第68話 マリー、真相に近づく 上
しばらくお昼寝をしたあと、わたしはスッキリした気分で目が覚めた。まだ幼いからか、睡眠って大切なのよね。昔に比べてぐっすり眠れるし。
「今何時くらいだろう?」
腹時計では、夕方近く。例のごとく「癒やしの水」で喉の渇きをうるおしたわたしは、これからのことを考え出した。
「またパンを持ってきてくれるかしら……」
け、けしてお腹が空いたとかじゃないわよ! ……空いたけど。あの二人がやって来ないことには、わたしにできることがないのだ。
「今度やって来たら何を聞こうかなぁ?」
彼らが一枚岩じゃないようなのが救いだ。そこを突破口に……どうにかならないものか。わたしがそんなことを考えていると、ガチャリと鍵を開ける音がしてアーネストが入ってきた。
「……夕飯だ」
お昼と同じく、パンと水の載ったトレイだ。ただ、今度は静かに床へと置かれた。お昼との違いに、ついアーネストの顔をのぞき込んだわたしは、彼の顔の変化に驚いてしまった……この二人組、再登場時には顔が変わる決まりでもあるのかしら?
「食べないのか?」
お昼は、もっとヒステリックな感じがしたアーネストだったが、今はただの疲れた中年男のようだ。狂気をはらんだような目元は落ち着いていて、ああ、これが顔の印象が変わった原因かとひとり納得した。今なら落ち着いて話ができるかしら?
「ねえ、アーネストさん」
「何だ?」
「さっき法王になりたいって言ってたけど。で、その方法が知りたいってことだったけど。どうして法王になりたいの?」
「……法王になれば、ソーレ教を自由にできるだろう」
「自由にって?」
「ソーレ教は、サンタンさまがおこした宗教だ。だのに、今はその教えがないがしろにされている。まったくもってけしからん! もっと聖典に沿ってだな……」
「アーネスト!」
滔滔と、今のソーレ教について不満をのべるアーネスト。その言葉は、地下に降りてきたエヴィーナによってさえぎられた。
「ああ、エヴィーナか。今、グレイツィアの娘に夕飯を持ってきていたところだ」
にこやかに彼女に話しかける。ただ、エヴィーナは落ち着かない様子で言葉を続けた。
「法王になんてならなくてもいいじゃない! あなたはそのままで充分素敵よ」
そう言って、アーネストにしなだれかかるエヴィーナ。ふぅ、女のわたしでも、その色っぽさにくらっときたわよ。
「ははははは、ありがとうエヴィーナ。ただ、これは信仰の問題なんだ。わたしはサンタンさまの忠実なるしもべ。カレンディアの襲撃に関しても、『神託』により日付を決めたのだよ」
色仕掛けにも屈せず、いきなり爆弾発言をするアーネスト。え、ちょっと、この襲撃ってサンタンさまが関わっているとでもいうの? エヴィーナも明らかに動揺している。
「え……、あ、あなたって『神託』を受けられるの!?」
そして今度は演技とかではなく、本当にへなへなと座り込んでしまった。
「そ、そんなのっておかしいじゃない! だって『神託』は……」
「ねえ、『神託』って、エドワード神官とエミリアが受けたのを見たことあるけど、あれって未来視よね?」
実際は見てないけど、話を聞く限り、「神託」とは神さまが見せてくれる「未来」である。襲撃の日を決めるというのは何だか腑に落ちない。
「ある日サンタンさまの声が聞こえたのだよ、エヴィーナ。カレンディアを襲撃せよと。詳細は追って伝えると」
「そ、そんなことあるはずがないわ! あのお方がそんなことをするはずがない!!」
悲鳴のように叫ぶエヴィーナ。たしかに、サンタンさまはそんなことはしないだろう。三大神のリーダーで、太陽をつかさどる神さま。マリエラさまを信奉するわたしたちだって、一目置いている神さまなのだ。……まあ、それはソーレ教からも言えることなんだけどね。この世界には唯一神という考え方はないみたい。もちろん例外はあるだろうけどね。
それにカレンディアなんて、コートランドの中の小さな町に過ぎない。そもそもコートランド自体大国って訳でもないし、なんでサンタンさまの怒りを買ったんだろう?
カレンディアでの最近の出来事といえば、ヘルハウンドの襲撃に、お母さんの死。平和そのものだったこの町にこんな強い魔物がって、マルタさんたちが話してたわね。ああ、今回は「弱い」アンデッドだったから何とか対処できたけど、ヘルハウンドが群れをなしてきていたら、町が滅んじゃったかもしれないわね……って、あれ? 何か引っかかるけど、何だろう?
「感情が、『嫉妬』の感情が足りないわ!」
声がしたのでふと二人を見ると、エヴィーナがアーネストに魔法をかけているようだった。別に魔力が見えるというわけではないんだけど、手をかざして何かやっているってのは分かる。
「グレイツィアのことを思い出してー!!」
エヴィーナの絶叫とともに、アーネストが崩れ落ちた。そしてすぐ立ち上がると、わたしの方を向いて言った。目が据わっていて、かなり怖い。
「おい、グレイツィアの娘! お前はまた、わたしのことを馬鹿にしているのか!?」
エヴィーナがアーネストを操って、お母さんやわたしに対する憎悪をたぎらせているのだろう。でも、いわゆる正気の時もあるから、話がややこしくなっているようだ。エヴィーナがやりたかったのはわたしの誘拐で、アーネストがやりたかったのはカレンディア襲撃ってことかしら。で、襲撃にはサンタンさまも関わっているかもって話?
最初この二人は恋人同士なのかと思っていたけど、そうじゃないってことが分かってきたわ。「今」の状態は、操られているだけだし、さっきの「正気」の状態は、アーネストにとってエヴィーナは「妹」みたいな位置づけのようだ。だって、まったく色仕掛けが効いてなかったもんね。
「思えば、グレイツィアもお前も、それにエドワードもエミリアも、皆でわたしを虚仮にするのだ! ああ、私の味方は君だけだよ、エヴィーナ」
またアーネストが自分のとりこになって、得意げな顔のエヴィーナ。
「さあ、アーネスト! あの娘をやっつけてちょうだい!!」
ビシーッといった感じでわたしを指さすエヴィーナ。それに応じてわたしに近づいてくるアーネスト。……これって、けっこうピンチなんじゃない?
ソーレ教のサンタンさまが関わっているとの発言に、驚くマリー。それって本当なのでしょうか? 本当だとしたら一体……? この世界、宗教は主に神さま自身(!)がおこしています。大昔はもっと、神さまと人の距離が近かったようです。
「癒やしの水」を栄養ドリンクのように愛飲しているマリーですが、もちろんこれは回復の神聖魔法です。患部に向けて水を注ぎ込むようなイメージで使う魔法なのですが、患部に届く前に水はキラキラと消えてしまいます。濡れない様にですね(笑) コップなどに注ぐと実は飲めるのですが、そんなことをする人がほぼいなかったため、知る人はごくわずかです。