第63話 マリー、誘拐犯と対峙する。 下
誘拐犯たちと対峙するマリー。頼みの綱のフェルナンドは沈黙してしまい……。さてさてどうなるのでしょうか?
「フェルナンドさん、フェルナンドさん!」
急に話さなくなったフェルナンドさんが心配になり、わたしはつい声を出して呼びかけてしまった。
「? 誰だフェルナンドとは?」
アーネストさんは訝しげだったけど、エヴィーナさんはクスクスと笑いながら言った。
「ああ、あの子のつけているサークレットのことよ、アーネスト。人の身で至高の魔道具を作り上げるなんて。やはりグレイツィアは侮れないわね……」
「何、またグレイツィアがからんでいるのか!?」
「ねえ、あなた。そのサークレットがどうなったか知りたい?」
エヴィーナさんは、わたしに優しく微笑みかける。お母さんと同じ顔、同じ声なのに、全然違う。お母さんはこんな性悪じゃないし、まとってるオーラみたいなのも違うわよ!
「そのサークレットはね、わたしがこれを見せたら激高して、わたしたちに攻撃を仕掛けてきたの。だからちょっと眠ってもらったのよ。これって、正当防衛じゃない?」
エヴィーナさんの手元を見ると、こぶしくらいの大きさの石のようなものがあった。色は濃い緑色で、ところどころ色が薄く透き通っている部分がある。……って、今の間にそんな攻防があってたの?
「それは……」
何でフェルナンドさんは怒り狂ったんだろう? わたしたちは部屋の中にいて、ここで魔法攻撃をすると、わたしたちも危ないんじゃない? そんなことも分からないような人じゃ……。
そう考えて、わたしはある可能性に気づいた。ごくりとつばを飲み込み、恐る恐る口に出す。でもまさか、そんな……。
「その『石』って……まさか魔石?」
するとエヴィーナさんは恐ろしいくらい美しい笑顔で答えた。
「ええ、そうよ。これは魔石。美しいでしょう? こんなに深い色の魔石は初めて見たわぁ」
「ああ、人からも魔石が採れるのは初耳だったが。もっとも、あの女は人ではないからな」
人でなしはどっちよ! わたしはこみ上げてくるものに耐えられず、そのまま足下から崩れ落ちた。
「おい、汚いな!」
意外にきれい好きなアーネストが眉をひそめる。わたしは左手で口を拭い、右手で目を拭うと、力の限り叫んだ。
「何よ、この人でなし! それはお母さんのでしょう!? あなたたち、お母さんのお墓をあばいたの!?」
この世界、というか、この地方は土葬だ。わたしはお母さんの葬儀のときは、正直言って記憶にない。お墓参りに行けるようになったのも、一週間は経っていたんじゃないかしら。それだけ……それだけお母さんの死は、わたしにとって重いものだったのだ。
「あばいたなんて人聞きの悪い……。わたしは有効活用しているのよ? だってお墓の中で誰にも使われず死蔵されるより、こうやってアーネストの役に立った方が良いでしょう? ねえ、アーネスト?」
「そうだなエヴィーナ。君のおかげで、骸骨どもを召喚できたよ。あれだけの数! どうだ、グレイツィアの娘よ! わたしのすごさが身に染みて分かっただろう!?」
得意げなアーネスト、一方のエヴィーナは少し渋い顔をした……って、あなたたちが黒幕なのね!? ま、まぁ、これで彼らが黒幕じゃなかったら驚きだけど。
「あなたたちがアンデッドを……! いったい何が目的なの!?」
相手はソーレ教の神官と、魔法使いっぽい女性。三歳のこの体では、もちろん力では敵わないし、魔法も……わたしの生活魔法程度ではお話にならないだろう。さっきの攻防戦にまったく気がつけなかったくらいだしね。
またフェルナンドさんに頼れない今、今世の知識はほぼないと言っていいくらい。なら、わたしの武器って……前世の知識、とか? それも頼りないけど、と、とりあえず、何か糸口を見つけないと……。
わたしの問いかけに、アーネストは心底不思議そうな顔をした。エヴィーナは、口元は笑っているけど目は笑っていない、そんな感じの顔をしている。
「何がって……自分の命令を忠実に聞く大量の兵隊……! それに憧れない者がどこにいるというのだ!」
「え……」
ちょっと意味が分からない。しかし、アーネストはさらに続ける。
「わたしはソーレ教の神官だ。大都市ラースゴウの神殿を任され、ゆくゆくはコートランドの大神官になろうという逸材だ。幼少のころは神童ともてはやされ、もちろん血のにじむような努力も重ねてきた。そうやって手に入れたこの地位!」
熱く語るアーネスト。わたしはというと、ちょっと冷めたような目で見ている。そして彼の隣のエヴィーナも、冷ややかな顔になっている。もしかしてこの二人、じつは仲が悪いとか? 少なくともエヴィーナの方は、アーネストのことをそこまでよく思っていないみたい。一枚岩じゃないようね。
「それなのにだ! 大神官様はわたしのことを重用してくださらない! 腹いせに、あのじいさんの弱みであるあの孫娘に接近してみたが……」
「エミリアのこと?」
「ああ、そうだ。あの男の嫌いな孫娘を擁護して、あからさまに敵対していることを示そうとしたのだ。だが……あいつは、さらにわたしのことを冷遇してきた! それにだれもわたしの方につきやしない! 幼女が虐げられているというのに、薄情な奴らだ! ……まあ、わたしもあの娘が『恩寵持ち』だと知っていたら、庇いはしなかったがな。一緒になって迫害してやったのに!!」
うわぁ、いっそ清々しいくらいゲスいわぁ……。
「お母さんのことも、『恩寵持ち』だから嫌いなの?」
わたしがそう問いかけると、アーネストは何を今さらみたいな顔をした。
「『恩寵持ち』が好きなやつなどいないだろう? あいつらは努力もせず、少ない労力で大きな恩恵を受けているのだ。世の中不公平だとは思わないか? ああ、お前も『そちら側』の人間だったな。力なきその他大勢を見て、さぞや楽しかろう!」
ふう、わたし自身は一般人だと思うんだけど。ただ、お母さんの恩恵にあずかって、チート級のアイテムに囲まれてはいるけどね。
「……わたしも『恩寵持ち』は嫌いだわ。なぜ人間にそんなに目をかける必要があるのかしら……」
エヴィーナも憎々しげな顔でそうつぶやいた。美人のそんな顔って、とても迫力があるわね……。わたしは、ぶるりと身震いした。
「とにかくだ。わたしは、今までわたしの努力を馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい。神官なんてちんけな役職ではなく、もっともっと上に行きたいのだ! それこそ法王になりたい!」
法王、それはソーレ教でいちばんえらい人のことだ。でも、ソーレ教徒でもないわたしとどんな関係が? 隣のエヴィーナも驚いたのだろう、はっと息をのむ音がした。
「あなた、法王になりたいのね? ……でもわたしとどんな関係があるの? わたしはマール教徒だし、それだってシスターですらないわよ?」
そう答えたわたしに対し、アーネストは自信満々に言ってのけた。
「お前なら、法王になる方法を知っているからな! さあ、さっさと教えるんだ!」
……あまりの無茶ぶりに、わたしは沈黙してしまった……。
何やらおかしな方向に話が転がっております。二人の誘拐犯の関係性も、少しずつ明らかになってきました。マリーはどうなってしまうのでしょうか?