第45話 サークレットの独り言
エルフたちの話を聞きながら、わたしはグレイツィアのことを思い出していた。彼女といちばん付き合いが長いのは、間違いなくわたしであろう。魔法大学校でわたしが生み出されてから、もうどれぐらいになるだろうか。
ああ、申し遅れたが、わたしは知識のサークレットである。マリーはわたしのことをフェルナンドさんと呼んでいるが、フェルナンドはわたしの「声」の元になった人物である。もっとも、グレイツィアとフェルナンドの合作であるわたしは、二人の子どもと言えなくもない。
エルフの中にフェルナンドという名前が多いのは、わたしの「父」の影響だ。父は、母がイースタニアの地を踏むまで、世界最高の魔法使いであった。父にあやかって、フェルナンドと名付けられた子どもは多いだろう。
そもそも恩寵、特に三大神からのものは、人間しか受けることがない。他の種族は寿命が長いため、世界に与える影響が大きいからだという論文を読んだことがある。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。グレイツィアは、実際はどうなのでしょうねと笑っていたが。神々の恩寵の前には、エルフ史上最高の天才も形なしだった。
彼女は行く先々で迫害を受けながらも、それでも恨み言を言うことがなかった。ただ、ルトーガで高司祭の序列一位から十位までで構成されるケルディアルの連中に疎まれたとき、さすがにもう疲れたのだろう、それからは人と関わることをやめ、コートランドの山奥にこもりだした。彼らのマール教の運営の仕方に疑問を呈したのが悪かったのか、順番を越えて最高司祭に推す者が多かったのが悪かったのか……。
幸いなことに、コートランドでの彼女は生き生きしていた。そこに着くまで、行く先々の図書館で本を全て読破し、このわたしに詰め込めるだけ詰め込んだ。そこからは研究三昧の日々である。そして、自分でも研究結果をまとめ、それも同じくわたしに詰め込んでいった。よってわたしの蔵書数は世界一であると自負している。
彼女との会話も楽しかった。装着者との会話も、わたしの糧となる……もっともあの娘には伝えていないが。
あの娘が来てからのグレイツィアは変わった。毎日記録をつけるようになったのだ。マリーの首が据わっただの、寝返りをうっただの、言葉を発しただの……。その記録は、いつもマリーのかわいさの賞賛で終わっていた、毎日毎日数ページにも渡って。正直うんざりしていたが、育児記録をつけているときの彼女の顔は、今まででいちばん幸せそうであった。
ああ、マリーがグレイツィアの娘なら、わたしの妹と言えなくもないのか。不思議だ。魔道具であるわたしにも、家族がいるとはな。もっとも、誰も血の繋がりはないが。
む、またか。あのエルフの若造が、またちょっかいをかけてきた。知識の神の力を借りた、探知の魔法である。
しかし、グレイツィアとフェルナンドの子であるわたしに、そのようなものは効かない。わたしの魔法防御は鉄壁であり、反対に偽の情報を流してやる。……せいぜいただのアーティファクトと思ってくれれば良い……と言いたいところだが、マリーの魔力が少なすぎて、偽装してすぐに限界が来た。マリーが言うには、わたしの「充電が切れた」らしい。充電? あの子はたまに、いやかなりの頻度でおかしなことを言う。
ああ、ようやくあの若造も諦めたらしい。これでわたしも安心して「落ちられる」。
サークレットのフェルナンドさんは、魔道具の最高ランクであるアーティファクトです。もっともアーティファクトの中にもランクづけがあるのですが。レアアイテムでもビミョーなものってありますもんね……。で、彼は性能プラス中の情報により、アーティファクトの中でも相当希少価値のある、言うなれば☆5アイテムです。ただ、マリーの魔力量の問題で、性能がまったく活かされず、よく充電切れになっています。宝の持ち腐れ……。