第61話 マリー、現状を確認する。
ようやくマリーの登場です。な、長かった……。お待たせして申し訳ありません。
わたしは、石造りの硬い床の上で目が覚めた。周囲は暗くて何も見えない。
「あたたたた……。一体何が起こったの?」
避難所で、幽霊たちに襲われていたのは覚えている。そして結界が消えたことも。それから、一匹の幽霊が……。
(ねえねえ、フェルナンドさん……)
わたしはサークレットのフェルナンドさんに話しかけた。良かった、彼も一緒にいるみたい。わたし自身、特に怪我とかもしてないみたいね。縛られてもないし。まぁ、お腹は空いたんだけどね! 空き具合からすると、次の日のお昼くらい?
(フェルナンドさんってば!)
なかなか反応のないフェルナンドさんに対して、何度か呼びかける。わたしの魔力が枯渇して、声が届いていないわけではないみたい。フェルナンドさんってば、一人で何かぶつぶつ言ってるんだ。それはルール違反だとか、あり得ないとか……。
(それにしても、わたしたちって瞬間移動してきたのかしら? これって手品みたいよね?)
(これが魔法なものか!)
あ、やっと反応あった。
(そもそも魔法というものは、神や精霊の力を借りて行うものだ。分かるか? そしてその中には出来ることと出来ないことがある。人をあちらからこちらへと瞬時に移動させることは、もちろん出来ないことだ。それこそグレイツィアにもフェルナンド王にもだ。分かるか?)
えーっと、何だか話がずれたのかしら? 魔法の話になったわ……。わたしはただ、手品っぽいって思っただけなのに……。
(じゃあ、わたしたちは人の手で直接運ばれてきたってこと?)
(いや、それは違う。そもそも、あの衆人環視の中で、お前だけを連れ出すのは無理だろう。一匹の幽霊がお前を包み込み……そしてお前はここに出現した。そう、出現したとしか言えないな。そしてあれから半日ほど経ったが、まだ誰も来てはおらぬ)
うーん、わたしは半日も寝てたのね? まぁ、昨日は夜遅くまで起きてたんだもん。しょうがないか。
(フェルナンドさんは一部始終を見てたの? わたしのことは何があっても守るみたいなこと言ってたよね?)
ちょっと非難がましく言ってみる。あれだけ大口叩いてたのにと思わなくもないしね。
(見ていたと言えば見ていたな。そして、わたしは至高の魔道具とはいえ、所詮は人の手で作られた魔道具だ。人智を超えた者が相手では、話にならぬ)
(人智を超えた……って、神さまだか精霊だかが、わたしをさらったってこと!? 一体何のために!?)
(何のため、それは分からぬ)
そしてフェルナンドさんは、また沈黙した。
わたしは何度も言うように、ただの三歳児である。確かに転生者ではあるけど、特にチートスキルというものはない。チートだったのはお母さんであって……って、お母さんがらみでさらわれたのかなぁ?
とりあえず周りを確認しようと、わたしは「暗視」を使うことにした。これは闇の精霊の力を借りた魔法である。その名の通り、暗いところでも目が見えるようになるという優れものだ。
闇の精霊というと何だかワルモノのような気がするけど、別にそんなことは無いらしい。ただ、光だとか闇だとかいった精霊は、契約してる人がそもそも少ないのだ。初めて契約するときは、元々契約している人のいわば紹介みたいな形になるんだけど、その契約者の数が少ないせいで初契約も一苦労だ。あと、使う魔力量が多い気がする、体感的に。
「暗視」を使うと、わたしのいる場所が地下倉庫みたいなところだと分かった。広さはそうね、二十畳くらいはあるかしら? その半分くらいに、大きな木製の棚が縦にいくつか並んでいて、半分くらいは何もない。で、わたしはその何もないほうに転がっていたようだった。目の前一メートルくらい先にある壁には、頑丈そうな木の扉がついていて、もちろん鍵がかかっていた。
「何かないかなぁっと……」
わたしは並んでいる棚を物色してみたけど、食べるものはなかった。もっともこんなところに置いてあるものを食べようとは思わなかったけど。だって絶対賞味期限切れてそうだし、埃っぽくて汚そうじゃない……って、そんなに埃がたまってないわね。けっこう最近まで使っていたのかな?
わたしの転がっていたところも、もともとは何かが置いてあったみたい。部屋のすみっこに、野菜の切れ端が落ちてたもの。少ししなびているとはいえ、まだまだ食べられそうだ。ここは最近まで食品庫だったってことかしらね?
(あ、そうだフェルナンドさん。気になっていたんだけど……)
(何だ?)
(ロンドーのジャックリーンって知ってる? 結界が消えちゃったとき、シーナさんたちが言ってたんだけど)
(知らぬ)
……フェルナンドさんって、けっこう知らないこと多いのね……。でも、わたしのそんな気持ちを感じ取ったのか、
(わたしは、書物や宿主本人からしか情報が得られぬのだ。グレイツィアがその女と関わりが無ければ、知りようがない。ああ、そうだ。ロンドーは隣国エングラードの首都だ)
と、自分の知っている情報を提供してくれた。
(ああ、体内の魔力の塊についてお前が言及したときだったな。……恐らくだが、その女は人から魔石を採ろうとしたのかもしれぬな)
(人から魔石?)
(魔法が使える魔物の中には、体内から魔石が採れるものもいる。体内には魔力を生成貯蔵する場所があるのだが、死後そこは石のように固くなり、魔石と呼ばれる素材となる。魔力で満たされたそれは、たとえ中身を使い切っても、また魔力を詰められる入れ物となる。高位の冒険者には、専門の魔石ハンターもいるくらいだ)
(へぇえ、この世界にも魔石ってあるんだ……)
わたしが変なところで感心していると、さらに続いた。
(お前の持つ聖印にも魔石が使われているが、それは人造のものでそこまで高くない。天然の魔石は、大きさにもよるが、本が何冊か買えるくらいの値段だ)
本ねぇ……って、本は金貨数枚はするって聞いたわね。ということは……。
(魔石ってずいぶん高いのね……)
(うむ。で、人から採れるかどうかだが、死後魔石が採れるくらい魔力量があるのは、知り合いだとぎりぎりあのエルフの兄妹くらいか? いや、難しいかもな。魔力が少ないと、そのまま体と一緒に朽ちていくのだ。……グレイツィアからだと、ひと財産築けるほどの魔石が採れたろうな…)
(そうだね……)
二人でしんみりとお母さんのことを思い出す。もちろん、採取する気は、さらさらないのだけど。
(……そういうわけで、人から魔石を採るのは難しい。一般的には、人からは魔石が採れないことになっている)
(そうね、それだけ魔力のある人がいないのね……。あ、でもお医者さんとかは? 外科手術のときに……)
(お医者さん? 何だそれは?)
(え? 怪我とか病気をしたときに……)
そう言いながら、はたと気づいた。この世界には、お医者さんが必要ないんだと。軽い怪我や病気には、薬草やポーションがあるし、手術が必要なときには、マール教の神聖魔法があるもんね。
わたしがそんな前世と今世の違いについて考えていると、階段を降りてくる音がした。あ、やっぱりここは地下なのね?
目の前の扉の向こうで、ガチャガチャという音がした。ややあって、ギィという音を立てながら扉が開いた。