第5話 マリー、聖女様の告白を聞く。
「おはよう、マリー。朝ご飯できているわよ」
目の前の聖女様はいつもの若々しい姿だった。二十代半ばといったところだろうか。思えば最初に会ったときからまったく変わっていない。
「おかあさん、おはよう」
わたしは席に着くと、朝ご飯を食べた。昨日は修行の途中で寝落ちしてしまったのに、その件で怒られたことは一度も無い。聖女様は引きずらないタイプだ。わたしは聖女様が毎朝焼いているパンをほおばりながら、じっとその顔を見つめた。
「? どうしたの、マリー?」
「おかあさんって、わか……小さいころどんな感じだったの? どこで生まれたの?」
聖女様の実年齢は分からない。しかし、わたしが独り立ちできるまで一緒にいられるかといえば、難しい気がする。先が短いと分かってるからこそ、聖女様は厳しくわたしを育てるのだろう。聖女様の命がつきるまで、わたしはどんどん成長していかなければならない。こんな人里離れた場所で、三歳児が一人で生きていくのはほぼ無理だろう。頭脳は大人でも、体は子どもなのだ。しかもここ、異世界だしね。わたしの常識も、異世界仕様にアップデートしとかなきゃ。
「……わたくしが生まれたのは、ローマリアという国よ。ここからは、そうね、海を渡ってかなり遠いわ」
「ここは何て国?」
「ここはコートランドよ。その中でもハイランド自治区の外れね」
お、今日の聖女様は、自分のことをかなり話してくれるぞ。
「わたくしはローマリアで……平民の家に生まれたわ」
うーん、平民の生まれにしては言葉遣いがきれいな気がするけど。
それから二時間ほど、聖女様は自分の生い立ちを話してくれた。……話してくれたのはいいんだけど、隠したいことがたくさんあるらしく、とにかく回りくどい。いつもは理路整然と話しているのにね。
「ええっと、ローマリアで生まれてそこで働いていたけど、イースタニアの学園に留学して、そこでおとうさんと出会って、ルトーガでマール教の信者になったんだね?」
二時間話して、この程度の情報量だ。ふんわりぼかしまくりだ。
「ああ、フェルナンドはマリーのお父様ではないわ」
ふむ。事情を知っていないと、まるでわたしが不倫の子どもみたいだわ。
「マリーはね……わたくしの本当の子どもではないの。あなたは神さまに託された子どもなのよ」
じゃあ、わたしのこの世界での両親っているのかな? すごく気になる。
「そうなんだ……。でもわたしのおかあさんは、おかあさんだけだもん!」
そしてぎゅっと聖女様にしがみついた。聖女様もぎゅっとわたしを抱きしめる。いつもどおりかなり痛い。それにしても、わたしってけっこう演技派だわー。わたしが聖女様に言っている「おかあさん」って、絶対「お養母さん」とか「お義母さん」とかいった漢字をあてられるに違いないもの。
別に聖女様のことが嫌いというわけではない。ただ、天に二物も三物も与えられたような聖女様の隣にいると、自分の劣等感が増していく気がする。まぁ、ヒガミなんだけどね。で、その劣等感を感じる自分がさらに嫌になる。ああ、わたしは体が生まれ変わったものの、心までは生まれ変われなかったんだなぁって。
まぁ、そんなことを思いつつも、聖女様にぴったりとくっついているのは大好きなので、そのまま離れない。聖女様も甘えっ子ねと言いつつも、まんざらでもない様子だ。しばらくしがみついていると、わたしは聖女様に抱き上げられた。自分の顔の位置までわたしの顔を持ってくると、聖女様は真剣な面持ちで語り出した。
「……マリー。わたくしは病魔に冒されていて、もう長くはないのです。あなたと一緒にいられるのもあとどれくらいか……」
病魔って言うか、寿命だよね……。今ここで聖女様に亡くなられたら、三歳児のわたしはここで一人では生きてはいけないだろう。気がつきたくなくて、蓋をした問題だ。
「……もしおかあさんが死んじゃったら、わ、わたしはどうしたらいいの?」
演技でも何でも無く、本当に涙があふれ出した。涙があふれ出すにつれ、わたしはどんどん興奮していく。自分の体温がぐんぐん上がっていくのが分かる。そして、わたしは気を失ってしまった。