第59話 避難所にて (マルタ視点)
最初にこの話が来たとき、あたしは断ろうかと思ってたよ。冒険者だったのはずいぶんと前の話だったし、今はたんなる宿屋のおかみだ。体がなまらないようにとトレーニングはしているんだが、年のせいもあってか昔ほどは動けないしねぇ。
「おう、マルタ。そう言わずに引き受けてくれ!」
まったくギルマスときたら、いつも強引だねぇ。若いころからだいぶお世話になっていた彼の頼みを断り切れず、最終的には避難所を取りまとめる役を仰せつかっていた。
「やれやれ、ヒューゴときたらいつも強引だねえ」
同じく、避難所内に診療所を開くように言われたシーナが、いたわりに来てくれた。
「まったくだよ。何事もないといいんだがねぇ……」
「ヒールポーションとマジックポーションも樽で運び込んであるよ。……それにしても、マリーは面白いことを言い出すねぇ。一度煎じた薬草を使えば、低コストでポーションが作れるなんて……」
薬の材料とポーションの材料は、かぶっていることが多い。よって薬師と錬金術師は材料を巡って競い合うことが多かったんだけど。マリーの提案で、一度薬にしたものを使えば、驚くほど少ない材料でポーションができるときたもんだ。まぁ、クレアさんの研究の成果なんだろうけどね。
そういうわけで、前なら考えられないくらいの量のポーションが用意できたってわけさ。樽に入れるっていうのも……ポーションはお高いイメージで、一本ずつ瓶に入っているもんだと思ってたんだけど、こうも量産できるとなると樽に入れるのも悪くないって気がするから不思議だねぇ。
「はあ、この編成も厄介だけど、エルフ特製の結界があるんだ。なんとかするしかないね」
「違いない、あたしも魔力供給ならできるからねぇ」
そう言うと、シーナは診療所の仕上げに行った。
編成には一悶着あった。相手の強さが分からないんで、戦力の配分をどうするかで揉めたのさ。最終的には、こちらの守りは主に結界に頼ることにし、攻撃魔法が苦手でも結界に魔力を送るのが得意なアンソニー、その相棒のジェイムズ。「恩寵持ち」のエミリアを狙ってくるかもしれないってんであの子を南門に。そして仲の悪いアイリーンをこちらにと分けることにした。まぁ、神聖魔法使いがこっちにも欲しかったしね。あの子はエドワード神官につぐ実力者だから。
教会のテオは、将来を見込んでギルドに囲い込むために引き込んだ。そうは言っても戦闘面で無理をさせるわけにはいかないんで、護衛の手伝いをさせることにしたのさ。
そんなこんなで不安しかない中、南門に骸骨が攻めてきたという一報が入った。連絡は密に行うっていうことで、どんどん情報が入ってくる。そしてこちらもギルド周辺の見回りの結果を送る。それに避難所の様子もね。
大量の骸骨がやって来たにもかかわらず、町の中には一匹もいない。町を囲う塀は木製だからどこか破られてもおかしくないとは思ったけど、まぁ、入ってこないのなら一安心ってとこさ。骸骨の強さも大したことないらしいしね。
避難所の様子も落ち着いている。そして、ここの守備に当たっているメンバーの仲もうまくいっている。アイリーンは意外とジェイムズと気が合うらしく、二人でぎゃあぎゃあ言いながら見回りをしている。ケンカしているのかと思ったんだけど、お互いに言いたいことを言い合えるみたいで、かえって良かったのかもねぇ。アンソニーは穏やかでいつもにこにこしてるから、特に衝突はしないし。
ともかく、避難所は落ち着いていた。南門の骸骨も、いずれ尽きるだろうって油断があったのかもしれない。避難所の平和が破られたのは、マリーの叫び声からだったよ。
「うえぇえええー!!」
その言葉通りに上を見ると、汚いボロ切れとしかいいようのないものが宙を舞っていた。ああ、あれが幽霊ってやつかい。
アンソニーがすぐさま結界を張り、あたしはというと、クロスボウを手に取ると幽霊めがけて矢を放った。
「な、突き抜けたのかい!?」
どうやら、この魔物には攻撃が通らないらしい。アンソニーの魔法ならダメージが与えられたけど、結界の維持もあるし、あまり頼ることはできない。こんなときこそ、魔法の巻物の出番さね……こいつの値段を考えると頭がクラクラするが、背に腹はかえられないしね!
「外に! 魔物の大群がぁあああ!!」
魔法の巻物の「風の刃」が何匹かの幽霊を引き裂いた喜びもつかの間、外を見回っていたジェイムズの声が響き渡った。何てこった、南門は突破されちまったのかい!?
「マルタさん、ここは幽霊に囲まれているみたい! 数は九十五匹で、強さはみんな同じ。南門は無事だよ、幽霊たちは壁を乗り越えてやってきたのかなぁ?」
マリーが報告してくれた。この子はまだ三歳なんだが、不思議な力でもあるのかねぇ、よくこうやって年齢にふさわしくないことを言ってくる。サークレットに秘密があるらしいけど……魔道具自体すごく高価な物だし、そんな意思を持つサークレットがあるなんて眉唾だよ。
あたしは避難所の守りをアンソニーの維持する結界に任せ、外のジェイムズとアイリーンを助けるために飛び出していった。魔法の巻物もまだまだあるし、結界が解除されない限りは避難所は安泰だと思ったのさ。
幽霊がひしめき合う中を、魔法剣を振り回しながら進む。確かに弱い、南門もこんな感じかねぇ? しかもやつらは弱いだけでなく、おつむの方も少々足りてない気がするね。自分たちがやられているのにまったく気にせず、前進をやめようとはしない。そして結界のところで先に行けず、大渋滞を引き起こしちまっている。ここにいるあたしのことなんざ、まったく目に入っていないかのようだよ。とはいったものの、囲まれている状況はいい気はしないんで、二人と合流して後ろから叩きたいところだね。
「マルタさん! 来てくれたの!?」
「アイリーン! ジェイムズ! 無事だったかい!!?」
「ああ……オレたちは無事さぁ。にしても、こいつら何なんだ!? こんなおかしな奴ら初めてだぜ!」
「ああ、あたしもだよ。とにかくこいつらを何とかしないとね。じきに南門から助っ人が来るだろうよ!」
避難所は薄汚いボロ切れに囲まれて、よく見えない。ただ意外に落ち着いているらしく、あっちからは悲鳴も聞こえない。やっぱり結界の力はすごいねぇ。実際の性能もそうなんだが、「魔導具」ということで信頼が厚いというか。
とりあえずあたしらに出来ることは、目の前の敵を排除することさ。難しいことは、南門の連中が考えてくれるに違いない。あたしは魔法剣を持つ右手に力を込めた。
宿屋のおかみ、マルタさん視点です。元々冒険者でしたが、妊娠を機に引退し、ご主人と宿屋をやりはじめました。現在は30代後半くらい。ご主人亡き後も1人で宿屋を切り盛りし、頼れる姉御肌の女性です。
そして何と! 次もマリー視点ではなくなりました……。予告詐欺すみません。