第74話 マリー、再度カレンディアで目覚める。
「おい、マリー! 目が覚めたのか! 大丈夫か?」
枕元でテオの声がする。見ると、涙と鼻水でべちょべちょになったテオがすぐそばにいた。その周りには、シーナさんやマルタさんがいる。あと……避難所で見かけた人?
「あれ、ここは?」
「あたしの宿屋だよ、マリー! 心配したよ、無事に戻ってきてくれて良かった!!」
うん、見たことがあるなとは、ちょっと思ってたんだ。ここって、わたしがこの町に来て、初めて目が覚めたところだよね。
同じく涙を流しながら、マルタさんが抱きついてきた。うう、力が強い……。
「ほら、マルタ。マリーが苦しがっているじゃないか。さあ、マイアたちにも知らせてやらなくちゃねえ。テオ、あんたは厨房へ行って、マリーのために何か持ってきてやんな」
言われた二人は部屋を飛び出していった。シーナさんはわたしの顔を見ると、いつもの調子で言った。
「はあ、やれやれだよ。……もっとも神さま方が連れ帰ってきたんだ。体やらなんやらに異常は無いはずさ。もう一人の男も、まったく異常なしだった。今はエドワードとソーレ教の神殿に行ってるがね」
憎まれ口を叩きながらも目の端がキラリと光ったのを、わたしは見逃さなかった。もう、素直じゃないなぁ。
「ねえ、シーナさん。……えーっと、何があったの? 避難所にみんなでいたのは覚えてるんだけど……って、神さま方って!!? もう一人の男!!?」
情報量が多すぎて、わたしは混乱してしまう。そんなわたしを、まだ本調子でないと思ったのか、シーナさんは一つ一つ丁寧に説明してくれた。
「そうさねぇ。まずあんたは避難所で幽霊に取り込まれて連れ去られた。それは覚えているかい?」
「うん、そうね。こ汚いシーツのお化けにくるまれたのは覚えてるよ。それから先は……」
それから先は、まったく覚えていない。そこで気を失っちゃって、気がついたら今ベッドの上にいるって感じだ。
「それから先は、あたしらも分からない。マリーが連れ去られたってんで、対策会議をしたり次の襲撃に備えたりで、みんなてんやわんやだった」
「次の襲撃はあったの?」
「なかったさ、幸いにしてね。あんたがさらわれて二日後のことだったよ、事態が動いたのはね」
シーナさんが、ふうっと息を吐いた。ちょうどそのとき、テオがスープとパンを持ってきた。パンを受け取ると、もしゃもしゃ食べる……えーっと、前もこんなことあったような? まぁ、パンぐらいいつも食べてるか……。
「避難所の外がまぶしく光ったんで、マルタとあたしが外へ出たのさ。そしたら、誰がいたと思う? 何とサンタンさまとマリエラさまがいたんだ! もちろんあたしら神さまを見たのは初めてさね! で、サンタンさまがあんたを抱きかかえてたんだよ!」
普段は特に信心深くもないシーナさんだけど、興奮気味にまくしたてる。まぁ、神さまに出会えたら、誰だって興奮するわよねぇ?
「神さまって、どんな感じ?」
「サンタンさまは背の高い美丈夫だよ。ひだがたっぷりとある真っ白なローブを着ていてね、肩からは金色のショールを掛けていた。きりりとした眉といい、あたしゃあんな男前見たことないよ! マリエラさまは、水色の巻き毛をした絶世の美女で……なんていうんだろうね、まるで水で出来たようなローブを着ていてねぇ。裾のほうなんか、ゆらゆらと動いてんのさ。昔見た、海の波みたいだったよ。マリーは海とか見たことないだろうけど……。それに……」
神さまの様子を興味津々に聞くわたし。シーナさんはサンタンさまたちの様子を、身振り手振りを交えながら語ってくれた。それこそ細部にいたるまで。シーナさんが話している間にも、わたしたちのいる部屋に入れ替わり立ち替わり人が入ってきているんだけど、みんなわたしのほうを向いて、「光あれ」とか何とか言っている。……ああ、わたしがサンタンさまに抱かれていたと聞いたソーレ教徒の方々ね……。隙あらばわたしに触れて、神さまの御利益を吸収しているかのようだった。まったく覚えてないけど、何だかいろいろあったようね……。
「ところで、もう一人の男の人ってどうなったの?」
そのままだと、延々と神さまの描写が続きそうだったので、わたしはシーナさんに聞いてみた。いつもなら、神さまなんてってちょっとシニカルな感じだったのに、面白いわね。
「ああ、そうだった。二柱の神さまが現れたとき、一緒にソーレ教徒の男がいたのさ。人間の中年男だよ」
「へぇえ! その人もわたしと一緒に捕まってたのかなぁ?」
「ああ、その通りさ。何でも、神々の敵対勢力に操られていたそうだよ。で、神さまがたが、あんたと一緒に助け出したってわけさ」
シーナさんは、ソーレ教の男の人にはあまり興味がないようで、それ以上の説明はなかった。テオも一緒に話を聞きながら、そうそうだの、違うだのと相づちを入れていた。
「なあなあ、カミサマのオコトバも伝えたほうがいいんじゃないのか?」
「お言葉? 『神託』じゃなくて?」
「ああ。カレンディアの聖職者たちに、それぞれの信奉する神さまからお告げがあったのさ。それでエディーナから大神官やら高司祭やらも来るっていうんで、マイアやシンシアはてんてこ舞いさ。……エミリアは自分の爺さんが来るってんで……エドワードとも話したんだが、会わないですむよう孤児院のほうにいることにしたんだよ」
エミリアは、実の祖父であるソーレ教の大神官と仲が悪い。まぁ、一方的に嫌われている感じだ。マール教の高司祭って、クリスティアーノ様が来るのかな? ……襲撃事件があってゴタゴタしてたけど、高司祭様の「宿題」まだ終わってないもんね……。
「お言葉かぁ。マイア司祭たちに聞けば分かるかな?」
「そうさねえ、あんたも聖職者の卵みたいなもんだからね。マイアに聞いてみるといいさ」
「ああ、マイア司祭やシンシア姉ちゃんに顔を見せるといいぜ。それにエミリアも。みんな、みんな心配してたんだから!」
そう言うと、テオはまた、ぼろぼろと泣き出した。冒険者に憧れていていつも強がっていても、まだ子どもだもんね。わたしはつい、テオの頭をなでてしまった。
「! ちょっとマリー! 子ども扱いすんなよ!」
ほおを膨らませながら、わたしの手を振り払うテオ。あり、また失敗しちゃった……。まぁ、子どもっていっても、テオはもう八歳で、わたしはまだ三歳だもんね。……あれ、また? またって、前はいつだったんだろう……。
さっきから何だかモヤモヤする。テオに謝りながらも、わたしの心は上の空だった。そんなとき、ガチャリとドアが開いて、マイア司祭たちがやって来た。
「マリー!! 目が覚めて本当に良かった……!!」
「マリー、怖かったでしょう! もう大丈夫ですからね!」
マイア司祭とシンシアに、痛いくらいに抱きしめられるわたし。生前には、こんなに抱きしめられることなんてあんまり……いや、大きくなってからはまったくなかったんだけど、こちらではよくハグされるし、頭もなでてもらえる。たったそれだけのことなのに、すごく嬉しいから不思議だ。ふぅ、小さくなって良かったことの一つよね。
「マリーちゃん、目が覚めたようだね」
後ろにはエドワード神官と、見たことのないソーレ教の神官さんがいた。中年男性だし、この人がわたしと一緒に助け出されたのね。一緒に助け出された人に、わたしは親近感を覚えた。誘拐されてたときのことも、その人のこともまったく覚えていないんだけどね。
「起きたばかりで悪いのだけど……。あなたにはまず、マリエラさまのお言葉を伝えなければならないわ」
わたしの目をじっと見つめながら、マイア司祭が言った。ううう、マリエラさまは何ておっしゃったんだろう? わたしまだ三歳児なのに聞いてもいいのかなぁ? どきどきしながらも、マイア司祭の次の言葉を待つことにした。
サンタンさまとマリエラさまの「オン」の様子。マリーが会ったときとは、ずいぶんと違うようですね。もっとも、マリエラさまには直接会っていませんが。
また同じ部屋で目覚めたマリー。サンタンさまの記憶封じによって、今度は何も覚えていないようです。……たまに違和感があるようですが。
マイア司祭やエドワード神官といったカレンディアの聖職者たちは、神々から何を伝えられたのでしょうか? そして、エドワードについてきたアーネストの狙いはいったい?