第71話 マリー、じいちゃんに意見する。
「さて、エヴィーナよ。おぬしの処遇はどうしようかの」
先ほどまでとは打って変わって、サンタンさまの雰囲気が厳格になった。すぅっと目を細め、身震いするようなまなざしを彼女に向ける。
「……申し開きすることはございません。いかような罰もお受けします……」
エヴィーナは小さくなっている……って、あれ? 本当に小さくなっているじゃない! 二十代くらいだったのが、四、五歳くらいにまで縮んでいる。
「ああ、これが本体じゃよ。もともとグレイツィアの感情のうちで嫉妬をつかさどる精霊じゃったが、なぜか成長しきらなんだ。彼女はあんなに優秀だったのに、これは出来損ないじゃ!」
「お母さんって、恩寵のおかげで優秀だったんでしょ? 恩寵って生まれつきなの?」
「いや、グレイツィアはもともと優秀じゃったよ。おぬしと同じくらいのころから、その才能の片鱗を見せておった。身分はずいぶんと低かったが、それを補ってあまりある子どもじゃったよ」
そうなんだ。お母さんの昔話を聞けるのは面白いわね。
「我々神々は、とある事情で優秀な人物を探しておった。……ああ、そう。おぬしに分かりやすく言うと、『勇者』じゃな」
少し遠い目をして、昔を語るサンタンさま。
「グレイツィアに白羽の矢を立て、わしを始めとした神々がそれぞれに恩寵を与えた。彼女なら勇者になるに違いない! ……それなのにこやつときたら!!」
突如右手を天井に向けたかと思うと、エヴィーナの上に雷のようなものを落とした。ここって地下室内よねというツッコミを入れることができないくらい、緊迫した状況だ。エヴィーナの背中は黒焦げになったが、まだも土下座を続けている。その痛々しさに耐えられなくなって、つい声を上げてしまった。
「サンタンさま! エヴィーナも反省しているようですし、お怒りを……」
「おぬしはこれが犯した罪を知らぬようじゃな……。わしらが恩寵を与え、グレイツィアは勇者として立つ予定じゃった。しかし、実際はこれが足を引っ張り、それはかなわなかったのじゃ。ソーレ教の神聖騎士団では、最年少で団長にまでなりながらも、上層部の嫉妬を買い、最終的には処刑されることとなった」
すうっと、息を吐くサンタンさま。そしてまた続けた。
「わしは怒り、天変地異を彼の地に起こした。そして彼女を解放したのじゃ。ソーレ教はわしが興した宗教なのにと憤ったものじゃ」
「言語が通じぬのかと思い、全世界の言葉を統一した。なあに、神の力をもってすれば、そこまで大変なことでもない」
小さな声で魔力はずいぶんと使ってしまった云々と聞こえたのは、黙っておく。
「その次に行ったイースタニアでもそうじゃ。長く生きるエルフなら大丈夫かと思ったが、またもや長老どもの嫉妬を買い、そこでも落ち着くことは出来なかった」
「それからルトーガじゃったか。最高司祭も間近だったのに、枢機卿どもの妨害を受け……。ここでも嫉妬、嫉妬、嫉妬じゃ! こやつが周りの嫉妬心を煽ったに違いない!!」
小さく頷くエヴィーナ。もう声も出せないようだった。息も絶え絶えで、見るに堪えない。ああ、これで分かった。お母さんってヘイト稼ぎすぎだと思ってたけど、こういう事情があったのね……。ん、あれ、でも待って?
「あの、わたし思ったんだけど……」
「どうしたんじゃ?」
わたしに対しては、祖父のように優しく話しかけるサンタンさま。で、わたしも自分のおじいちゃんに話しかけるかのようになっちゃうんだけど。
「エヴィーナが成長しなかったのって、お母さんが原因なんじゃ?」
ピリッとした空気が流れる。しかし、わたしは空気を読まず、続けた。だって三歳児だもんね!
「もとから人より優秀すぎたお母さん。それに恩寵をたくさん受けたんなら、他の人に嫉妬を感じることがなかったんじゃない?」
沈黙が流れる。
「あと気になったんだけど……。どうしてお母さんだけに、恩寵を集中させたの? 勇者には仲間が必要なんだよ? お母さんの仲間候補にも恩寵を与えたら……」
「ふむ。しかし一人で問題が解決できるなら、力を集中させれば、任務遂行もたやすくなろう。そして彼女には仲間候補なんぞおらん。恩寵を与えなかったとしても、能力が突出しておったからな」
「そうかもしれないけど……一人だけ強くするのって、けっこうリスキーなんだよ? ゲームでも会社でも何でもね。もしその人に何かあったらどうするの? 替えがないじゃない」
勇者の「替え」とかいうと、どこから目線だよと思わなくもないが、何にでもスペアというか、保険は大切である。そしてわたしは、四十年近くあった前世でのことを思い返してみた。……途中渋い顔になったのは、替えがなくて大変だったいろいろのことが思い出されたからだった。ほんと、保険大事。
「ふむ、そうか。替えがないとそういった問題が起こるのじゃな……」
人の心が読めるサンタンさまが、わたしの思い出したことを読み取って頷いた。ああ、こういうときは便利ね、この力。
「ならば、わしらがしなければならなかったのは、グレイツィアの周りの意識改革と、いや、この際人間以外にも恩寵を与えて仲間を……」
「ストップストーップ!! ね、念のため聞くけど、意識改革って……?」
わたしの問いに、サンタンさまはニコニコしながら、
「神の権限で、グレイツィアを勇者として認めるよう意識に植え込むのじゃよ。なあに、わしにできぬことはない」
……えーっと、どこから突っ込んでいいのか分からないわぁ。すごく自信満々に言うサンタンさまを前に、わたしは頭を抱えた。
「んん? どうしたのじゃ? ああ、なあに、魔力のことを心配しておるのなら大丈夫じゃよ。一時的にわしの魔力は大幅に減少するが、ソーレ教徒が神聖魔法を多く使えば回収できるじゃろう」
「えーっと、そうじゃなくって……」
「ああ、もうグレイツィアは死んでしまったということかの? なら、『第二のグレイツィア』を勇者にすればよいのじゃ。なあに、あれほどの人物はもう生まれぬかも知れぬが、いくらでも底上げが……」
サンタンさまと話していて、ふとわたしは前世のゲームのことを思い出していた。シミュレーション・ゲームっぽいのよね、サンタンさまがやってることが。これが神視点ってやつ? ああ、そういえばいつか女神さまが、創造神さまとか何とか言ってたわね……すっかり忘れてたけど。
歴史ゲームとかをやってると、つい能力値の高い武将ばかりを使用しちゃうのよね。そしていつの間にやら「ドリームチーム」ができるって感じ。あまりパッとしない人は全然使わなくて、いつまでも成長しなかったわぁ……。きっとサンタンさまも、そんな感覚なのかも知れないわ。
「シミュレーション・ゲーム? ああ、たしかに……って、おぬし、どこまで知っておるのじゃ?」
急に真顔になるサンタンさま。え、わたし何かマズいこと言っちゃった? 自分がすぐゲームに例えちゃう、生粋のゲーマーだってことは自覚してるんだけどさ。
「よろしい、おぬしには真実を話すとするかの……」
サンタンさまは、わたしをしっかりと見据えると、重々しく語り出した。
サンタンさまに意見するマリー。彼が気さくだからといって、マリーの神経はかなり図太い気がします。またエヴィーナが自分と同じくらいの見た目と知り、彼女への敵対心はなくなりました。
マリーは生前、ゲーマーとしていろいろなゲームをやっていました。しかしあくまでも趣味の範囲ですので、別にランカーとかではありません。そして、前に女神さま(階級的に名無し)と話したときのことを思い出してしまったようで……。あれ、思い出すって……?