第49話 マリー、初めて他の町に行く。 下
結論から言うと、買ったものは以下の通りである。シンシアは古着のワンピースを二枚買った。テオはナイフを研いでもらい、エミリアは書き写した聖典を製本に出した。わたしはというと、屋台で売っていた焼き鳥を買い食いした。焼き鳥っていうか、クリスマスみたいなチキンレッグだったけど。みんなで代わる代わるかじりながら、戦利品を検証するのは楽しいものね。シンシアのワンピは、いずれお下がりになるのかな?
そんなこんなで、わいわいハイランドを満喫していると、真っ白のひげもじゃのドワーフと話しているマイア司祭を見つけた。
「のう、マイアさんや。例の話が出てから一週間は経ったわけだが、何か進展はあったかのう?」
例の件、カレンディア襲撃されるかも知れない事件である。たしかシーナさんの伝手で、ここのドワーフたちも協力してくれているとか。
「進展……はないですね。あれから新しい情報はまだ何も」
「まあ、カレンディアに何かあれば、次はハイランドが危ないからのう……。コートランドはここ何十年も平和じゃったから、若いドワーフの中には少々平和ぼけしとるやつもおるから心配じゃて」
どうやら、ここコートランドの国、特に北部のカレンディアやハイランド、バネスなんかはここ何十年も周辺に強い魔物が出ず、すごく平和らしい。
「まあ平和なのは結構じゃが、いつまでも続くとは限らぬしのう。昔を知っておるわしら世代はよく、コートランド北部に伝説の化け物が住みつき、他の魔物を抑え込んでおる……なんて冗談を言っておったが……。とにかく何かあれば言ってくだされ」
「はい、ありがとうございます、長老様」
ああ、あのドワーフのおじいさん、長老さんだったんだ。それにしても、何でコートランドは魔物が弱いんだろう? フェルナンドさん、分かる?
こういうときのフェルナンドさんである。しかし、彼はわたしの問いかけには答えず、ひとりでブツブツと何か言っていた。
(グレイツィアが亡くなって、コートランドの魔物たちも活性化するだろう。しかしそうなると、カレンディアに魔物が押し寄せるのは、平和ぼけを治すいい機会になるかもしれんな……もっとも、魔物の強さにもよるが)
「あら、皆さん。お買い物は順調ですか?」
わたしたちに気がついたマイア司祭が声をかけてきた。そしてわたしたちの戦利品を確認すると、満足そうに頷いた。
「皆さんそれぞれ良いものを買えたようで何よりです。ハイランドは楽しかったですか? たまには他の町に来るのもいいものですね」
その日は、町の宿屋に泊まった。初めての外泊である、テンション上がるわよね。わたしたち、明日の朝一の馬車で帰るとか。まぁ、夜の山道は危ないもんね、そもそも馬車の便がもう無いし。
一階の食堂で野菜のシチューを食べたら、疲れが出たのかみんな早々にベッドにもぐりこんだ。一階からは陽気なドワーフたちの騒ぐ声が聞こえてきたけど、みんな泥のように眠った。
次の日、宿のご主人にサンドイッチを作ってもらうと、わたしたちは馬車に乗り込んだ。他にも何人かお客さんがいるけど、みんな眠そうだ。子どもたちも司祭も、うとうとしている。
そんな中、視線を感じてふと顔を上げると、年のころ二十代半ばくらいだろうか、若い女性がわたしのことを見ていた。
「あら、ごめんなさい。わたし以外で黒髪が珍しかったもので」
艶々とした黒髪の、しっとりとした美人である。鄙にはまれなどころか、コートランド中探してもこんな美人めったにいないわよ! 着ているのは村娘風のちょっと野暮ったい服で、化粧っ気も全くないのにね。あー、切れ長の黒い目といい、チャイナドレスとか似合うわよね、絶対! 聞くと、ラースゴウにいる恋人に会いに行くのだとか。
「お姉さん、すごくきれいだよね! その人とは結婚するの?」
うむ、ませた三歳児である。彼女は笑って、答えてはくれなかった。それから他愛もない話をしばらくして、わたしも眠りについた。
◆◆◆◆◆
「マリー、着いたわよ」
何とわたしは、カレンディアまでぐっすりだったらしい。例のお姉さんは、もういなくなっていた。ここから馬車を乗り換えて、ラースゴウまで行くのかな?
「……それにしてもチャイナドレスが似合いそうな人だったわ。いや、フラメンコの衣装もいいかも。あんな村娘コスなんて似合わないわよ!」
優しそうなお姉さんだったが、内に燃え上がるような熱情を秘めているような気がした。うーん、何だろ、女の勘ってやつ? そして、ドレスアップした彼女を想像した。口紅は真っ赤ね、これはゆずれないわ! ……恋人がもし浮気なんかしたら、激情のあまり刃傷沙汰になりそうね……って、わたし偏見もいいところだわ!
ハイランドでのお買い物、お安い卸値で買えるのですが、品物がいい分値段が上がり、子どもたちには買えませんでした。マリーは買い食いをしたり、通りすがりのお姉さんに妄想をふくらませたり、やりたい放題です。