第53話 マリー、意見を求められる。
「前情報どおり、骸骨の群れみたいだねえ」
マルタさんが、水晶玉の連絡を受けながら言うのが聞こえた。まぁ、大きな町ではないので、南門で戦っている音は町の中央にあるこのギルドにまで聞こえてくる。わたしは泣き出したちびっ子を抱きしめながら、自分の震えを抑えようとした。
平和な日本で生まれ育ったわたし、もちろん戦争なんて経験したことがない。お母さんが生きているときも、魔物と戦ったことなんてなかった。ゲームの中では何千何万もの魔物を倒してきたわたしだけど、実際に自分が襲われそうになると、はたしてわたしは魔物を倒せるんだろうかと考えてしまう。能力的な意味でも、心情的な意味でも。それを考えると、マール教の信者になれたのは良かったのかもしれない。相手を攻撃する神聖魔法がないからね。
「みんな心配しなくても大丈夫さ! ヒューゴたちが戦っているから! 骸骨たちはそれほど強くないって言ってるしね!」
マルタさんが明るく伝えた。その言葉に、避難してきた人たちは少し落ち着いたようだ。パニックになってもしょうがないしね。わたしも何度も深呼吸をし、少し落ち着いた。わたしにはマリエラさまがついているんだ。治癒魔法ならできるし、ここにはマルタさんをはじめ、戦える人もいる。フェルナンドさんたちの魔法の巻物がある。それにギルドはこんなに頑丈なんだ!
それからどれくらい経っただろうか、わたしたちのいるギルドは、特に変わりなかった。横になって眠っている人も、ちらほら出だした。骸骨たちは南門で食い止めているらしく、戦う音が聞こえるほかは、いたって平和だ。
「マリー、ちびっ子たち寝ちまったな。お前も疲れたら寝ろよ」
マルタさんと一緒にギルドの周りを見回っていたテオが戻ってきた。テオたちは二人一組で、交代で見回りをしているのだ。マルタさんがいないときは、魔法使いのアンソニーさんが水晶玉の番だ。
「テオ兄ちゃん、ギルドの外はどうなってるの?」
「ああ、町の中には人っ子一人いやしねえ。ヒューゴさんたちすげえよ、南門でしっかりと食い止めてるんだぜ!」
「ああ、大きな怪我も今のところないみたいだねえ。それに、エミリアの神聖魔法が火を噴いているんだとか」
アンソニーさんに確認したマルタさんも教えてくれた。
エミリアは「炎の裁きよ」とか、「聖なる光線」といった攻撃系の神聖魔法を習得している。エミリアは器用なのか、わたしのちょっとした意見も取り入れ、聖典のオリジナル版にアレンジを加えてくるのだ。これだからチートキャラは! ……って突っ込めるくらいに、エミリアのチートっぷりが気にならなくなった。だって、エミリアはエミリア、わたしはわたし、だもんね!
「へぇえ。まぁ、連絡ができるくらいには余裕があるんだろうね」
わたしはそう言うと、あくびを一つした。今何時だろう? お腹の空き具合からいって、夜中の十二時はまわってるんじゃないかな?
「南門の人たちって、ちゃんと休憩とれてるのかな?」
「ああ、交代で休んでるらしいよ。シンシアやエミリアは、早々に休ませたんだとか。そうだ、テオ、あんたも休んでおいで。疲れただろ?」
「ああ、やっぱ寝みいな……。何かあったら起こしてくれよな!」
テオは大きなあくびをすると、隅っこの方で横になった。テオが眠ったあと、マルタさんがさらに話しかけてくる。それに、アンソニーさんも思案顔でやってきた。
「マリー、南門の方だけどね……。骸骨自体はそう、トーマスでも倒せるくらいに弱いんだけど、数がねえ……」
トーマスさんは見習い冒険者だ。十年くらい前に冒険者になって、今二十代半ばくらいなんだけど、なぜか見習い感が抜けていない。なんだろ、童顔だからかなぁ? すごく弱いってわけじゃないんだけどね。たしかに頼りなさげだけど。
「数が多いの?」
「ああ、少なくとももう二、三百は倒したんじゃないかって。マリー、あんたどう思う?」
「ラースゴウ方面からどんどん来るの?」
「いや、それは最初の何十体かで終わったらしいね」
と、これはアンソニーさん。
「地面から湧いてきてるんじゃないのかねえ?」
「特殊な倒し方をしないと復活するとか?」
みんなで知恵をしぼる。何でも骨がどんどん溜まるらしいので、どうやら新しい骸骨がどんどん湧いているようだ……って、骨だらけなんて嫌ねえ……。
(フェルナンドさん、どう思う?)
わたしは、サークレットのフェルナンドさんに聞いてみた。もちろん、心の中である。
(弱い骸骨か……。そもそもアンデッドの強さは、生前の強さやこの世に対する執念が関係してくるのだが……)
(じゃあ、生前あんまり強くなくて、この世に特に執着もなかったような一般人のお墓から召喚してるのかなぁ?)
自分で言っておきながら、少し苦笑する。なんだそれって感じよね。
(地面から湧いてくるのなら、この町のすぐそばで昔、大きな戦いがあったのかも知れないが。ただ、そのような史実は、私は知らぬな)
「マイアが言うには、『死者への祈り』が効かないらしいよ。聖典にはアンデッドに有効って記述があったらしいけどね」
(『死者への祈り』系が効かぬのはありえん……)
また考え込むフェルナンドさん。
(あ、その骸骨たちって、『培養』されてるんじゃないの? きっとおっきな入れ物の中で作られてるのよ、クローン的な何かが!)
(バイヨー? バイヨーとは何だ? クローン?)
あ、しまった。「培養」って、英語で何て言うか知らないや。この世界でわたしたちはなぜか英語で話しているんだけど、その中に混ぜた日本語や新しい言葉に、フェルナンドさんは困惑しているようだ。
(えーっと、骸骨を「物」みたいにつくるのよ。全部同じ特徴を持っていて……)
(……ああ、ホムンクルスのようなものか? いや、ゴーレムか?)
(そうそう、そんな感じ!)
(しかし、弱いとはいえゴーレムをその数つくれるとなると……。いや、それだけの能力があるなら、本人が出てきたほうが早いだろう)
フェルナンドさんと心の中で議論するわたし。でもこれって、はたから見るとずっとしゃべってないみたいにしか見えないのよね。口数の少なくなったわたしを見て、マルタさんはわたしが眠くなったと思ったみたい。
「ああ、ごめんよマリー。あんたも眠いよね。あんたの発想は突拍子もなくて、参考になるからさ……。おやすみマリー、眠れるときに寝とくんだよ」
突拍子もない? ちょっと引っかかるけど、おとなしくお言葉に甘えることにした。
「マルタさん、アンソニーさんもおやすみなさい」
「おやすみマリーちゃん」
わたしはそれから、ちびっ子たちが寝ている一角に向かった。みんなもちろん寝ている。横になってフェルナンドさんとの話し合いを続けようと思ったのだ。
「マリーねえたん……」
「どうしたの、テッド?」
あらら、テッドを起こしてしまったようだ。三歳のわたしとは数ヶ月くらいしか離れていないんだけど、ねえたんねえたんと懐いてきてかわいい。
「あえ、ねえたんのシーツ?」
「わたしのシーツ?」
寝ぼけまなこで上を指さすテッド。わたしもつられて上を見ると……。
「あれは……!!?」
複数のシーツ、ではなくて幽霊が宙をさまよっていた。