第54話 マリー、初めての戦闘を体験する。
「うえぇえええー!!」
わたしの声に驚いて寝ていた人も飛び起き、上を見る。一気に場が騒然となった。
現在避難所にいる護衛は、マルタさんにアンソニーさん、それにテオだ。アンソニーさんが魔道具の結界を張り、マルタさんは幽霊たちに向けてクロスボウを放った。
「なっ、突き抜けたのかい!?」
確実に当たったと思われたマルタさんの矢は、幽霊を通り越して天井に突き刺さった。これってあれかしら、物理攻撃無効ってやつ?
今いるのはいわゆる体育館みたいなところで、天井は高い。結界が有効なのは、高さで言えば一階部分のみだ。今のところ被害は出ていないものの、敵意むき出しの幽霊がガンガン結界に激突するのを見るのは、あまり気分のいいものではない。
「『水の矢よ』!」
アンソニーさんの魔法が幽霊に当たった。ひゅう、今度は効いたようね。一緒に魔法を開発した身としては、成功すると嬉しい。……まぁ、この魔法の欠点は、上に放つと、相手に当たった後に水が降ってくることかしら……。要改善ね。
「『水の矢』数発で仕留められるなら大して強くないようだけど、魔法以外の攻撃が効かないとなると……」
「そうさね、当たってはいるんだけど……」
あれから何度もマルタさんは矢を放った。しかし、どれもすり抜けるだけでダメージを与えられない。
(幽霊には普通の打撃は効かぬぞ)
フェルナンドさんが話しかけてきた。
(効くのは、銀製の武器か魔法。特に神聖魔法が有効だが、あの幽霊にはあの男程度の魔法でも良いようだな。しかし驚くほど弱いな。召喚者は何を考えているのだ)
……まぁ、むちゃくちゃ強い魔物が攻めてくるよりはいいかも。わたしはフェルナンドさんの不満をスルーした。
(グレイツィアのタリアンテも有効だぞ。あれほどの宝剣はここいらにはあるまい)
!! タリアンテ、忘れてた! お母さんの形見の魔法剣は、わたしの部屋に置いてある。
「とりあえず南門には連絡したよ! アイリーンが戻ったら神聖魔法を使ってもらうかね」
マルタさんはそう言うと、魔法の巻物を取り出した。これには魔法が封じ込めてあって、少しの魔力で大きな魔法が唱えられる代物だ。お値段は……けっこう高い。
「いくよ、『風の刃』!!」
マルタさんの放った『風の刃』は、何匹かの幽霊を消滅させた。屋内なので、ここにある魔法の巻物は建物に被害を出しにくく、遠距離攻撃のものばかりだ。
「やった!」
歓声があがったのも束の間、外から聞こえてきた叫び声に、わたしたちの喜びはかき消された。
「外に! 魔物の大群がぁああ!!」
! 今の声はジェイムズさん! ジェイムズさんはアイリーンと外の見回りに行っていた。南門はどうなったのと思っていたら、フッと魔力が吸い取られる感じがした。
(今探知した。ここは幽霊に囲まれているな。数は九十五。強さは全く同じだ)
(ちょっとフェルナンドさん! もっと早く教えてよ!)
(常時探知にすると、お前の魔力などすぐ使い切るぞ)
(うぐぐぐぐ……)
(お前の魔力量なら、何があってもお前だけは守り切れるから安心しろ)
それじゃ駄目なのだ。わたしは自分の魔力量の無さに歯痒い思いをする。でもとりあえず、フェルナンドさんの情報をマルタさんに伝えた。
「九十五ね! あたしはジェイムズたちを助けに行く。アンソニー、テオ、ここは任せたよ!」
マルタさんは、わたしの額のサークレットを見ながらそう言った。アンソニーさんは結界の維持があるので、ここから動けない。
「マルタさん、ご無事で!」
「なあに、接近戦なら得意さ。あたしのこの剣なら、あいつらにも有効だろうよ」
「ちくしょう、オレにも魔法の剣があれば!」
テオは悔しがったが、魔法剣なんてものは、そうそうそこら辺に転がっているような物ではない。
マルタさんが向かった後、アンソニーさんは、新たな情報を南門に送った。幽霊を倒せる人を寄越してもらわないと、マルタさんたち三人が危ないのだ。
「! アンソニーさん、来てくれる人に、わたしの孤児院の部屋に寄ってもらえるように言って!」
「君の部屋?」
「そう、二階のわたしの部屋に、白い魔法剣があるの。それを使って!」
「分かった、そのように伝えるよ」
(あの赤毛の女の魔法剣くらいだと、たいした役には立たぬだろう。神官が魔法を使い、手斧の男が魔法の巻物を使うことになりそうだな。ああ、マリーよ。そこの魔法使いにマジック・ポーションを差し入れてやってはどうだ?)
見ると、アンソニーさんの魔力がつきてきたのか、眠そうにふらふらしている。わたしは部屋の隅にあるポーション樽からマジック・ポーションを汲むと、アンソニーさんに渡してあげた。……って、ポーションをコップで飲むのは何だかシュールね……。