第57話 エミリアとの和解 (エドワード神官視点)
「おう、エドワード。まだ行けるか?」
「ええ、ヒューゴさん。まだ大丈夫です。……相手が大して強くないのが幸いしましたね」
「ああ……もっとも数があり得ねえくらい多いけどな!」
「ははは……」
わたしはギルマスと話しつつ、骸骨の腕を切り飛ばした。
彼らは大して強くない。むしろ弱いくらいだ。神殿の見習いやトーマスがたまに負傷するものの、そのときはマイア司祭やシスター・シンシアが回復してくれる。致命的な怪我を負った者は、まだ誰もいない。
そうは言ったものの、数があり得ないほど多い。もう何時間戦い続けているだろうか、南門の周辺には骸骨の残骸がうずたかく積み上がっている。これからどれだけ戦い続けるのだろう、その思いが頭から離れない。
「エドワードよ、お前は精神力が弱いな」
ふと、今までに師事した方々の言葉がよみがえった。古くは父、神殿の門戸を叩いてからは、神官様や神聖騎士団の方々だった。わたしには何人もの師匠がいるわけだが、みな決まってその言葉を口にした。そして、わたしは神聖騎士団に入団することは叶わず、故郷コートランドで神官となった。わたしよりも強くはない者でも、騎士団に選ばれる者がいたというのに……。
「エドワード神官、顔色が悪いですよ? 大丈夫でしょうか?」
「ああ、マイア司祭。……ちょっと疲れたのかも知れません」
「みな交代で休んでおります。あなたも休まれては?」
「そうですね……」
マイア司祭はマール教の司祭だ。普段はスターリーの教会にいるが、ここ最近はずっとカレンディアにとどまっている。同じ三大神に仕えるものとして、それなりの交流がある。
「この骸骨たちは……もしかしたらアンデッドではないかも知れません」
「アンデッドではない?」
いったい何を言い出すのか? 真面目な彼女らしからぬ言葉に耳を疑う。
「ええ、マール教の『死者への祈り』が効かないのです。この神聖魔法はアンデッドに対し、かなり有効なはず……」
「何と……」
わたしも気になり、ソーレ教の「浄化の光」を唱えた。これはマール教の「死者への祈り」と違い、アンデッドを滅するための祈りであるが……。
「確かに。まったく効いていませんね……」
続いて「炎の裁き」を同じ骸骨にぶつけた。
「今度は効きましたね!」
マイア司祭が黒く焦げた骸骨を見ながら、興奮気味に言った。この神聖魔法が効くということは、彼らはサンタンさまに仇なすものということだろう。
「しかし、彼らがアンデッドではないとすると一体……?」
「もしかしたら、魔導人形とか?」
「魔導人形!!?」
魔導人形とは、古代魔法帝国の遺跡から出てくる魔道具だ。小さいものは幼児くらいの大きさから、大きいものになると広場の時計塔よりも大きい。魔力によって精密に動くそれは、古代の遺産と言っても過言ではないだろう……もっとも、魔導人形を動かせるだけの魔力を持つ者というのは、滅多にいないわけだが。
「まあ、魔導人形がこんなに見つかったという話も聞かないですしね。ただ、今回の件は何だか『大きな力』を感じます。人智を超えたというか……」
マイア司祭の言葉にわたしも頷いた。人間やドワーフ、エルフといった、「人」の力以上のものを感じる。ただ同時に、襲撃自体は稚拙であり、効果が薄いのだ。このアンバランスさの意味が分からない。
「そうですね。ただ、まだよく分からない部分も多い。とりあえず目の前の敵を倒していきましょう。また気がついたことがあったら、皆で共有しましょう」
わたしはそう言うと、マイア司祭と別れて休憩所へと向かった。
「エドワード神官、起きてください!」
しばらく仮眠をとったあと、わたしはウィルに起こされた。彼はまだ神殿の見習いだが、アイリーン同様、将来に期待が持てる。
「ウィル、どうしましたか?」
「避難所が幽霊の襲撃にあって! 大量の幽霊に囲まれています!!」
「何!!?」
「結界のおかげで住民たちに被害は出ていません……ただ、幽霊が魔法しか効かないらしく……」
「分かった、すぐ救援に行こう!」
わたしは自分の長剣を持つと、部屋を飛び出した。階段を駆け下りて入り口に向かおうとすると、金髪の少女に止められた……エミリアさんだ。
「エドワード神官、お待ちください!」
わたしはつい最近まで、彼女にひどい仕打ちをしていた。コートランドの聖女の娘であり、自身も熱心な信者であるというのに、コートランド大神官の不興を買っているというつまらない理由で、彼女を迫害していた。これは聖職者として、あるまじき行いだ。そういった後ろめたさもあり、わたしはつい立ち止まってしまった。
「エミリアさん、何の用かな? わたしはすぐにでもギルドに向かわないと……」
「マリーが、自分の剣を使って欲しいと申しております。教会の彼女の部屋にございますので、わたくしが案内いたします」
「マリーちゃんの剣?」
「はい、何でも魔法剣とかで、きっとお役に立てるだろうと」
「……分かった。案内してください」
マリーちゃんは三歳の女の子だ。きっと彼女の育ての親、クレアさんの形見だろう。魔法しか効かないような相手に、魔法剣はいくらあっても足りない。ありがたく借りることにした。
お互いに無言で、マール教の教会へと向かう。宿屋からすぐ近くにあるのに、空気の重さのせいか、ずいぶん走ったような気がした。
「ここがマリーの部屋です。剣はあちらの白い剣ですわ」
床に布が敷かれた狭い部屋、装飾の何もないシンプルな長剣がベッドに立てかけられていた。
「これは……」
エミリアさんが指し示した剣を手に取った。その瞬間白い光に包まれる。
「エドワード神官! この光はいったい?」
「ああ、驚かなくてもいいよ。これは、この魔法剣がわたしのことを使用者と選んだんだ……」
「そうなのですね。では急ぎましょう」
また気まずい雰囲気のまま、今度はギルドに向かって走った。走りながら、わたしの心臓は早鐘を打っていた。興奮を抑えきれない。なぜならこれはソーレ教の七宝剣の一つ、「切り裂くもの」に違いないから。「鋼鉄の処女」グレイツィアとともに失われたとされる「切り裂くもの」の実物を見たことは、もちろんない。しかし、かつて神聖騎士団を目指していた者としては、七宝剣は憧れの存在だった。その伝説の剣が、今自分の手元にあると思うと……。
「エドワード神官! ギルドが囲まれていますわ! 何て数が多いのかしら……」
急に現実に引き戻された。いけない、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「エミリアさん、彼らには「浄化の光」が効かないかも知れない。他の神聖魔法で攻撃するんだ」
エミリアさんには、聖典を渡していない。しかし、彼女は少なくとも準神官クラスの神聖魔法が使える。南門でも、何体もの骸骨を屠っていた。
「エドワード神官、アドバイスありがとうございます!」
そう言うと、エミリアさんはわたしの方を向いた。顔をしっかりと見るのは久しぶり、いや初めてかも知れない。意志の強そうな緑色の目や華やかな金色の髪は、彼女の母親そっくりだ。
「エドワード神官、わたくしのことは、どうぞエミリアとお呼びください。わたくしたちは同じ神を信仰する者同士。こ、これからは……その……」
ふう、わたしは何と情けないのだろう。自分よりはるかに年下の女の子に、こんなにも気を遣われるとは。
「分かりました、エミリア。同じ聖職者同士、ともに切磋琢磨していきましょう」
「! はい、ありがとうございます!!」
そう言ったエミリアは、ぼろぼろと涙を流した。まだまだ、ぎこちないことがあるかも知れない。しかしわたしは自分が犯した罪を償っていかないといけないのだ。無事にこの騒動が終わったら、エミリアを神殿に迎え入れよう。大神官の不興を買ったとしても、サンタンさまのもと、自分に恥じない生き方をしよう。この瞬間、わたしの心が軽く、少し強くなったような気がした。
エドワード神官とエミリアは20歳近く離れていますが、過去の負い目から、「さん付け」で呼んでいます。能力はそれなりにあるのに、けっこうヘタレなため、大神官の意向に逆らえませんでした。事なかれ主義というか。エミリアも、太陽神サンタンの恩寵は受けているし大人びてはいますが、やはりまだまだ7歳の女の子です。
次もまたマリー視点ではありません。