表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/92

第69話 マリー、真相に近づく 下

 近づいてくるアーネスト。もともと大して離れていなかったので、このままだとすぐ捕まってしまう! 地下室自体そんなに大きくないしね。部屋の半分に棚が並んでいるから、実質逃げられるスペースはほんの少しだ。さてわたし、どうする?


癒やしの水(アグア・クラティーバ)よ!」


「うぐふぉ!!?」


 アーネストは、自分の口の中にいきなり出現した水に驚き、変な声を上げた。……まぁ、普通驚くよね。


「い、いきなり何をするんだ!?」


 少しむせながら尋ねてきた。声を上げたときにこぼれた分以外は飲み込んだみたい。


「何をするんだはこっちのセリフよ! あなたわたしをどうする気だったの!? いたいけな子どもを害するなんて、サンタンさまが許すとでも!?」


 マリエラさまだったら、一発アウトだ。マール教には「大罪」のほかに「禁忌」と呼ばれるものがある。心優しき女神マリエラさまは、生命や出産の守護神でもある。だから子どもを傷つけたりすることは絶対ダメなのだ。あれ、禁忌って、ソーレ教にもあるのかしら? たしか正義とか法律なんかの守護神だった気がするけど?


「ふむ、まあいい。さて、サンタンさまのお導きにより、カレンディアへの侵攻はなった。エヴィーナよ、君が求めていたグレイツィアの娘も手に入ったことだし……」


「!! アーネスト、あなた()に戻っているの?」


 「癒やしの水」の状態異常解除か、ただ水を飲んで落ち着いただけなのか、アーネストはまた正気に戻った。エヴィーナは憎々しげにこちらを見ている。……正気に戻ったり攻撃的になったり、彼も大変ね……。


「? 何を言っているんだ、エヴィーナ?」


 思わずポロリと本音が出るエヴィーナ。それに対し、意味が分からない様子のアーネスト。この状態のアーネストには言葉が通じそう。そうだ、あるか分からないけど、ソーレ教の禁忌を使って……。


「アーネストさん! 幼児を危険な目に遭わせるなんて……人の道、()()にもとるわよ!」


 わたしはサンタンさまの守護する「正義」を、ことさら強調して叫んでみた。しかし彼はどこ吹く風で、エヴィーナと話を続けていた。ああ、「サンタンさまが言った」からといってカレンディア侵攻を企てるんだもの、正義とかいまさらよね。ソーレ教に禁忌があるかどうかもあやふやだし。


「アーネスト。ねえ、お願いアーネスト。あの娘を殺してちょうだい! ……だってわたしには()()()()のですもの」


 エヴィーナが最大級の色気を使って、なんとも物騒なことをお願いしていた。ぎゅっと両手で彼の手を握り、じっと目を見つめるエヴィーナ。ほら今ね、絶対洗脳みたいなことしてるでしょ!? 生前のわたしがやっても効果はないけど、彼女がやると破壊力バツグンね! ……言ってて傷ついたけど。ちょっとね。


「ああ、ごめんよ、エヴィーナ。いくらなんでもそれは……うぐっ!」


 そしてまた、正気を失うアーネスト。恐ろしい形相でわたしに向かってきたかと思うと……そのまま崩れ落ちてしまった。


「!! アーネスト!」


 見ると、気を失っているようだった。エヴィーナの洗脳は、彼の体にずいぶんと負担をかけていたのかもね。思えば昨日の夜も、眠れたんだかどうだか分からないし……。


「おのれ……おのれ、グレイツィアの娘め!」


 エヴィーナは怒りをさらに露わにし、わたしを睨み付けていた。ギリギリと歯ぎしりをし、その視線だけでわたしを殺せそうだわ……。てか、それって逆恨みじゃない!?


 考えようによっては、今はわたしにとってチャンスだ。わたしのことを殺したいほど憎んでいるエヴィーナは、なぜか自分では手を下せない。彼女の性格からして、血が怖いとかそんな理由ではなさそうだ。きっと人ならざる彼女には、何かしらのルールが課せられてるのかもね。


 彼女さえ説得できれば、わたしの命も助かるんだし、今度はこっちのほうを攻めてみようかしら。


「ねえ、エヴィーナさん。あなたは、どうしてわたしを憎むの? わたしのお母さんとどういう関係?」


「あの女とどういう関係ですって? はん、グレイツィアはわたしの……『生みの親』よ!」


「お母さんが生みの親?」


 それは嘘だ。だってまったく年齢が合わないし、そもそも彼女は人ではないはずだ。反論しようとしたけど、エヴィーナの言葉によって遮られてしまった。


「そうよ、あの女はわたしの生みの親なのに、まったくあたしのことを育てようとはしなかったわ! ほかの()()はどんどん大きくなるのに、あたしはまったく成長しない! あたしはいらない子だったのよ!」


 えーっと、お母さんには何人か子どもがいたってこと? でもわたしが見た夢の中では、お母さんは子どもができなかったはず。……わたしの夢の中にも神さまが出てきたんだもの、アーネストもそんな感じでサンタンさまが出てきたのかしら?


「まったく成長できなかったあたしは、いつしかあの女の体内から追い出されてしまったわ! ははは、それってどういうことだか分かる? 何も出来ない無力なあたしは……」


「ストーップ! ちょっと何言ってるんだかまったく分からないんだけど! あなたって人間じゃなかったわよね? 人って、体の中に精霊を住まわせているの?」


「それなのに、あの女ときたら! この何も出来ないちっぽけな娘をかわいがり、育てだしたわ! おかしいわよ! あり得ないったらあり得ない! 悔しいわぁああああ!!」


「あの……ちょっとエヴィーナさん?」


「サンタンさまも、マリエラさまも、アーサーさまも! 三大神を始めとした神々も、あの女を大事にする! 恩寵を与えまくる! それが、その行為が! あたしのことをないがしろにするというのにぃいいいいい!!」


 あんなに大人っぽかったエヴィーナであるが、今はそれこそ小さな女の子のように、ワンワン泣いていた。わたしの言葉なんてまるっきり届いていないようだ。


「大丈夫? あなたもいろいろあったのね……」


 気づくと、わたしはエヴィーナの頭をなでていた。見た目だけを言えば、わたしは三歳だし、あっちは二十代だ。それでも、この目の前の「小さな女の子」がかわいそうに思えて、ついやってしまったのだ。


 エヴィーナは一瞬きょとんとして、何が起こったか分からなかったみたい。そして、我に返ると耳をつんざくような声で叫んだのだ。


「お前に何が分かるのよー!!!」


 至近距離でこんな大声を出されると、鼓膜(こまく)が破れちゃいそうだわ……。しかし、事態はそれより深刻だった。大きな虫の羽音みたいな音が頭の上に振ってきてチラリと見てみると、光り輝く物体が頭上に浮いていたのだ。えーっと、これって攻撃魔法? でもこの状態で撃つと、あなたも道連れよ、エヴィーナさん? それにわたしのこと殺せないんじゃなかったのー!!?


「思い上がった人間よ! 思い知るがよい!!」


 わたしの何気ない行為は、彼女の逆鱗に触れてしまったようだった。べつに彼女の何が分かったわけではない。ただ、哀れに思ってついやってしまった……ああ、その行動が、彼女のプライドを傷つけてしまったのね……。


 死を覚悟するのは二回目だわぁと、ある意味達観した気持ちで目を閉じた。


「エヴィーナよ、もうやめるんじゃ。それは『反則』じゃぞ?」


 不意に聞こえたおじいさんの声に、わたしは目を開けた。見ると、階段から一人のおじいさんが降りてくるのが見えた。

 マール教の禁忌に、子どもを害してはならないがあります。また家族を大事にするのも特徴です。テオやエミリアはマール教徒ではありませんが、家族を大事にするということはきっちり守っています。もっとも禁忌を犯したからといって、マリエラさまが罰を与えるということはありません、あまりにもひどいのは別でしょうが。あくまでも個々人の判断に委ねられており、信仰心が強いほど禁忌に縛られます。道徳心、良心というと分かりやすいでしょうか? もちろんソーレ教にも禁忌はあります。


 大罪と禁忌の違いですが、大罪は戒律とセットになっています。大罪は犯すと罪となり罰せられるものがほとんどですが、禁忌は自分の心が罰してくるものなのです。ちなみにソーレ教ですと、「嘘をつくこと」などが禁忌です。他にも、「自分に負ける」ことが禁忌なんて宗教も存在します。いずれ出てくるかも?


 いきなり登場した人物、いったい誰なんでしょうね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ