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第70話 マリー、じいちゃんと交流する。

 階段を静かに降りてくる老人。エヴィーナもわたしも、彼に目が釘付けになっていた。


「あああ、あなたさまは……!!」


 そう言うと、平伏してピクリとも動かない。え、なになに? 水戸のご老公でも来たの?


 彼の格好は異常だった。や、わたしにとってみれば普通なんだけど、この世界では違和感しかない。真っ赤なアロハシャツに黄色のビーサン。ベージュのハーフパンツをはいている。健康的に日焼けした肌と、真っ白な髪、ハワイとかに住んでいそうなおじいさんだ。


「エヴィーナよ、お前さんは我々の掟を忘れたのかの?」


「あああああ、も、申し訳……」


 顔を伏せたまま、震える声で謝るエヴィーナ。何よ、さっきと様子が違いすぎるじゃない! ……それにしても、アロハシャツとかビーサンとか言っちゃっていいのかしら? こっちの言葉では何て言うのかな? わたしの知ってるものによく似ているけど、違うものなのかしらね?


「ふむ、『アロハシャツ』に『ビーサン』でよかろう。これはほかの『ワールド』から持ってきたゆえ」


 え、ちょっと! 今度はわたしに対して話しかけてきたわ! 心の中でも読んだのかしら?


「……って、ちょっと待って! 今のって……!」


「さよう。日本語じゃな。どうじゃ懐かしかろ……」


 おじいさんは、号泣するわたしを見て、言葉をつぐんだ。そしてそのままわたしの頭をなでてくれた。まるでおじいちゃんと孫だ。


「ふむ、ちょっと刺激が強かったかの。すまんのう」


 こっちの言葉は「英語」だ。細部が少し違うけど、大まかには同じである。そして、なまじいつも英語で話している分、無性に日本語が聞きたくなってしまう。望郷の念みたいな感じかしらね。わたしはしばらく涙を流したあと、ようやく話せるようになった。


「すみません、つい懐かしくて……。久しぶりに故郷の言葉が聞けて、うれしかったです」


 おじいさんはわたしの言葉に、いたわしげに頷いた。エヴィーナはひれ伏したまま、微動だにしない。


「あの、おじいさん。あなたは、ええっと……サンタンさま?」


「おお、そうじゃそうじゃ。ほう、さすがはマリエラのお気に入りで、グレイツィアの娘なだけあるの。賢い子じゃわい」


 サンタンさまは満足げに頷いた。うん、これで例えば三大神のアーサーさまとか、ほかの通りすがりの神さまとかだったりしたら驚きよね! しかし、こんな普通のおじいちゃんみたいな感じだったなんて、ちょっと意外である。


「ほほほ、今日はオフじゃからの。いつもは、ちゃんと正装しておるわい」


 ふぅ、神さまだけに、こちらの考えが読めるのは便利が良いんだか悪いんだか。あ、これも伝わっていて、ニコニコしているわ。思った以上に気さくな神さまみたいね。となると……。


「あの……先ほどアーネストが言っていたことは本当なのでしょうか? カレンディアを襲撃したのがあなたさまの差し金というのは……」


 いきなり豹変したらどうしようかとも思ったけど、そんなこともなく、サンタンさまは教えてくれた。


「ふむ。まず、おぬしは他の国へ行ったことはあるかの?」


「いえ、カレンディア周辺、それにハイランドに行ったことがあるくらいです」


 ああ、ドワーフのハイランドは面白かったわ。また行きたいものね、お小遣いたんまり持って。


「そうじゃろうの。ここコートランド、特にカレンディア周辺はずいぶんと平和で住みやすいところじゃ。じゃが、ひとたび海を越えたなら、人々は魔物の脅威にさらされておる」


「えっ、そうなんですか!?」


 それは初耳である。……それにしても、海を越えるって、コートランドってもしかして島国なのかしら?


「コートランド、エングラード、それにウルズの小国三国からなるここリテアン島は、全世界で見ても、魔物の脅威の少ない地域じゃ。六、七十年くらい前まではもちろんほかの地域と同じじゃったが、グレイツィアがこの地にやって来てからは……」


 え、お母さんってそんなに昔にやって来てたの!? いったい、いくつだったんだろう?


「ああ、そうじゃよ。グレイツィアは百と十歳生きた……まあ、あと十年は生きられるはずじゃったが……」


 サンタンさまは気さくな神さまで、わたしの問いを()()()は答えてくれる。もっとも、そのせいで話は脱線しまくりではあるが。……って、これもまた伝わっているのよね。


「ふむ。グレイツィアがこの地に来てからは、魔物は彼女を恐れて逃げ出してしまったのじゃ。たまに身の程を知らぬものが戦いを挑み、返り討ちにされておったが。そういうわけでリテイン島、特にコートランドは魔物の脅威から解放されたのじゃ」


「あの、以前襲ってきたヘルハウンドは?」


「ああ、あれはエーラシア大陸から渡ってきた()()()じゃろう。大陸には、ああいったのがごまんと生息しておるぞ」


「……大陸って恐ろしいですね……」


 カレンディアからあんまり出たことがないわたし。のんきに暮らしてたけど、やっぱり恐ろしいところなのね、この世界は。


「今までは、この島はこれで良かった。グレイツィアがおったからの。しかし彼女が亡くなった今、魔物たちはこの島へと向かってくるじゃろう。この島には『危機感』がないゆえ」


「そっか、お母さんが守っていたから、自衛の力が身につかなかったのね……」


「ふむ、そうじゃ。この島は戦力の面で弱い。七十年の平和は、人々の力と精神をなまらせたのじゃ。もちろん、ハイランドのドワーフたちのつくる武器は立派じゃ。大陸に輸出しておるしの。しかし武器はあっても、それをつかって戦える者が少ないのが現状じゃ」


「ええっと、つまり……サンタンさまは、リテイン島の人たちに危機感を持ってもらいたかったってこと?」


「うむ。そのとおりじゃ」


 サンタンさまは満足そうだ。でもその中でも、なんでカレンディアなんだろう?


「カレンディアを選んだのは、ほどよく田舎で、周りが草原じゃからな。戦力的にも、それなりの人物が揃っておったからの」


 首都エディーナやラースゴウは人口が多いし、周りは穀倉地帯らしい。あまり田舎過ぎても、戦力的に心許ない。その点カレンディアは、ハイランドへの玄関口としてほかの町より冒険者が多い。そんなこんなで選ばれたらしい。良いんだか悪いんだか。


「……それに、『嫉妬』の精霊であるエヴィーナが、何か企んでおるのも知っておったしの……」


 ぽつりと言うサンタンさま。とうの彼女はというと、ひれ伏したままだ。体は小刻みに震え、体つきも一回りも二回りも小さくなったような気がした。

いきなり現れたサンタンさま。気さくな神さまではありますが、エヴィーナの怯えっぷりからも分かる通り、厳しい人でもあります。もっとも、彼女もかなりやらかしていたのですが。あと、「じいちゃん」とありますが、もちろんサンタンさまはマリーのじいちゃんではありません。彼女の血縁は、この世界にはいません。


マリエラさまのお気に入りというマリー。何千人もいる我が校の生徒ぐらいのお気に入り度です。

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