第75話 マリー、ことの顛末を聞く。
「マリー、町の外には魔物がいるのは知っているわよね? この世にはサンタンさまやマリエラさまといった『光の陣営』の神々と、名前は知られていないけれども『闇の陣営』の神々、いわゆる邪神がいるの。魔物はその『闇の陣営』のしもべたちなのよ」
「へぇえ。……でも待って、闇の精霊は別に関係ないんでしょ?」
「ええ。闇の精霊は、元々存在していましたものね。ごくまれに、そこら辺を混同する人もいるのだけど……」
「そうですね。ただ、闇の精霊と契約している人がごく少数なため、そこまで問題にはなっていないそうですよ。魔導師の中でも皆が皆契約しているというわけでもありませんし」
マイア司祭の言葉に、エドワード神官が付け加えた。ほうほう、わたしは四元素の精霊に加えて、光と闇の精霊とも契約してるんだけどね……魔力量はとぼしいけれど。
「話を戻すわね。最近世界の均衡が崩れてきているらしく、光の陣営の神々が押されているそうよ。それを解決する方法は、わたくしたちが神に祈りを捧げること。具体的には、わたくしたちの魔力を神々に捧げることね。神さまはみずから魔力を吸収できないそうなのよ……」
人はそれこそ魔法を使わずにおとなしくしておけば、勝手に魔力が回復する。大気中の魔力を吸収しているそうだ。これはフェルナンドさんの受け売り……って、あれ? フェルナンドさんは? わたしはあのおしゃべりサークレットの存在を感じられなくて、頭をわしゃわしゃと掻きむしった。
「ど、どうしたの、マリー?」
わたしの行動に驚いたシンシアが尋ねてきた。意外にもわたしの行動の意図がすぐに分かったのは、ソーレ教のおじさんだった。
「? ……ああ、あのサークレットなら、ほらそこに……」
見ると、フェルナンドさんがベッド脇にあるテーブルの上に鎮座していた。ふふふ、サークレットのくせにいつも偉そうなんだけど、わたしは彼にまた会えてホッとした。
「ああ、そのサークレットのことだったのね。……それにしても、頭からが外れて良かったわね。解呪してくださったのかしら?」
そうか、フェルナンドさんは呪いのせいでわたしの頭から外れないことになってたんだった。最初はわたしの頭にしがみついていたフェルナンドさんだったけど、わたしがサークレットごと頭を洗ったときに、悲鳴を上げながら自ら外れてくれたのだ。だから、人目のない入浴時なんかには、自主的に外れてくれる。……自由に着脱可能と人に知られちゃうと盗難の危険性があるので、秘密にしていたわけだけど。
マイア司祭が、わたしにフェルナンドさんを渡してくれた。かぶろうとしたそのとき、わたしはサークレットの内側、ちょうど額の当たるところに、緑色の宝石のようなものがついているのに気がついた。
「? あれ、これって……?」
「その宝玉かい? サークレットは手に持ったままだったのを、寝にくいだろうからって机の上に置いただけさね。 元から付いていたんじゃないのかい?」
シーナさんがそう言うと、周りもうんうんと頷いた。……そうね、サークレットが外れたところを見たことがあるのは、わたししかいないんだ……。
「それは本物の魔石のようね。大きさからして、ずいぶんと小さな生き物のようだけれど。そうは言っても、魔石は魔石。天然物は希少なのだから、あまり人には知られないようにね。大事になさい」
「……そうだね。前からあったような気がする。お母さんの形見だもの、大事にするよ」
大きさはそうね、ビー玉くらい。それも半分は本体に埋まっているので、かぶっていても特に邪魔にはならなかった。フェルナンドさんも何も言わないし、わたしはその宝玉を受け入れることにした。それに……それに何だかあったかいんだ、これ。どんな生き物の魔石かしら?
「光の陣営には三大神のほかに、数多の神々や精霊たちも含まれているの。魔力を彼らに注ぐことも、陣営の強化につながるわ」
「そうそう。その話を聞いて、あたしも薬草を煎じるときに、神さまに祈りを捧げることにしたのさ。そうすると何だかご利益がありそうな気がしてね。それに、『オヤシロ』? っていうのかい? 神さまを祀ってる『オヤシロ』ってのに祈りを捧げるといいらしいねぇ」
「そうみたいですね。何でも世の中には『オヤシロ』というものがあって、それは神さまごとに存在しているらしいのよ。三大神でいうところの、神殿や教会、寺院みたいなものらしいわ」
さっきから連呼される「オヤシロ」という言葉。……えーっと待って? 「オヤシロ」ってもしかして「お社」のこと? 普段話している英語の中に挟まれる日本語っぽい言葉に、わたしは首をかしげる。
「……と、今話してきたようなことが書かれた石版もくださったの。これはエドワード神官の神殿とわたくしたちの教会にあるわ。三大神の総本山にも送られたそうだけれど」
クレア最高司祭とお話できて良かったわと、マイア司祭は嬉しそうだ。
しばらく話したあと、エドワード神官が話を切り上げた。
「起きたばかりで君も疲れただろう。ゆっくりお休み、マリーちゃん」
「また来ますからね。ゆっくりお休みなさいな」
二人はこれから自分の上司を迎えなければならないしね。シーナさんもシンシアも一緒に部屋を出て行った……って、あれ? ソーレ教の神官さんだけが残っている。
「マリー、ちょっと君と話がしたいのだが……」
突然の申し出に不思議に思いつつも、まあ一緒に助けられた仲だしなと納得する。
「いいよ。おじさんお名前は?」
「……ああ、アーネストだ」
「分かった。アーネストさん、お話って?」
わたしの言葉に、彼は黙ったままだった。ただの無口というよりは、言いたいことがあるんだけど、ためらっているみたいな感じだ。
「? どうしたの?」
わたしの再度の問いかけに、アーネストさんは意を決したのか、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……まあ、聞き流してくれても良いのだが……彼女は故郷に帰ったよ」
「彼女? えーっと、アーネストさんの恋人とか?」
「いや、あのとき一緒にいた女性だ。……君は記憶が無いようだが」
「そうなんだ。ねえ、なんでわたしに記憶が無いか知ってる? わたしはアーネストさんとその女性と一緒にいたんだよね? わたしは何してた?」
マイア司祭たちが触れてなかった「女性」のことが気になった。どうしてその女の人はわたしたちと一緒にカレンディアに来なかったんだろう? ……まぁ、その人の故郷が遠くにあって、そっちに神さまたちが送っていったのかもしれないけど……。
また彼は無言になった。さっきよりためらいが大きくなったらしく、頭を抱えながら苦悶の表情を浮かべている。……そこまでたいしたこと聞いてないような気がするんだけど……。
「君の記憶が無い理由についてだが、わたしには分かりかねる。そして君と彼女とわたしとが、あの場にいた。サンタンさまがいらっしゃるまでは」
「理由」ということばを強調して言うアーネストさん。あれ、ちょっと待って? マリエラさまはあとから合流したってこと?
「君は……そうだな。大半は床に転がって寝てたな。それからパンと水の食事をとった」
「そっか。教えてくれてありがとう、アーネストさん」
何というか……残念な感じである。ま、まぁ、わたしってまだ三歳だしね! わたしはちょっと傷つきつつも、自分をなぐさめた。
また部屋に沈黙が訪れる。アーネストさんって、何のためにわたしと話そうと思ったんだろう? 気まずすぎるわぁ。
「ここから先は……その、独り言だと思ってくれ。……わたしは今回の件、『操られたこと』には後悔していないんだ。もっとも、君を誘拐して、君や周りの人に負担をかけたことはすまないと思っているがね」
「うん。アンデッドたちが襲ってきたのは怖かったけど、誘拐されてたときはまったく覚えてないしね。気にしてないよ」
「……ありがとう」
わたしがそう言うと、彼はほっとしたように息を吐き、お礼の言葉をつぶやいた。
「では、わたしは行こう。君のこれからの人生に『光あれ』」
彼はソーレ教式の祝福の言葉をかけると、ドアを開けて出ていった。正直何が言いたかったのかよく分からなかったけど、今はフェルナンドさんと話したくてしょうがなかった。
ことの顛末を聞くマリー。記憶が無いあいだに、サークレットに魔石がついていました。そのほかにもいろいろとあっただろうと思っていたのですが、アーネストによる大半寝てたという情報にがっかりするマリー。いつも一緒だったサークレットが外れていたことに動揺したため、アーネストを問いただすよりも、フェルナンドの安否を確認したかったようです。