第51話 マリー、エミリアの「神託」を聞く。
みんなで壁のお掃除をしてから、早一ヶ月ほど経った。テオが時々参加していた冒険者ギルドの特訓終了からだと、一週間ちょっとかしら。
最初は、わたしたちの町カレンディアに危機が迫っている……という話だったけど、今は町がいつ魔物に襲われるか分からないので、そのために備えておこうみたいな感じになっている。外国では結構そういうことがあるらしいわね。
ただ、いきなりカレンディアが武装しだしたんで、王都から問い合わせがあったりして、役場とかは大変だったみたい。
ただそのおかげで、町の危機管理体制が整ったってシーナさんが言ってたので、まあ結果オーライってところかな。前世でもそうだったけど、何かないと人間動かないのよね。
孤児院の面々は、いつも通りだ。朝ご飯の後と夜ご飯の後にみんなで一緒に勉強する以外は、基本的には自由に動き回っている。高司祭様が来る前と違い、自分たちで仕事を見つけて働けるようになったところが大きいのかな?
マルタさんのところでは衣食住のサポートをしてもらっていたけど、自分たちで稼いでるという感じがあんまりなかったもんね。もっとも、それだけみんなが成長して、マルタさんの庇護を離れて自立できるようになったということかも知れないけれど。
マイア司祭も、マール教の地位向上のために頑張っている。マルタさんやフーリアさんによると、宗教者だからか元からか、かなり頭の固かったマイア司祭だけど、柔軟な思考もできるようになってきたとか。表情や行動に余裕が出てきているらしい。うん、いい傾向だわ。
「マリーさん、何をニヤニヤしているんですか〜?」
……ニヤニヤ……。フーリアさんのところで書写のバイトをしながら、ちょっと考え事をしてただけなのに!
「そろそろ昼時だが、マルタのところに行こうか」
「はーい!」
お昼はマルタさんの宿屋で食べるのが定番だ。そこに行けばシンシアはいるし、マイア司祭やエミリアもやってくる。町の外に行くことも多いテオは、たまにしかいないけどね。
三人で歩いて行く。道中主にしゃべるのはフーリアさんで、いつもの光景だ。そんなことを考えていると、ふいにフェルナンドさんのとがった耳の先がピクピク動いた。
「……宿屋で何かあったようだな」
そう言うと、すぐに走り出した。フーリアさんも一歩遅れて走り出す。二人はエルフだからか、耳がかなりいいのだ。わたしも一生懸命走るが、いかんせん三歳児の走るスピードなんてたかが知れている。二人に遅れることしばし、ようやく現場にたどり着いた。
「ああ、マリー! エミリアがいきなり叫びだしたのよ!! みんなでお昼をいただいてたのだけど……」
シンシアによると、それまでは普通にお昼を食べていたエミリアだったが、いきなり叫びだし、しばらく叫び続けたかと思うと、頭を抱えてうずくまったのだとか。今もマイア司祭にすがりついて、ブルブルと震えている。司祭はエミリアの背中をしきりにさすりながら言った。
「エミリアの目が金色に光ったのですよ……今は元の緑に戻っていますが。何が起こったのか分かりません、そのほかは異常が無いようなのですが」
「ああ、魔法による妨害も受けてないようだな」
フェルナンドさんも、まずはエミリア、次に周囲に探知の魔法をかけながらそう言う。
「エミリア姉ちゃん、もしかして『神託』を受けたの?」
サークレットの中にはソーレ教の書物も収められているので、暇なときに読んだことがある。『神託』を受けた高位の神官の話だったが、いきなり瞳が金色になり、その間だけ予知の映像が「視えた」のだとか。
「……でも見えたのは、白い人型の兵士よ……」
ようやくエミリアが口を開いた。「神託」と聞いて、アレクさんがソーレ教の神殿に向かって走って行った。
「白い人型の兵士??」
「そう。人間の形はしているのだけれど、人ではないの。そう、スープの出汁を取るときに使う骨が人型になったような……」
「骸骨!!」
わたしは思わず叫んだ。まぁ、あんな骨がわたしたちにもあるなんて、知らなくてもしょうが無いわね。骸骨なんてアンデッド、そこら辺をうろちょろしているようなものでもないし。
「骸骨というと、アンデッドかい? 古代の遺跡とかにはいるって聞いたことがあるけど……」
昔冒険者をしていたマルタさんですら、実際には見たことがないらしい。マイア司祭たちも首を振った。
「他に『視えた』ものは?」
「ええっと……空を飛んでいる白い何か……。ごめんなさい。怖かったから、すぐに目をつぶっちゃったの」
エミリアが申し訳なさそうに言う。空を飛ぶというと、幽霊かしら? 死霊とかだったらやばいわね。まあ、どちらにしても危険なんだけど。
何の前情報も無しにそんなものを見せられた日には、怖くて目をつぶるのも、恐慌状態になるのもしょうが無いわ。そしてみんなでエミリアの話を聞いていく。
「その、骸骨? は剣を持っていたわ。行進しているの。足音が不気味で……」
エミリアは言葉を少しずつ紡いでいった。
「恩寵を受ける者が憎い、選ばれし者が憎いって……ボロボロのローブの人がつぶやいてた……」
ボロボロのローブの人……死霊使いかしら? エミリアの話を総合すると、剣を持って行進する骸骨、空を舞う幽霊、それにローブの人の映像がパッパッパと映ったらしい。
「エミリアちゃん! 君の得た情報を教えてくれ!」
入り口から大声が聞こえた。見ると、エドワード神官が来てくれたようだ。そしてエミリアに近づくと、肩をつかんでじっと目をのぞき込んだ。
エミリアが先ほどの情報をエドワード神官に告げた。神官は一瞬目を見開き、そして苦笑いしながら言った。
「ああ、君は詳細な「神託」を受けられるんだね……」
何でも「神託」というのは、信仰心の高さにより得られる情報が違うのだとか。エミリアの場合、映像が視えたうえに、足音や声が聞けたので、神官であるエドワードさんよりも情報量が多かったらしい。
「わたしも位こそ神官だけど、信仰心が足りなかったようだよ。これは、周りに流されて、君に冷たくあたった報いだ。それを不思議とも思わなかったのだから……」
エドワードさんは自嘲気味にそう言った。
学校が普及していないため、人体の仕組みを知っている人はまれです。そのためエミリアは、ガラスープの骨と、白い人型が結びつきませんでした。ここら辺は土葬ですしね。
アレクさんはマルタさんの息子さんで、宿屋で食事を作っています……私もつい、前のお話を見返しました(笑)