第58話 憎いあの子と醜いわたし (アイリーン視点)
ある日、わたしの尊敬するエドワード様からお知らせがあった。いわく、近々カレンディアに魔物の襲撃があるかも知れないので、各自レベルアップに励むようにとのこと。そして、今までよりもさらにまめに、みんなの神聖魔法や剣技を見てくださるようになった。
きっと、神官様のことだもの、「神託」があったに違いないわ。そして、訓練をとおして一緒の時間が増えるのは、素直に嬉しい。
思えば、わたしが家出同然でここカレンディアの神殿に飛び込んできたとき、いちばん親身になってくれたのがエドワード様だったわ! わたしの実家にも連絡してくれて……まあ、あの人たちには、わたしのことなんてどうでも良かったんだろうけど。あれから一切連絡は無いし、こちらからも連絡はしていない。
右も左も分からないわたしを導いてくださり、エドワード様にはお世話になってきた。だから力になれるのなら何でもするつもりだ、そのように思っていたのだけれど。
「アイリーン、精が出るね」
「恐れ入ります、エドワード様」
エドワード様は、わたしが「様付け」で呼んでも笑顔で答えてくれる。一部神殿の人たちは、わたしがエドワード様に心酔しすぎだと裏で言っているけれど。堂々と面と向かって言えばいいのにね! ほんと、ありえないわ!
「君が魔物の襲撃に備えて、着々とレベルアップしているのは分かるよ。……ただね、わたしがあのとき言った、もう一つのほうのことは……」
もう一つのほう、その言葉を聞いて、わたしの顔は見る見る曇る。そして間髪入れず、大声を出してしまった。
「嫌です!! あの子は私生児ですよ! わたしはそういうのが嫌いなのです!!」
「……確かに、エミリアさんのお父上はどこの方か分からない。でも、それと彼女とは何も関係が無いだろう?」
「関係あります! 失礼します!!」
そう言うと、わたしは走ってその場を離れた……ああ、エドワード様に対して、あんな態度をとってしまうなんて。わたしは自己嫌悪におちいった。
しかし、父親が分からないとか、婚姻外とか、そういった子どもがどうしても許せないのだ。子どもは結婚した夫婦の元から「のみ」生まれるものでしょう?
わたしの「元」実家は、エングラードでそれなりの家だった。わたしはお父様とお母様にそれなりに大事に育てられていたのだけれど、娘しか産まず、それから子どもに恵まれなかったお母様とお父様の仲は、わたしが考えていたより深刻だった。
ある日、派手で下品な感じの若い女が赤ん坊を抱いてやって来た。お父様がおっしゃるには、その赤ん坊はわたしの弟だとか。お母様の顔は真っ青になっていたけれど、おばあ様は嬉しそうにその女を迎え入れた。
わたしは思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、身の回りのものと幾ばくかのお小遣いを持って、隣国コートランド行きの辻馬車に飛び乗った。
追いかけてくるかとも思ったけれど、そんなことはなかった。よっぽど何度もクソババアと罵ってやったのが気に触ったに違いないわ。
「弟」の出現はわたしにとって青天の霹靂だったけれども、いつもお母様をいじめていたおばあ様のことを罵れたのは、胸のすく思いだったわ!
それからお母様は、ご自分のご実家へと帰ったと聞いている。そしてあの家がどうなったのかは知らないし、知りたくもない。
数日経った。エドワード様はあれから何も言ってこない。その代わり、ほかのところから嫌な噂が聞こえてくるようになった。
「教会のあの子、聖水がつくれるらしいよ」
「この前手から炎を出していたらしいけど……それって『裁きの炎』じゃないか?」
何それ、あの子聖典を持っていないはずなのに。誰かが裏切って渡したのかしら!? わたしは疑わしいと思った人たちに聞いてまわったけれども、犯人は結局分からずじまいだった。
そうこうしているうちに、エドワード様に「神託」がおりたらしく、一気に慌ただしくなった。……聞いたところによると、教会のあの子のにも「神託」があったらしいわ……しかも明確な「神託」が……。このわたしは、サンタンさまの御声が聞けないというのに!! 絶対何かが間違っているわ!!
襲撃に向けて、わたしは避難場所となった冒険者ギルドに配属された。本当は南門で、エドワード様と一緒に敵を迎え撃ちたかったのに……。
「ああ、アイリーン。あんたの神聖魔法はすごいねぇ! ここにいるのは戦えない一般人ばかりだからね、頼りにしてるよ」
「へぇえ、オレは神聖魔法なんざ初めて見たぜ! 神さまなんざ信じてねぇけど、すげぇもんだなぁ!」
「ソーレ教には攻撃魔法があるんだねえ。やはり信仰する神さまによって違いがあるのか……」
ギルドチームは、みんな信仰心のかけらもない粗野なメンバーだったわ。もっとも、特にもめ事を起こしそうなこともなく、気のいい人たちではあったかもね。
南門ですべての敵を食い止めるからか、ギルドチームはただ見回るだけの簡単な仕事だった。メンバーを見ても、第一線では活躍していない感じがするものね。そう考えて、わたしは自嘲気味に笑った。あの子が南門に配属され、わたしがこちらに配属される……。きっとエドワード様や、今回の実質的なリーダーであるギルドマスターの評価がそのようにさせたのね……。
そもそも、ソーレ教の神聖魔法が使えるという時点で、あの子はサンタンさまに認められているのだわ。その実力も、わたしなんかとは比べものにならないに違いない。わたしはその事実を突きつけられ、一人とぼとぼと歩いた。
「外に! 魔物の大群がぁああ!!」
あ、そういえば一人じゃなかったんだったわ! 一緒に見回りをしていたジェイムズが大声をあげたので見ると、いつの間にか多くの魔物に囲まれていた。確かに、気もそぞろだったわ。でもこれだけの数の魔物に気がつかないってあり得るかしら!?
ぼろ布にしか見えないあれは、幽霊というらしい。守るべき対象であるギルドの建物が魔物に囲まれているという失態に、わたしは戦慄した。たとえみんなから期待されていなかったとしても、すべきことはしなくてはならなかったのに……。
「アイリーン、とりあえず何か神聖魔法で攻撃してくれ! こいつらオレの戦斧が効かねぇ!!」
ジェイムズの大声に、はっと我に返った。ソーレ教の聖印を握りしめると、気持ちが落ち着いてきた。
「炎の裁きよ!!」
布だからか、幽霊たちはよく燃えた。サンタンさまの威光を知らしめるため、わたしは幽霊たちを滅する。戦えない避難民たちを守ることで、正義はここにありを示すのだ。そうすることによって、わたしは自分のことが好きになれるかもしれない……あの子に嫉妬せずにいられるかもしれない。醜いわたしの心を、この聖なる炎は浄化してくれるかしらね?
……はい、ちょっと暑苦しい感じでしたね。アイリーンは悪い子ではないのですが、思い込みが激しく、かなりの潔癖です。正義をつかさどる太陽神サンタンのもと、曲がった行いが大嫌いです。しかし、あの子エミリアに対する行いは、正義にもとる行為。それにだんだんと気づいていく様を表現できたでしょうか? あと、エドワード神官に対する思いは恋愛感情ではなく、崇拝です。