繁く通っていた女性がいたのだが、ある人が彼女との仲を取り持ってくれてね。ははは、彼女は敬虔なソーレ教徒で、同じく行き遅れてしまったとても真面目な女性だよ。でもいざ結婚しようという段になって、わたしは考えてしまった」
流ちょうではなく、たどたどしく話すわたしの言葉を、エヴィーナは辛抱強く聞いてくれた。ああ、彼女はたしかに嫉妬深くはあるが、本当は性根の優しい女性なのだ。
「このまま彼女と結婚してしまったら、わたしは幸せな生活を送れるだろう。同じ神を信奉し、いつも穏やかに祈りを捧げて生きることが出来る。そう、凪のような生活を送れるのだと」
わたしは息を吐いた。
「そんな生活は憧れる。本当にわたしの望んでいるものだ。でもたまに思うんだよ、わたしには違う生き方が出来なかったものかと……」
「そう、違う自分になってみたいと思ったのね」
「ああ。そして君のおかげで、わたしは自分の殻を破ることが出来たよ。大神官様に正面切って逆らい、ラースゴウの神官職を辞め……。そんなときだ、サンタンさまに声をかけられたのは。最初は耳を疑ったさ、カレンディアを襲撃せよなんて……。しかしわたしが生涯をかけて崇拝してきたお方のことだ。何か深謀遠慮のお考えがあるに違いない。そう考えて、わたしはかのお方の計画に加担した」
わたしはまた息を吐いた。普段話さないと、話し方を忘れるような気がする。もともと、教会での説教も苦手だったのだ。
わたしにとって自分の罪を告げるのは辛いことだったが、なぜかもっと話したいという気持ちになっていた。幸い、ここには話を聞いてくれる相手がいる。
「不思議なものだが、カレンディアにアンデッドを送り込んでいるとき、心は高揚していたよ……。自分が町に多大な影響を及ぼし、それによって人々を動かす。まるで自分が偉くなったような気がしていた。ははは、魔力は借り物だったというのに。サンタンさまは責任をとってくださり、ローマリアには、真実を隠しつつわたしが哀れな『被害者』であると伝えてくださった」
自嘲気味にそう言った。わたしが黙っていれば、我々の罪は表沙汰にはならない。そしてわたしは自分の信仰心により、口をつぐむほかない。今回のカレンディア侵攻、神は深いお考えがあったに違いないが、町の人々にはずいぶんと迷惑をかけてしまった。
このあと、わたしは大神官様にお会いし、そしてコートランドの国王陛下にもお目にかかることになっている。もしかしたら、法王猊下に拝謁できるかもしれない。昔なら、これほどの名誉はないと、まるで天にも昇る気持ちであっただろう。しかし、実際に我が神と曲がりなりにも関わりをもった今となっては、ただむなしいだけである。何がむなしいのか、言葉に表わすことは出来ないのだが、空虚な感じがする。
すっかり黙り込んだわたしを心配して、エヴィーナが話しかけてきた。
「……いろいろあったけど、あまり悩み込まないで……って、あたしが言うことでもないわね、ふふっ。あたしはそろそろ『還る』ね。彼女さんによろしく、幸せになってね!」
「! ああ、でも彼女とはもう……」
「そうだ、間違っても彼女さんに『行き遅れ』とか言わないように! ほんっと、デリカシーが無いんだから!」
またね、と言い残し、エヴィーナは還っていった。最初に会ったころ、そしてここ数年、それからマリーと対峙したとき、そのどれとも違う感じで彼女は行ってしまった。別れは湿っぽくなると思っていたが、彼女は明るく出て行った。湿っぽいのはわたしだけであった。
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「ちょっと、アーネストさん!? あなた何をしているの!? マリーとのお話は終わったんでしょう!?」
「ああ、終わったよ。ええっと……」
「アイリーンよ! あと数日で首都から大神官様がお見えになるんですよ! 早くお出迎えの準備をしないと! さ、あなたも手伝ってくださいよ!」
元気の良い若い神官見習いのおかげで、現実に引き戻された気がする。わたしにもあんな時代があった気がすると、少しおかしくなった。
盲目的なソーレ教徒だったアーネスト。ただひたすら真面目に過ごしてきましたが、思いっきり羽目を外してもみたかったり。まあ、はっちゃけてはみたものの、信奉する絶対的な神の、ある意味非人道的な命令にとまどったり。なかなか彼も難儀な性格です。